愛を前にしては諸刃の剣

 ※宇髄さん視点でのお話です。モブ男女再登場します。


 いつになっても他人の色恋沙汰は面白い。
 特にそういうった話に滅法興味の無さそうな奴の艶聞は、ついついちょっかいを出したくなる。

 ――最近は自分の欲望を制御できなくて困っている。

 色事には毛ほども関心が無いと思っていた煉獄との先程のやりとりを思い出す。
 その欲望は食欲のことじゃないよな、と聞き返したくなるほど性欲という人間の大切な欲求をどこかに置き忘れてきたような煉獄の言動を普段から目にしていた俺は、やることはちゃっかり済ませている健全な男子なのだとどこか安堵した。
 異性をどきりとさせる歯の浮くような台詞を、なんの躊躇もなく言えてしまう煉獄は心底天然ジゴロだなとつくづく思う。勘違いする女も多いだろう。
 酒狂いの親父に代わって炎柱を襲名した後に、耳敏い隊士達が煉獄の噂をしている声が耳に届いてきたのは一度ではなかった。
 あいつにあんな艶っぽい顔をさせる婚約者とは一体どれほどのものなのか。俄然興味が湧いてきた。

「炎柱様の婚約者だなんて聞いてなかったぞ」

「あなた、女中と勘違いしていたんでしょ」

「お前だって同じようなもんだろ」

「っ、でも、まだ祝言は挙げてないそうよ。それだったら、私達にだって可能性はあるわよ。炎柱様はお忙しいし、家よりも私達隊士と居る時間の方が長いでしょ。いくらでも付け入る隙はあると思うけど」

「…女って、怖えな。お前、任務で負傷した後世話になったんだろ」

 不意に面白そうな話が耳につく。耳をそばだてると、どうやら男女の隊士が煉獄と例の婚約者についてあーでもないこうでもないと話をしているようだ。会話の流れからするに、男隊士は婚約者を、女隊士は煉獄のことが意中にあるようだ。

 派手に面白ぇな。

 煉獄は相変わらずのくそ真面目っぷりであの様子だし、隊士二人が鏤塵吹影(無意味な努力のこと)に奮闘しているのも興味を唆られる。
 煉獄の性格上、天地がひっくり返っても他の女に心変わりすることはないだろうが、煮え切らない様子の煉獄と婚約者の間に何かしらの波風を立てることくらいしてくれそうだ。
 そうと決まれば、俺も一肌脱いでやろう。
 鬼が潜むと噂される花街への視察の同行者を悩んでいた所だが、今回は煉獄に声をかけることにしよう。生粋の坊ちゃんの煉獄は花街とは無縁の男であることは想像に難くないが、義理堅く責任感の塊のようなあいつが、俺の申し出を断ってくることはないだろう。
 そうと決まれば善は急げだ。俺は踵を返して鍛錬場まで駆け戻る。

*

 相変わらず自分の欲望を押し殺すように剣を振り続ける煉獄の元に再び舞い戻れば、炎を灯したような大きな双眼をさらに丸くし、喫驚した様子でこちらを見る。端正な顔の輪郭に沿うように、透き通った汗がいく筋も滑り落ちては地面を濡らしていく。

「宇髄?どうした、まだ何かあったか」

「あぁ、悪いが一つ頼まれてくれないか」

「いつも世話になっている君の頼みだ。俺で良ければ聞こう!」

「実は、任務である場所を視察したい。鬼が潜んでいる可能性が高い。その同行者を探している」

「なるほど、承知した!して、そのある場所とは」

「遊郭。花街だ」

 予想通りに快諾して頷いた煉獄の眼に一瞬動揺が灯り、木刀を握り直した右手に僅かに力が込められたのが目に付いた。

「む…。そうか。正直あまり気がすすまないが、任務であればやむを得ない」

「悪ぃな。日取りについてはまた鎹鴉を送る。くれぐれも俺達が鬼殺隊であることは勘づかれないようにしなくちゃならねえ。当日は客として潜入するから、くれぐれも隊服なんて着てくるなよ。煉獄はただでさえ、派手に目立つからな」

「あぁ…。分かっている」

 考え込むように瞼を伏せた煉獄が葛藤しているのは明らかだった。少々強引だった気もするが、良い起爆剤になるだろうことを考えると、自然と意地の悪い笑みが溢れた。

 やはり他人の色恋は面白い。
 あとは、あの隊士達にどうやって吹聴してやるかだ。