舞台袖から見る恋愛物語(閑話)

 ※このお話は、千寿郎君の視点の閑話です。

 兄上が、炎柱を襲名され父上にご報告をなさった後のお話です。
 私に話したいことがあると、覚悟を決めたような曇りのない兄上の瞳をみて何事かと少し不安な気持ちになりました。

「千寿郎。俺は、この家を出ることになりそうだ」

「やはり、出ていかれてしまうのですね」

「柱となった今、任務はさらに忙しくなる。鬼滅隊の本拠地の近くに屋敷を構える。他の柱達も皆同様にしている」

「兄上が出ていかれてしまったら、寂しくなってしまいますね。甘露寺さんも隊士になられ出て行かれてしまいましたし」

「すまない千寿郎。家のことはお前に任せて、いつも寂しい思いをさせてしまっていたな。だがお前なら立派にやれると俺は思っている。何度も言うが兄は弟を信じている。父上もあのような状態だが、いつかきっと元の父上に戻ってくださる。俺達の父なのだから」

 私が少し寂しそうに瞼を伏せると、兄上は頭を優しく撫でてくださり真っ直ぐな瞳で力強く言葉をかけてくれました。こんな立派な兄上の弟であることが誇らしく、私は頑張って生きていこうと心に誓いました。

「それと、もう一つ千寿郎に話しておきたいことがある」

「なんでしょう」

「俺には、生涯を共にしたい大切な女性がいるのだが」

「はいっ!名前さんですね」

 兄上の燃え上がるような激しい熱情を、凛々しい瞳から感じ取ることが出来ました。柱となられた今、名前さんに想いを伝える覚悟をされたのだと私は嬉しくなりました。
 一方兄上は、私が気がついていたことに酷く驚かれた顔をされていましたが、すぐに表情を緩めて小さく笑みを溢されました。

「千寿郎にも気がつかれていたとは。俺はそんなに分かりやすいのだろうか。甘露寺にも同じことを言われてしまった」

「兄上の名前さんを見つめる眼を見ていれば分かります。凄く大切に想われていることが伝わってきました」

「あぁ。炎柱になった今、彼女に俺の想いを伝えたい。欲張りかもしれないが、出来ればずっとそばにいて欲しいと思っている」

「名前さんは、兄上の想いを受け止めてくれると思います」

「だといいがな」

 兄上にしては珍しく自信がなさそうな、不安を湛えた瞳が気になりました。誰がどう見ても二人は想い合ってると思うのですが、当人達はこのご様子です。わたしの歯がゆい気持ちが募ります。

「兄上と名前さんが一緒になってくれたら俺も嬉しいです!名前さんが本当の姉上になるのですね」

 両拳を握りしめて食い気味に熱弁した私に、兄上は嬉しそうに破顔されました。
 そして兄上は、自分の気持ちと一緒に彼女に着物を贈る予定だと教えてくださいました。そういった方面にめっぽう強そうな甘露寺さんが色々と助言をくれたそうです。きっと名前さんは泣いて喜ばれると思います。
 でも兄上はご存知なのでしょうか?男性が女性に着物を贈る意味を。まぁそれは、江戸時代から幕末までの習慣であって、この時代においては純粋な愛情表現なのかもしれません。
 真意は兄上にしかわかりませんが。

 そんな折、玄関で戻りましたと賑やかな声がします。名前さんと甘露寺さんが買い物からお帰りになったのでしょう。今日は柱となった兄上のお祝いをすることになっていました。
 腕によりをかけ、兄上の好物を作るのだと名前さんがはりきっておられました。兄上が鬼滅隊に入隊した日もこんなことがあったと懐かしくなります。

 お二人の帰宅に気がついた兄上はすぐに玄関へ向かわれると、名前さんがお抱えになっていた荷物をひょいともちあげ、愛おしそうな笑みを口元に湛え目を細めて彼女を見つめています。
 煉獄家ではたびたび目にした光景ですが、二人の世界が出来上がっており中々入る隙が見つかりません。

「あのお二人をみていると、きゅんきゅんしますね!師範、私のことは眼中にないみたいです」

 上がり框でそっと履き物を脱がれた甘露寺さんが二人のことを影から見ていた私に近づいて、くすりと笑いながら耳打ちされました。
 本当に私もそう思います。二人の醸し出している雰囲気はまさに恋仲のそれだと思います。
 お二人の想いが通じ合う日は、本当にもうすぐそこまできています。