君の美しさは努力の賜物なのだな


 窓を少し開けると、心地よい春の夜風が頬を撫でるように吹き抜けた。それを吸い込むように深呼吸をして腕を上げて身体を伸ばすと、そのままラグマットの上に身を倒した。
 火照った身体を脱力させて瞼を閉じる。身体の中から燃えているような、筋トレをした後の充実感に浸りながら瞑想の真似事をしていると、何だか新しい自分に出会えるような気がした。
 深い呼吸をして、ふぅと息を吐きながら目を開けると、「うむ、集中していたようだな」といるはずの無い彼の顔が私を覗き込んでいた。
 突然現れた彼に驚き、そして端正な顔が間近で私を覗き込んでいるという羞恥とが相俟って私の心臓は早鐘を打ち始める。慌てて起き上がり、「何で?!」と驚きの声を上げれば、スーツ姿の彼がソファに腰を掛けた。
 同棲中の彼、杏寿郎は一週間の出張だったはず。聞いていた帰りは明日だった。それ故に私はこんなにのんびり一人の時間を過ごしていたのだ。家に帰ってきた音さえ聞き逃していた自分にも驚いている。一体いつ帰ってきたんだろう。
 私の聞きたいことを表情から察知したのだろう。口許に笑みを浮かべた杏寿郎がネクタイを片手で緩めながら息を吐いた。


「出張が早く終わったんだ。泊まっていこうかと思ったんだが、早く名前の顔が見たくてな」
「杏寿郎……おかえりなさいっ!」
「あぁ、ただいま。ところで、筋トレは続いているようだな。俺が入ってきた事にも気が付かないくらい熱を込めてやっていたのか?」


 長袖のワイシャツが暑かったのだろう。袖を捲りボタンを二つ程開けると、私の頬に手を伸ばす。指の背で優しく猫を撫でるように触るこの杏寿郎のスキンシップが私は好きだった。本当にゴロゴロと喉が鳴りそうだ。


「杏寿郎に教えてもらった筋トレ、無理なく出来るし私に合ってたみたい。飽き性の私でも続けられてる。あ、この前キツかったパンツが昨日普通に履けたの!」


 昨日の嬉しい気持ちがまた湧き上がり前のめりになって杏寿郎に近づき、杏寿郎の隣に座りながら近況を話す私を、温かく愛おしそうな瞳で聞いてくれる。
 杏寿郎と同棲を始めて、たくさん食べてくれる彼のために作る食事の量が凄くて、私もその分食べていたら見事に身についたのだ。
 それを何とかする為に杏寿郎に教えてもらった筋トレを日課として日々自分を鍛えていたのだ。杏寿郎はそのままでもいいと言ってくれたけど、週末に実家の剣道場を手伝って身体を鍛えている杏寿郎は筋肉隆々だ。そんな素敵な彼の隣に立つための自信を付けたいというのも理由の一つだった。
 身体を動かす習慣は無く継続できるか心配だったけど、杏寿郎を想う自分の為だと思うとやる気が途切れなかった。


「筋トレを始めてからの名前は、益々綺麗になっているからな。最初はそこまでしなくてもと思ってはいたが…こうして嬉しそうに笑っている名前を見ると、俺も嬉しい」
「杏寿郎…」
「君の美しさは努力の賜物なのだな」


 私の脇の下に手を入れて自分の膝の上に誘導する。彼に跨りその肩に手を置いて座れば、急に性的な甘い雰囲気へと変わっていく。
 熱を湛えた視線が交わる。久しぶりの愛する人を前にして普通に過ごせと言う方が無理な話だ。杏寿郎の視線、私に伸びる手、毛先の一本にまで欲情しているような気分だった。筋トレして身体が火照っていたからだろうか。
 杏寿郎の手が後頭部に回り、運動の為に纏めていた髪がスルリと解かれる。途端に胸下まで落ちてきた髪を、杏寿郎は指で絡め取り唇へと運び口付け扇情的な視線を向けた。
 たったそれだけで息が上がる。運動していたからなんて、そんなのは関係無さそうだ。彼に見つめられた時点からもう、私の身体は甘く疼いていたのだから。


「教えたからには確認する義務があるだろう。筋トレの成果を見せてくれ」
「んぅっ……杏寿郎ぉ…」


 着ていたシャツを捲り上げ、腰の形を縁取るように指を這わせる。擽ったいのと私の身体を見つめているその視線に、ゾワゾワと背筋が震えた。


「うむ、綺麗なくびれだな」


 何度か腰を撫でたその手が見えていた下着のホックを外し、もう片方の手はお尻を撫で回すように動いていた。
 杏寿郎が触れる度に微かに反応する私に、徐々に杏寿郎の口許も緩んでいく。だけど露わになった胸も、触れて欲しいと主張する先端は構ってもらえずに疼いている。
 胸なんて鍛えてないけど、なんて脳内では思っていても、今更その手を止めて欲しくない。


「杏寿郎っ…触ってよ……」
「可愛らしいお願いだな。二人でしか出来ない運動でもするとしようか」


 熱い吐息と共に紡がれた言葉。その後すぐに後頭部に手を回されて塞がれた唇は、触れ合った瞬間に痺れるような甘さを感じた。
 待ちわびていた熱に一瞬で身体の奥に火が灯り、厭らしく口内を動く舌は私を掴んで離さない。胸の先に大きな手が触れ、唇からくぐもった声が出る。
 私のお尻を押し上げるように存在を教えてくる硬いものに、子宮の奥が甘く疼き、とろりと蜜が溢れるのが分かった。


「今夜は寝かせてやれないぞ。俺も名前が恋しくて堪らなかったからな」


 今日はもう動けない。筋トレを終えた時にはそう思ってたけど、この運動は別腹だ。甘く蕩けて、どんなスイーツよりも私を満たしてくれる。
 柔らかなその金色に手を差し込んで、今度は自分からその唇を塞いだ。


ーFinー