紳士の持て成し



無事に撮影を終えた私と煉獄さんは社に戻ってきた。これから煉獄さんが撮ってくれた写真の中からどれを使うかを選んだり、説明文をつけたり加工したりと、忙しくなる。時計の針は午後6時を回った所だった。
不死川主任の席は殻で、愛莉と一緒に1泊2日の高級温泉だとかだ。今頃どうしているかな…?そう想いを馳せるも、それが彼に届くことなどなく時間は着々と過ぎていく。
カメラデータと睨めっこして2時間、コンコンと聞こえた音に振り返るとそこには煉獄さんが立っていた。

「煉獄さん!お疲れ様です。今日は本当にありがとうございました」

立ち上がってそちらに行った私は彼の前でまた頭を下げる。
見た感じ就業で帰り際に顔を出してくれたのかなと思う。今時そーゆう気遣いができる人って少ないよなぁなんて思いながらも、だからこそ愛莉がこの人を好きになったのかもなぁなんて勝手に分析していた。
煉獄さんはストライプ柄のスーツを靡かせて私のデスクまで大股で歩くと、パソコンの中身を覗き込んだ。
先程彼が撮影した写真がそこには映し出されていて、私なりの加工を加えていた所だった。

「これすごく素敵で」
「君は本当に星空が好きなんだな」
「はい」

画面には星空で覆った天井のあの部屋に説明文をつけている所で、それを読まれるのは少し恥ずかしいけれど、それでも煉獄さんには一番に見てもらいたいと思っている。

「愛莉が言ってたんです、煉獄さんの写真は凄いって。写真の中に魂が入ってるって…。ここに私の夢も入っているように思えて…これすごく気に入ってしまって、スマホの待受画面にしてもいいですか?」
「そうか、嬉しい事を言ってくれるな。だが、リヴァイ兵長はいいのか?」

隣に立つ煉獄さんからふって笑う仕草がして見るとやっぱり微笑んでいる。そして推し会の説明の時に待受画面を見せたことを思い出した。

「兵長は、ロック画面に変えます!」
「ハハハ!そうか、そうか。ならば一ノ瀬の前途を祝して今夜は付き合ってくれないか?」

クイッと手でお酒を飲む仕草をする煉獄さんに、私は一つ返事で答えた。

「はい!」

これぐらい、愛莉は許してくれるよね?なんて軽い気持ちで、私はパソコンのデータを保存して煉獄さんと2人、肩を並べて社内から出て行った。



煉獄さんはとても聞き上手だった。 
自分の事を人に話すのは嫌いじゃない。ただ心の奥底の気持ちはいつだって隠してしまうけれど。
出版に携わる仕事がしたいと思っていた事、今の部署に配属されてやっと担当がもてた喜び、仕事のやりがい、面白さ…ーー気づくと私は夢中で話していて…

「君は、不死川の事をよく見てるんだな」

頬杖をついて熱燗をクイッと飲み干した煉獄さんにドキリと心拍数が上がった。

「え、あの…すいません自分の話ばかりして…」
「いや構わん。君の話は聞いていて飽きない。できればずっと聞いていたいものだ。もっと話してくれないか、君のこと。…ーー知りたいんだ一ノ瀬の事がもっと」

トクンとまた胸が脈打った。
オトコに自分のことを知りたいなんて、面と向かって言われた事なんてただの一度もない。だからだと思う、目の前でなんとも綺麗な持ち方で箸を使い、刺身を口にほおる煉獄さんがキラキラと見えてしまいそうになったのは。育ちがいいのが佇まいで分かる煉獄さん。噂でめちゃくちゃでかい家に住んでるって聞いた事があった。その髪色も地毛みたいだし。ハーフとか外人とかでもないみたいだけど、特殊らしい。謎が多い煉獄さん。でも目の前にいる煉獄さんは、私を対等に見てくれているようで、心地がよかった。

「あ、もうこんな時間…。すいません本当にベラベラと話してしまって」

腕時計の針は間もなくてっぺんを超える所だった。
終電の時間も近づいていたので、私がそう切り出すと煉獄さんも自分の腕時計に視線を向けて目を見開いた。

「俺とした事が、すまない。つい時間を忘れてしまっていたようだ。あまりにこの時間が楽しすぎて。送ろう」

正直今まで煉獄さんのような紳士と呼べる人と接した事がなく、自分を持て成してくれる事に慣れていない。だから煉獄さんの言葉、行動一つ一つが新鮮だった。
温くなったお冷を飲み干して鞄から財布を取り出す。けれどスッと煉獄さんの手がそれを阻止するようにこちらに伸びてきた。

「今夜は俺が持つ。最初くらいカッコつけさせて欲しい」
「いえ、お支払いします。楽しい時間を過ごせたお礼に」
「ならば、次回お願いするよ。今夜は素直に甘えておけ」

コツっと煉獄さんの指が私のおデコに優しく触れた。その近さにドキッとしたけれど、それ以上距離が縮まる事はなく、伝票を手にした煉獄さんは、自身の鞄を持つと精算のためそれを持ってレジへと歩き出す。もちろん後ろに私が着いてきているかをちゃんと確認しながら。

「ご馳走様でした」

お店を出てまたそう頭を下げる。じめつく夜風が生温く肌にまとわりつく。台風でもくるのか、風が唸りをあげて私達の間をすり抜けていくから髪がぶわっと風で舞って一瞬で乱された。
その場で立ち止まって髪を抑える私に、カツンと煉獄さんが歩を詰めた…

「一ノ瀬、」

あまりに真剣な顔だったから動く事ができない。何故この人は私をそんな目で見るのかすら分からなくて、脳裏に浮かんだ不死川主任の顔に私はほんの一瞬の呪縛のような静止を解いた。

「どうかしました?ほらもう終電の時間!走ってください煉獄さん」
「…いや、タクシーで家まで送らせてくれ」
「ダメです!勿体ない。まだ電車が動いてるので。私は一人で大丈夫ですので。また明日!」

何か言いたげな煉獄さんを振り切るように駅に向かって早足で駆け出す。
沈黙がなんとなく気まずくてそのまま全速力で駅まで行く。改札を抜けるとちょうど入って来た最終電車に飛び乗った。
まだ胸がドキドキしている。きっと全力疾走したからに違いない。そう思って私は大きく深呼吸をした。

2021.6.4 written by みるく