童話は展開する






「私、タクトくん家に行ってみたいなー」



それは昼休みの事である。一時メロンパンをかじる口を止め、不意に呟かれたワコの呟きはあまりにも突然でそれまで飲んでいたいちご牛乳は噎せられるはめになった。変な箇所に流れ込んでしまった液体が鼻や喉の奥を刺激しおかげでいちごの風味が直に感じ取れるが、しかしそんな事は全くもって有り難くないはない出来事だ



「え、ちょっと大丈夫?タクト君。あたしなんか変な事言った?」



「ごほごほ!い、いや大丈夫、大丈夫だよ。いきなりの事で驚いただけだから…」



本当はまだ気管がヒリヒリと痛みを訴えているおかげで若干涙目が拭えないのだが何とか荒れる息をこらえタクトは言葉を返した、いちごの描かれた紙パックを机に置き深呼吸を一つ。少し落ち着いてきた鼓動に安堵を覚えた。が、それも一瞬で姿を消してしまい次に訪れるのは紛れもない焦りでありまるで全身の血が逆流するような感覚が走る



「そんなに驚く事かなぁ」



「いやいやいや!ワコさん?だって突然すぎやしません?なんで僕ん家―」



「別に突然じゃないよ、あたしずっと前から思ってたもん。そういえば私タクトくんの家って一回も行った事ないなぁって、タクト君の部屋どんな部屋なのか見てみたいんだ」



冷たい汗が流れているのを感じるタクトとは正反対にワコの表情は晴れやかだった、どことなく恍惚とした色さえ見えるのは錯覚だと思い込みたい。背景に擬音を走らせるとしたら『ぽやぽや』もしくは『ぽわぽわ』、そして辺りには花が飛んでいる事だろう。だがこの美少女はこんな一面さえも自分の魅力として愛らしいと周りへと感じさせるのだからこれは彼女の無自覚に秘められた天賦の才とも言える



「お、おお女の子がそんな事言うもんじゃありません!!男の家に行きたいとか部屋が見たいとか危ないでしょ!」



「あははそれはタクト君だから大丈夫だよー、タクト君はただ遊びに来ただけの女の子にそういう事絶対しないと思うし」



「その前にお前は男友達も自分の家に招いたりしないしな、性別はそれ以前の問題だろう」



「ス、スガタ…」



それまで隣で黙ってカフェオレを味わっていた筈のスガタも何故か話に割って入ってくる始末にタクトの口角が引きつり出す、人の痛い所を衝くのが得意なだけあって的確な指摘だ。そして予想通り、そのスガタの的確な指摘に釣られワコはメロンパンの砂糖を口端にくっつけたまま目を丸くする



「えっ!スガタ君もタクト君家に行った事ないの?あんなに仲良いのに意外」



「一度も行った事はないし場所も知らないよ、こっちはそれなりの頻度で家に呼んでるっていうのにそれを仇で返すとは全くいい度胸だ」



「うーむ、確かにそれはよろしくないですなー。そこまでしてお家に呼びたくない何かがあるのかなー?タクト君には」



「え、あ、いや、それは…その…」



楽しげに語尾を伸ばすワコと意味深な笑みを滲ませるスガタからの同時に投げかけられる鋭い問いかけにタクトの口はしどろもどろに動くだけだった。程なくして予鈴を告げるチャイムが響きこの話は中断となったものの、棘のような2つの視線は止む事なくタクトの背中に1日刺さり続けていた



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「…とは言われても…実際無理なものは無理だよなぁ」



帰宅後、独りごちてタクトは台所で溜息を吐き出す。手元でかき混ぜている鍋を見るとグツグツと音をたてていて、まるで今の自分の煮え切らない想いのようだと思えてやるせない。それほどまでにこの問題はどうにもならないと言えた



(そりゃあ僕だって皆を家に呼べたらいいなとは思うけど)



確かに二人の言い分は分からないでもないのだ、特にスガタの言い分に対しては申し訳なさしか浮かばない。親しい友達の家に行ってみたいというのは一度は誰だって思う気持ちであるだろうしそれはタクトだって例外ではない、事実始めてスガタの家に遊びに行った時は嬉しかったしうっかり時間を忘れた程に楽しかったからだ。だが…しかしだからといって「はい、どうぞ」とそう簡単に家に招けるものではないのが現在タクトの暮らしている状況なのだ。それとこれとでは話が違う。普段は忘れがちだがこれでもこの家に居候中の身である自分が突然友達を連れてくる訳にもいかない、まずは許可 そうでなくても家主には一言言っておく必要があるだろう。しかしタクトにとってそんな事はまだ小さい方の問題で



一番重大な問題は、『その家主を皆にどう説明するか』だった



あの人は非常に面倒な性格をしている。これはタクトももう一人の同居人である少女も(そして多分あの人本人も)知っている事で、だからなのかあの人は隠す努力もしない。要するに重度の堕落した捻くれ者なのだ。そんな人間が上手く口裏を合わせてくれるとは到底思えない、もしかすると余計な事を口にして場を掻き回したりする可能性だってある。自分達の関係と状況を人に説明するのは時間がかかるのだから面倒事は避けたい……と色々遠回しに言っているが正直に言えば只単にタクト自身が彼の存在をスガタ達に知らせたくないのだった、色んな意味で―



以上の全ての点とその他の些細な点を含めた結果タクトは家に友達を招く事が出来ないでいる、現段階でこれを解決する方法はこの家を出て1人新しい場所で暮らすという方法だが生憎そんなお金も時間も今のタクトには持ち合わせていないのだから幾ら考えた所で根本からどうにもならなかった



「あ、そろそろいいかな」



そうこう思考を巡らせている内に今までかき混ぜていた鍋の中身はいい具合に温まっていたらしい。頭の中を即座に目の前の料理にへと切り替える。これ以上あれこれ悩んでいても仕方がない。その件に関してはまたゆっくり考えればいい、とりあえず今は調理に集中しよう。オタマで一口味の確認をした後、コンロの火を止める。メインであるシチューはこれでいい、あとは買ってきたパンと適当にサラダでも添えれば夕飯としてはまずまずの出来の筈だ。この調子ならお腹を空かせた少女が帰ってくると同時に夕飯にもありつけるだろう



「ん、これなら大丈夫か。えーと…サラダ用に野菜って何買ってきたっけ…」



「プチトマトにレタス、かいわれ大根があったけど?まぁ俺はかいわれ大根はあまり好きじゃあないから除けておいてくれると有り難いなぁ」



何気ない独り言をぼやいた瞬間、不意に届いたのんびりとした声にタクトの体が跳ねる。振り返ってみるとそこには見慣れた藤色があって…驚きは脱力に変わった。肩に頭を乗せたまま自身の腰へと腕を巻きつけているのが見え"噂をすれば影"とはこの事かと皮肉ってやりたくなる。ああ頭が痛い



「…あのさー、ヘッド?」



「ああとてもいい匂いだね、美味しそうだ。今日は何を作ってるんだい?」



「あ、今夜はサカナちゃんの希望でシチューを…って、そうじゃなくて!あんた何してんだよ!!」



和やかな雰囲気で向けられる微笑に一瞬いつも通りに対応しかけたがすぐに思い直しタクトはヘッドの腕を引き剥がそうと身動きを取る。がっちりとホールドされた腕は頼りないというのにこういう時だけは恐ろしい程力強いのだから不思議でたまらない、この力をもっと役に立つ別の場面で発揮出来ないものなのか。例えばソファーの下を掃除する時だとか…



「こうやってエプロン姿で料理をしている君を後ろから抱き締めてる」



「それは分かってるよ、僕が言いたいのは何で抱き締めてるかって事で…料理の邪魔だって分かんないの!?」



「いくら俺でもそれ位は分かるさ、ただ何となくこうしたかっただけだよ」



「そんなの余計質悪いよっ!何となくだけで人の事抱き締めないでよ。離してって…もう離せってば!!」



何食わぬ顔で自分勝手な意見を続ける主張に半ば怒鳴り気味にタクトは声を荒げる。が、肝心の本人は聞き耳など持たないとばかりにスルーを徹しているらしく黙って腕の力を強めだす。いっそ持っている調理器具でそのお気楽な頭をぶっ叩いてやろうかとタクトが掌にあるそれをきつく握り締めた瞬間、同時に軽やかな音が部屋に響いた。音の正体はインターホンのようで誰かがやって来たのが分かる



「あ、はーい!今行きます…いい加減にしろよ。邪魔、退いて」



これ幸いとばかりに肘を腹筋にねじ込んで漸く緩んだ腕から抜け出し台所から玄関に足を進める、途中背中から「うっ」だか「ぐっ」だか唸る声が聞こえた気もするがそれもこれも全て自業自得でしかなくスリッパの音をわざとらしく立てながらタクトは心の中でこっそり舌を出した



(それにしてもこんな時間に一体誰だろ?)



考えられるとしたら新聞の集金か妙な宗教への勧誘、もしくは仲良くしてもらってる隣のおばちゃんか。いや、もうすぐ回覧板が回ってくる頃だからもしかしなくても隣のおばちゃんである可能性が高いだろう。申し訳ないけど話が長引きそうだったら夕飯時だからと理由を付けて適当に会話を切り上げようとドアノブに手をかける。けれどそんなタクトの決心も虚しく開いた扉の先にいたのはテンションの高いおばちゃんではなく



「やあ」



可能性にも上がらなかった想定外の青髪の友人、つまりは此方に爽やかな笑みを見せるスガタが立っていた。あまりの動転を起こしたものの何とか扉は閉めなかった自分を褒め讃えたい、と自分を棚に上げつつも音もなく口を動かすタクトに説得力は皆無なのであるが



「ス、ススススガタ!?え、スガ…え?」



「何をそんなに慌ててるんだ、いきなり押しかけたのは悪かったと思うけどそこまでびっくりしなくてもいいじゃないか。…まぁそれは置いておいてもしかして夕飯時だった?とてもいい匂いがする」



「え、あ、これは今夜の夕飯のシチューの匂いでまだ作ってる途中なんだけど…ってそんな事はどうでも良くて!!なんでスガタが僕の家に…」



さっき交わしていたのとほぼ似たようなやり取りにデジャヴを感じる、未だ慌てふためくタクトとは対照的に笑顔を崩さないスガタはどこか楽しげにも見えた。鞄をあさり一冊のノートを取り出す



「数学のノート、机の上に置きっ放しだったから届けにきたんだよ。順番的に見てタクト明日の一限当たるだろ、予習出来ないのは流石にきついかなと思って」



「あ、ありがとう…で、でもわざわざ家まで来てくれなくても連絡してくれたら取りに言ったのに。というかよく僕ん家の住所が分かったね、教えた事なかったのにさ」



「ああ、先生に聞いたら何の躊躇いもなく教えてくれたからね、その辺りは問題なかった。わざわざ来たのは…やっぱり僕自身がタクトの家に行ってみたかったからかな」



手渡された数学のノートを受け取り言葉の裏で『来て欲しくなかった』と滲ませたタクトの想いを見事にかわすその飄々とした態度はもはや清々しいとさえ言える。普段から優等生で通っているスガタなら先生も疑う必要はないと思ったのだろうがそれでも自分の生徒の個人情報、そう易々と教えていいものなのか(ちなみに僕は駄目だと思う) しかしシンドウ・スガタという友人の力や考えに自分が適う事は到底ないだろうから結局先生が関係していてもいなくてもどうせ住所はバレていたに違いない。自分の甘さを悔やむよりスガタが恐い



とにかくこうなってしまったのならスガタをどうやって納得させて帰ってもらうかを考える方が先決だ。まだ直接口にはされてないがスガタが家に上がってみたいと思っているのは見れば分かる、相手が女の子なら目先の笑顔に負けてとっくに家に入れている頃だろうが相手は女の子じゃなく自分である。流されそうになっていても入れる訳にはいかない、彼と会わす訳にはいかない。早く何とかしなければ何が起きるか分からない、時間の問題だ。息を吸って一拍。よしいける言える大丈夫頑張れ僕



「スガタ、あの…せっかく来てくれたんだけど…」



「おや、こんな時間にお客さんかい?」



……僕の勇気を返せと叫びたくなった、そして同時にそれはタクトが一番恐れていた事が現実となった瞬間だった。彼の呑気な声に再びオタマをぶつけたい衝動にかられるが少し違うのは自分達の前にスガタがいる事だ。ああ…ほんとに



ほんとに勘弁して下さい



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そして修羅場へ…
続きます



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