童話は創造される






『サカナの国』は彼が少し前から書き始めた童話だった。何でも幼い頃、買っていた熱帯魚を見つめていた時に浮かんだ内容で長く頭の中で暖めていたそれを形に残そうと思いたったらしい。それまで有名な家系に生まれ選ばれた者しか歩めないような人生を送っていたとは思えない、そう思いたち実行した彼は暫くの間周りから好奇と嫌悪の眼で見られていたようだった。もしかすると今でもまだそんな視線を送られていたりするのかもしれないがそれでも随分と治まった方だ、と笑う笑みはどこか苦味を帯びていたのを僕は覚えている。同時に不思議だった。あんなに深く繊細な文体で、惹かれる物語を蔑んで見る人の眼が僕には理解出来なかった。大人にも子供にも読んでもらえる童話…あの『星の王子様』のようなお話を造ると語った彼を、面と向かって言った事はないけれど僕は尊敬しているんだ



【童話は創造される】



眼を開くと真っ暗な天井が視界に広がった。枕の傍に置いていた目覚まし時計を手に取るとた針は12と2の文字をぴったりと差している、時間は夜中の2時。まだまだ窓の外も暗く朝日が登るまで暫く時間がある、目覚まし時計のセットしたアラームが鳴るまでもう一眠するべきだ。明日の授業を寝不足でまともに受けられないなんて冗談はごめんである



(変な時間に目覚めちゃったな…明日も早いし水でも飲んでもっかい寝直そう)



少しだけ気になり出した喉の渇きを潤してからの方が寝付きも良くなる筈だろう、そう判断してタクトは足元にあったスリッパを履き自身の部屋を出た。パタパタと自分の立てる足音だけが暗い廊下へと響く、流石にこんな時間ともなれば部屋の灯りはどこも消えていて辺りは真夜中らしい静けさに包まれている。夜の静けさと微妙に肌寒さを感じた腕をこすりながら早く台所へと急ごうとした瞬間、ふとタクトは灯りが漏れているその部屋の存在に気が付いた。微かに開いた隙間から漏れる灯り、部屋を覗いた先には思った通り…彼が黙って机に向かっている姿がそこにはあった



縁のついていないシンプルな楕円形のレンズがはめ込まれた眼鏡をかけPCに意識を集中する彼の横顔は真剣に自分の世界へと浸っているのが分かる。普段の彼を想像できない眼差しにただただ釘付けになっていく、呼吸をするのを忘れてしまうかと思う程に。自分の世界を創造している時の彼は綺麗だった



「こんな時間にどうしたの、眠れないのかい?」



いつから気付いていたのだろうか、人の気配を察するのが上手いのは思考に深く陥っていても変わらないらしい。腰かけていた椅子を回し扉を見つめる彼はこの場にタクトがいるというのを完全に分かりきった表情を浮かべていた



「ちょっと眼が覚めちゃっただけだよ……こんな時間に仕事?」



「ははっ、仕事しろって言ったのは君じゃないか」



「そりゃあそうだけどさ…別にこんな時間にしなくてもいいじゃん」



普通の人達は昼間しっかりと働いて夜はぐっすりと体を休める、それと全く真逆の事をしている彼は少女のいう『駄目人間』そのものに思えた。自分が仕事をしろと言ったからなんて理由も戴けない、まるで今この時間彼に仕事を強要させているのが自分のような気がしてくる。聞こえないように小さく「駄目人間」と呟く、と一緒に彼は苦笑いを零した。………もしかしたら聞こえていたのかもしれない



「昼間にやればいいんだよ、普通は昼間仕事して夜はちゃんと寝る。なんでそれをやらないかなぁ…」



「日が登ってる内は絵を描きたいんだ。例えば青空やそこに浮かんでいる白い雲…それは太陽が出ている時にしか描けない風景だろう?文字はその気になればいつだって書ける。夜にしか描けないものだって中にはたくさんあるが俺は昼に描けるものを描きたいんだよ」



宙を仰いだ眼鏡越しにある彼の眼は嬉しそうに細められる。この眼鏡に度は入っていない、所謂気分でかける伊達眼鏡だそうだ。場合によってはそういうものが大事だったりするという



「ふーん…そういうものなの?僕にはただの言い訳にしか聞こえないけどね」



「そんなつもりで言ったんじゃないんだけど…?」



「それでも聞こえるんだって、まぁいいや。水飲みに台所行くんだけど何か飲む?」



自分には理解出来ない理論だと把握したタクトはあっさりと話題を変える、彼にとっても些細な主張であったのか素直に「コーヒー、ブラックで」と答えを返しそれからは何も言わず自分の世界へと戻っていた。相変わらず掴めない変わった人だった



(いや、そんなこの人を放っておけない僕も変わってるのかもしれない)



台所に向かい、水が入ったやかんを火にかける。1つのカップにはコーヒーの粉末を数杯、そしてもう片方には同じように粉末状のココア。結局水を飲むだけのつもりが自分が飲む用のココアを入れているというのは不思議だった、さっきまでと言っている事が違う。…だが最初から自分はこうするつもりだったのかもしれない、彼が起きて仕事をしていると知った時から―



2つのカップを持って再び部屋へ戻ると淹れたばかりのコーヒーを彼の手元に置く。そしてそのまま当たり前だというようにタクトはベッドの隅へと座った、その様子に数回瞬きを繰り返したヘッドは一瞬だけキーを叩く指を止めていたがやがて画面に続きを打ち始める。液晶には柔らかな微笑みが映っていた



「明日寝不足で後悔しても知らないよ?それに水を飲みに行っただけなんじゃなかったの?」



「…気が変わったんだよ、コーヒー入れてたらココアが近くにあったから飲みたくなったの」



「もしかして君、最初からこうするつもりだった?」



「もーうるさい!く、口動かす暇あったら早く終わらせろよ!それともヘッドがサカナちゃんと僕の分の弁当作ってくれるのっ!?」



そう口早に口を動かせば「悪かったよ、」と可笑しげに笑う声に話は中断された。こんな風に全てを見透かしたように振る舞う様子は面白くない、これだから彼の無駄に聡い所は好きじゃないのだ。半ば自棄になりながらカップの中のココアを口にする、優しい味だったが妙に甘ったるく感じ砂糖を入れすぎたかなとその甘さには少しの不満が零れ落ちた



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朝になり学校に行ったタクトくんは案の定寝不足で授業にならなかったそうな。それでもちゃんとお弁当作っていくタクトはお嫁さんでしかない


そろそろスガタも出していきたいと思います^^


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