やかな狂気






何かがへしゃ曲がるような鈍い音が耳に響く。間違いなんかじゃない、感覚が告げてる。手に残る肉を殴った不可解な感触。拳に付着する血…冷静な意識でそれを見つめる自分は暴力が嫌いだ嫌いで嫌いでたまらない。それでもずるりと壁に寄りかかり乱れた呼吸を繰り返す恋人から流れる赤い体液は、その原因は俺だ



「なぁ千景、」



肌に触れるすれすれの位置に思いっきり掌を叩きつければビリビリ伝わる振動。出血のせいかじんわりと千景のこめかみに滲む汗がこんな状況だろうが俺には酷く甘そうに映って、衝動のままこめかみに舌を這わす。微妙に傷口に触れてしまったらしい、大きく肩を跳ねさせ呼吸を混ぜて千景は嬌声を紡ぐ…こういう時マゾって得だな。痛くても気持ち良いんだからよ



「お前また女と会ってただろ、この前約束したよな? もう女とは会わないってよぉ」




口内に鉄の味が広がる、不味いし甘くもなかったが満たされる衝動。いや違う女だけじゃねぇか…男も動物も植物も酸素を吸って二酸化炭素を吐いてるこの世界全ての生き物だったな、勿論俺以外の。あれだけいつもいつも近付くな会うな触れるなって言ってるのに……お前はいつになったら分かるんだ。今日だって今日だってそうだった、女に笑いかけ手に触れて…それで…っ…ああ口に出すのも気に食わない。なぁ何でだ何でだなんで話すのも笑うのも触るのも全部全部俺だけで充分じゃねぇか 『××してる』― そう囁くのも囁かれるのも俺だけで他はどうでもいいだろ、そうだろ千景




「…頼むから約束守れよ千景。俺は、俺はお前を傷つけたくねぇんだ……ずっとずっと俺の傍にだけいろ…っ!」



頼むから、千景千景―


ただ矛盾、矛盾していると思う。傷つけたくないなんてほざきながら殴って蹴ってめちゃくちゃに犯す、これを愚かな矛盾と言わずして何と呼ぼう。だがそれでも止まらない止められないんだ、お前が他の奴といるのに耐えられない気が狂いそうになるんだよ。噛み締める口端が痛くぶちぶちと細胞が引きちぎれる音が聞こえそうな気さえした



「静、雄」



首に回す腕、耳にかかる息はまだまだ荒かった。俺を呼ぶ体を離れないように強く抱き締め閉じ込める。何が起きても永遠にこのまま千景を捕らえる事が出来たら、逃げないでいてくれたら俺は今以上どれだけ幸せに暮らせるだろうか。幸せにシアワセニ



「俺、丈夫だからさ。静雄も知ってるだろ、俺お前のパンチ4発も耐えたんだ…殴られても大丈夫。傷つけられても何ともねぇよ? だから―」




『ごめんな静雄、それは無理だよ』



あまりにも無情で残酷な言葉、所詮俺の思い通りに行く事なんてこの世には存在しないって事なんだ。この話を行き過ぎた独占欲と緩やかな狂気だと嘲笑うなら嘲笑えばいい、俺はそれを咎める術など持ってはいない持つ事もない



緩やかな狂気(嘲笑うなら嘲笑え!)



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※企画提出文

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