童話は物語る






「…タクトとあの人って夫婦みたいよね」



高価なソファーでくつろぎながら呟いた少女のぼやきに少年が拭いていた皿は手から滑りかけた。思わず裏返った声を上げてしまったもののなんとかそれを持ち直して安堵の息を吐く。そんな様子を視界の隅に入れながら手を伸ばした煎餅に一口かじりつく少女は悠々とくつろぎを止める事はないのだから自分の言った言葉が少年にどれだけの衝撃を与えていたかは気付いていないという事になる



「ななな…!いきなり何!?サカナちゃん!!」



動揺の色を隠せない様子でぱくぱくと口を閉開させる。未だ拭き終わっていない皿を流し台に置いて詰め寄るタクトとは真逆に少女は表情を全く変えておらず変わらず無表情のままだ



「ずっと思ってたの、私にはタクトがお嫁さんであの人がその旦那さんに見えるわ」



「み、見えないよ!可笑しい可笑しい!!絶対見えないからっ」



「そんな事言われてもそう見えるんだもの。仕方ないじゃない」



「し、仕方ないじゃない…って…」



あの人だけで名前が出て来なくても誰の事を比喩しているかは言わなくても分かる。淡々に話し続ける少女がどこかイキイキして見えるのは自分の目の錯覚だと思いたい。あの人の従姉妹にあたるという少女は普段は無口でありもの静かであるのだけれどこうしてたまにお喋りになる事がある、それは随分前から知っていたとはいえまさか今それが出てくるとは悲しいような…兎に角タイミングが悪い



「無職で引きこもりの駄目人間な旦那を毎日毎日かいがしく支える奥さん。あなた達を見てるとそんな関係が一番ぴったりね」



…これは全くもって散々な言い様である。こう聞くと彼女は本当にあの人の従姉妹なんだろうかとか、もしかしてここに無理やり誘拐されて来たんじゃないかだとか失礼ながら思ってしまう



「そんなつもりないし…第一僕もヘッドも男じゃないか。お嫁さんとか旦那さんとか…っ! そそそんなの有り得ない絶対絶対有り得ないだろ!!」



「あら、男同士だからっていうのは偏見よ。それにそんなにムきにならなくても普通に流せばいいのに…そういう所タクトって可愛い」



「あの、いや、それは…っ!…うぅ…」



反論すればそれ以上の意見で返され必死に足掻けば余計に追い詰められる、逃げ道が一つもない。じっと目を離さない少女と投げかけられた意見に頬が熱くなってくる。確かにそうだ、こんなにムきにならなくても簡単に流せばいいだけなのだ。ただの少女の冗談だと思って気にしなければそれだけの話。それで片付く話、なのに…



ついムきになって否定してしまうのは何でなんだろう―



「 …幾ら何でも無職は酷いんじゃないかい、サカナちゃん?」



そんな思考が深く落ちかけた時、不意に聞こえた意中の人の声にタクトの体は跳ねそうになった。一体いつからそこにいたんだろうか。うるさく騒ぎ出す心臓を隠すように胸元を押さえるタクトをちらりと見てヘッドは少女へと微笑を向ける。扉にもたれかかり腕を組む仕草は何となく様になっていた



「あら、引きこもりで駄目人間っていうのは否定しないのね」



「流石にそれは否定出来ない所があるから何も言えないよ」



サカナちゃんは手厳しいな、和やかに日常的な会話を交わす2人の中自分だけが変に落ち着いていなかった。少女も彼もお互いに話しつつ自分を見ている気がして…居心地が良くないのとどんな顔していればいいのか分からない



「旦那っていうのも否定しないの?」



「まぁそれも…」



悪くないかもしれないし、ね? そして首を傾げる眼が楽しそうに此方を見たからそれこそどうしていいか分からない。ああどう答えたらいいって言うんだよ



「…し、知らないよそんな事勝手にしたらいいじゃん!僕もう寝るから後皿拭いといてよ!おやすみっ!!」



自然と目の前を塞いでいたヘッドに「どいて!」と無理やり退かせて思いっきり扉を閉めてやる。きっと拗ねただのなんだのと思われているだろうがそんな事今はどうでも良かった。この場から逃げ出す事が出来るんなら理由なんて何でも良かったんだから―



「あーあ…サカナちゃんあんまり彼を苛めないでくれるかな?」



「人の事は言えないんじゃない?それにまんざらでもない顔してるくせに」



「…まったく、君にはかなわないなぁ…」



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ここのサカナちゃんは紛れもないドSです


時間的には『童話は幕開く』と同じ日だと思われます。サカナちゃんはヘッドの事ちゃんと好きですよ、愛故の毒舌です←


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