病な裏舞台






※ホストパロ
※内勤×ホスト




アルコールの匂いが充満しきった室内。あちこちに乱雑として転がるグラスの存在はさっきまで華やかだった空間を物語っていて、今辺りを満たす空気がまるで嘘のように感じられる



「今日も片付けが大変になりそうだな」



そんな独りごちた呟きが耳に届き隣を見てみれば俺の視界に飛び込んできたのは苦味を帯びた笑み。一瞬で頭にこびりついて離れようとはしないだろう。実際彼の一つ一つ全てのものが俺の中ではそうだったから。順々に丁寧に磨かれた未使用のグラスに氷と液体を注ぐ手付きは手慣れたもので職業柄、俺だって慣れてはいるものだったけれどその何倍も…門田のたった今やっている動作は手慣れているように思う



「俺も片付け手伝うよ、今から飲もうって言ったの俺なんだしさ」



「いや、その気持ちだけ受け取っておく。お前どうせ今日も接伴だろ? 飲み終わったらそれまで少しは休んでろ」



No.1に体壊されちゃたまらんからな、カラリとかき回され中の氷が音をたてる。目の前に出来上がったそれを置いてそうぼやく門田。他に誰もいない部屋でその音はやけに響いた



「それ位大丈夫だっての…」



「年上のおっさんの言う事は黙って聞いとくもんだ」



他愛もない会話。それからお疲れと互いにグラスを軽くぶつける。ありふれた挨拶。煽った酒をじんわり馴染ませるように口の中で転がす、なんて事仕事中にはしない出来ない事だ。飲み慣れた値段の張るドンペリ。けれど飲み慣れたそれも彼と飲んでいる時は酷く新鮮で美味く体に染み込む…ああ、これは錯覚かもしれないけど



「あー、仕事終わりの一杯は美味いなぁ」



「仕事中も浴びる程飲んでる奴が何言ってんだ。 …よく飽きねぇな、お前」



どこか呆れて俺に言葉を投げかける。それは何一つとして間違ってない問い掛けだ。「…飽きねぇよ、ハニー達が俺を指名してくれてる限りは」 もう一度口にしてグラスをテーブルへと戻す。中のドンペリは半分くらい姿を消していた。一方で門田のグラスの中は1/3も消えていなかったから少し味気なかった





飽きない…ただ正しく言えば飽きてはいけない、そんな気がする。俺の中でそれは揺るぎない事。きっといつまでも。わざわざ俺に会いに来てくれて、高いアルコールを入れてくれて。俺みたいな奴の話を楽しそうに聞いてくれる彼女達の為にも俺自身の為にも





そういえば一度聞かれた事があった。誰だったかは覚えていないけれど『君はこの仕事が好き?』と。それに俺は二つ返事で答えたんだ『俺は仕事が好きだ、仕事もハニー達も皆大好きだから当たり前だろ』って





でも、今もう一度…あの問いを再び聞かれたら俺はなんて答えるんだろうか。あの頃と今は随分と違ってしまった。また同じ答えが返せるんだろうか…『皆大好きだから』なんて





そんな事を―





「千景?」





突然黙った俺を不思議に思った門田が声をかける。前髪をかきあげて額に触れてくる掌はいつでも優しい…



「どうした、いきなり黙って…やっぱりお前最近飲みすぎなんじゃないか?」



ほら、またそうやってあんたは俺に触れる。柔らかくも無いゴツい男の手なのに…それだけで俺はあり得ない位苦しくなるんだ。掌は冷たいのに体は熱くて、どうしようもなく泣き出しそうになるんだよ。俺は泣き上戸でも何でもないのに





情けない、本当に救えない。たかが内勤勤めの男にNo.1と騒がれるホストが言いように振り回されてる。指名してくれている女の子達に満足に集中できないホストなど…最低じゃないか。嫌いだそんな奴いっそ居なくなってしまえばいいのに




「うん…飲みすぎかもしんない。だから」




だからさ、ちょっとだけ肩貸してくれよ門田。これを口実に門田の肩に寄りかかる俺はただの臆病で汚い奴だ、ゆっくりと閉じた世界は何にも見えなかった。そこはぬくもりだけが暖かい世界で。あやすみたいに頭を撫で始めた門田にまた少し泣きそうになった




臆病な舞台(対局するは華やかな表舞台)




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