※久保時



昨晩から降り出した雨は休むことなくずっと降り続いている。どんよりとした分厚い雲に覆われた空は全く晴れる気配を見せない、その様子を見ていると嫌でも気分は低下していくし纏わりついてくる湿気に不快度数は上がっていく。それでもテレビでは暗くなりがちな視聴者の気分を吹き飛ばそうとでもしているのか、天気予報士のお姉さんが明るい声で本日の空模様を告げていた。閉めていたカーテンを引き久保田は外の景色に目をやる、パラパラと窓を叩く雨の音はもうすっかり聞き飽きてしまっていて煩わしささえ感じる始末だった



「…今日は洗濯したかったんだけどなぁ」


「くーぼちゃーん」



再びカーテンを閉めながら小さく溜息を吐いていると間延びした声に名前を呼ばれる。バタバタ忙しない足音を立てて駆け寄ってきた時任は相変わらず元気そのもので、天気予報のお姉さんを見てるよりこいつを見てる方がいいなとこちらも相変わらずなことを久保田は考えた



「向こうの部屋、掃除終わったぜ。掃除機片しちゃったけど良かったよな?」


「ん、こっちはもう終わってるから大丈夫。ありがとね」



此処にやって来た頃に比べると時任は格段に生活スキルが上がったと思う。最初の頃は手伝いはおろか清々しい程の唯我独尊っぷりを発揮していたものだが、最近は多少の我儘はあれどこんな風に積極的に手伝いを買って出てくれたりする。おまけに周りにもよく気がまわるようになった。それが喜ばしくもありどこか寂しいような気がするのは今に始まったことではないが、それだけ自分との生活に馴染んでくれているのだろうと思うと感慨深いものはある。いかに自分の世界が時任中心で回り出しているか、たとえどれだけ人に呆れられようが(実際叔父には呆れられている節がある)この事実は久保田にとっては幸せでしかなかった



ただ時任の"よく気がまわる"という部分がいつも久保田を幸せにしてくれるとは限らない



「あ、そうだ。俺、今からちょっと出掛けてくっから」



蛇口を捻りやかんに水を注ぐ、少し肌寒い今日みたいな日には熱いコーヒーが好ましい



「? どこ行くの?」


「コンビニ、単三電池切れてたから買いに行ってくる。牛乳もそろそろ無くなりそうだしさ、他になんか買ってくるもんある?」



時任に促され冷蔵庫の中身を確かめると確かに牛乳はほぼ空に近かった。今から入れようとしている分でぎりぎり足りるか足りないか、正直微妙なところだ。念の為他にもなにか足りないものがあったかどうか頭を巡らせてみるが今は特に牛乳以外は何も思い浮かばない



「うーん、特にないかな。セッタもカートン買いしたとこだし」


「そっか、じゃあ牛乳と電池だけ買ってくるな!えーっと財布、財布」


「テレビ台の上、昨日帰ってきてから置きっ放しにしてたじゃない。…あった?」


「お、あったあった。んじゃ、行ってくる」


「あぁ、時任、ちょっと待って」



財布を持って出掛けようとする時任を久保田が引き止める。そのままリビングから出ていってしまった同居人を時任は不思議そうに見送る、するとすぐに戻ってきた久保田の手には真っ白なレインコートが一枚握られていた



「カッパ?」


「外、まだ雨降ってるから。出掛けるなら着ていきなさい」


「そんなに降ってないんだし別に大丈夫だろ、傘だけで充分だって」


「だぁめ、風邪でも引いたらどうすんの。ただでさえお前傘差すの下手なんだから」



少し前、一緒に傘を差して出掛けたのに何故か時任だけ濡れて帰ってくることになった日のことを思い出す。あの時は肩は濡れているわ、ズボンの裾は水を吸っているわ…濡れないために傘を差していた筈なのに結局濡れているのだから全く意味がないと溜息を吐いたものだった。悪天候のこの状況でこれ以上洗濯物を増やされてはたまらない、そんな風に時任の体を心配しつつちゃっかり洗濯物の心配をする辺りが実は完全に主夫目線になっているのだが…そのことに久保田が気付いているかいないかは久保田のみぞ知る



傘だけで出掛けることを認めない久保田に「下手ってなんだよ」と時任は不貞腐れたように言葉を返す。それでもされるがままにレインコートを着せられているのだから本気で嫌がっている訳ではないのだろう。"自分でも下手なのは分かっているけど認めるのが嫌だからとりあえず文句を言ってみただけ"といった感じだ。意地っ張りで素直じゃない姿はいつ見ても飽きない、可愛いなぁとこっそり心の中だけで呟いて久保田は時任に向けて微笑を浮かべた



「ほい、完成。時任くん雨の日バージョン」


「…なんだよ、その意味分かんねぇバージョンは。てかこれ袖ンとこブカブカじゃんか!」


「仕方ないっしょ、俺の分しかないんだから。時任の分はまた買いに行くとして今はそれで我慢してくんないと。それに結構いいと思うけど? 可愛いし」


「可愛くたって全然嬉しくねぇ…大体この超絶カッコいい時任様に向かって可愛いなんて言う奴は久保ちゃんくらいしかいねぇよ」


「それはそれは、お褒めに預かり光栄〜」


「褒めてないっつの!…って、どこまで着いてくんの?」


「んー、玄関までお見送りしようかなと…なんなら一緒に行こうか?」


「や、いい。どうせすぐそこだし久保ちゃんは家にいろよ」



まるで当然のことだというように後ろを着いてくる久保田と余った袖部分を折りながら時任は話を続ける。お見送りって…初めてお使いに行く子供じゃないんだから、とこの前見た某お使い番組が頭を過った。久保田が自分に対してやや過保護すぎるというのは随分前から分かっていたことだし離れず傍にいてくれるのは勿論嬉しいことなのだが、あまりに度がすぎると逆に信頼されてないんじゃないかと不安になってしまう。…それにこの図はなんともコメントしずらい、端から見れば結構シュールだ



そう長くない廊下を歩き切る時間などたかが知れているため、玄関にはあっという間に辿り着いた。レインコートをきっちりと着込み手には傘、ポケットには財布を忘れずに入れてある。どこをどう見ても完璧、準備は万端で申し分ない。だが漸く出掛けられると時任がドアを開けようとした瞬間、またもそれを引き止めたのは久保田だった



「…やっぱ雨降ってるし今日は止めとけば?」



カッパまで着せといてそりゃねぇだろ、殴らなかった自分を褒め讃えたい



「あ"あああもういい加減にしろぉおお!!」



手首を掴む掌を振り払った時任の叫び声が玄関に響き渡る。ほんの一瞬寂しそうな目をした久保田には僅かに罪悪感が湧き上がったが、別に何か悪いことをした訳でもないのに何故罪悪感を感じなければいけないのかと思い直した。ビシっと勢いよく指を指して時任は強く久保田に言い聞かせる



「置いてけぼりにされそうになってる犬か、お前はっ!俺の居場所はここしかないんだから絶対帰ってくる!すぐ帰ってくっから!だから久保ちゃんは大人しく俺様の帰りを待ってりゃあいいの!!分かったか!?」


「……ほーい」


「分かったならいい!さっさと牛乳と…あー…」


「単三電池?」


「そう、電池!牛乳と電池買って帰ってくる!」



いってきます!最後に吐き捨てるように声をかけて時任は部屋を飛び出していった。次第に遠ざかっていく騒がしい足音に滑って転ばないといいけど、なんて懲りずに過保護なことを考えている自分に苦笑する。こんなことを考えてるとバレたらまた怒られるだろうか



「…なんでお前は俺の欲しがってる言葉が分かるんだろね」



いつだって欲しい言葉を、欲しい時に与えてくれる。言葉一つでこんなにも安心させてくれるんだからすごいと思う



いってらっしゃい、言いそびれた見送りの挨拶を久保田は誰もいないドアの向こう側へと呟いた。よくよく考えてみれば"置いてけぼりにされそうになってる犬"という時任の喩えは言い得て妙だった




(雨模様、君模様)




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飼い主っぽい時任とわんこ全開な久保ちゃんで雨の話、カッパ着てる時任は可愛いと思います。ある意味彼カッパ(笑) 久保ちゃんはすぐ傍に時任がいないと生きていけない体になってる、時任大好きわんこな久保ちゃん可愛い



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