※鵠+久保
※中学生久保ちゃん



「すいません。ちょっと怪我しちゃって、ここって薬局ですよね?」



薬とか売ってもらえます? 閉店間際にやって来たその客は不思議な存在だった。この中華街に店を構え今まで色々な種類の人間と関わってきたがおそらく初めて出逢うタイプの人間だと思った。初めて見る顔、初めて聞く声。台詞だけなら初対面で会う普通の客となんら変わらない。そう、台詞だけなら



「ええ、そうですよ。すぐに死ねる毒薬でもお求めですか?」



錆び付いた鉄のような血の臭いが鼻についた。幾度となく触れてきた、嗅ぎ慣れた臭い。そしてそれは目の前の少年が扉を開けて入ってきた時から辺りに漂っていたものだった。目に見えて分かる箇所だけでも頭に打撲傷、口端は殴られた時にでも切れたのか固まった血が付着していた。元々白かっただろうシャツは腹部部分が赤く染まり見るも耐えない、もし彼が本当に自殺希望者であったとしてもこのまま放っておけば毒薬など飲まずとも楽にあちら側へと逝けるだろう。通常の人間なら立っていることはおろか意識を保っているのも難しい状況、こんな所でこんな風にいられる訳がない。だが目の前の少年は違っていた、実際こんな所でこんな風に彼はぼんやりと突っ立っている。相当な痛みを感じている筈なのにそれを全く表に出さずに、もしかしたら痛みを感じていないんじゃないかと疑ってしまう程に。飄々と、まるで他人事のことであるかのように、小さく欠伸を零す。その様子は不思議を通り越しもはや異常の類だった。普通ではない、完全に曲がってしまった歪



「うーん、出来れば毒薬じゃない方がいいなぁ」 腹部の傷口から血が溢れ、シャツに滲んだのが分かる。こちらが微笑みながら投げかけた皮肉には何の感情も抱いていないようだった



「ならどのようなものをお求めでしょうか、用意できるものであれば用意致しますよ。まぁモノによっては少し値が貼るものもありますが」


「わー…あんまりお金持ってないから怖いね、一体どれくらい取られるんだろ」



後払いとか出世払いとか出来るのかな、纏う雰囲気と同じように少年の発する言葉は一つ一つがふわふわとしていて掴みにくかった。更に言うならどこまでも味気なく年相応さの微塵もない。本当に初めて出逢うタイプの人間だ



「煙草、吸ってもいいですか?」 一言尋ね彼が煙草に火をつける。そうやって少年はどこまでも年相応さとはかけ離れていく、混ざり合うセブンスターの香りと血の臭いーー



「…一瞬で怪我を治せる、みたいな薬ないですよね」


「残念ながらうちではそのような万能薬は取り扱っていませんね、そんなモノが存在するなら是非私にも紹介して欲しいですよ」


「だよねぇ…でももしほんとにそんな薬があったら色んな人達が痛い思いしなくて済むのにね、早く誰か開発すればいいのに」



そして、溜まった紫煙を吐き出して見たこともない"色んな人達"の痛みを語りながら、少年は少しだけ笑った。優先するべき自分の痛みより他人の痛みを気にかける、それは良く言えば優しさだが裏を返せばただのエゴイズム。今の彼に関してはただの酷い矛盾だ



「何故、病院に行かないんです?」



一つ、今更な問いかけをしてみる。だがこの時、出会ってから初めて、彼は普通らしい返事を返してきた



「怪我した理由とか聞かれたくないから。それに病院行ったら絶対家に連絡行くでしょ? 怒られたくないんだ」



怒られたくない、散々年相応さを感じさせないことを言い続けていたのに。今になって子供のような理由を掲げた少年が何故か可笑しかった。知らない内に口元へ笑みが浮かぶ



「お家の人は怖いですか?」


「まぁ、それなりに」


「なるほど、それは良かった」


「良いことのようには思えないけどねぇ」



カウンターを抜け首を傾げていた少年に近付いていく。正面に立つと眼鏡越しの瞳がよく見える、まだ幼さを残すこの顔立ちの下に一体何が隠れているというのか。じわりと僅かな興味が湧き上がった



「薬はお売りできませんが気休め程度の治療なら提供できますよ。まぁ医療免許は持ってませんが、何もしないよりはましでしょう」



歩けますか? だがそう続けようとした言葉は形になる前に消えた、崩れ落ちた少年の膝に一瞬不意を突かれる



「……うん、ちょっとキツイかも」



倒れる寸前で引き上げた体は想像していたものよりも幾らか軽い気がした



のちに久保田誠人と名乗ったこの少年と私は所謂"茶飲み友達"となるのだが、それはもう少しだけ先のお話



(追想)



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久保ちゃんと鵠さんの出会い、思いっきり捏造です。1巻の番外編で鵠さんが怪我をした久保ちゃんの手当てをしたのが知り合ったきっかけだって言っていたのでこんな感じだったらいいなと…久保ちゃんは葛西さんには頼れないけど鵠さんには頼れるんだと思う。雇用関係と書いてオトモダチと読む、ギブアンドテイク。そんな割り切った関係の2人が好き



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