※光(←)烏
※二人で旅してた頃
※短め
「烏哭、貴方は恋というものをしたことがありますか?」
一度だけ光明にそんなことを聞かれたことがある。相も変わらず、喰えない穏やかすぎる程の笑みを浮かべながら、そんな心底どうでもいいことをさらりと。少し吐き気がした。
「いきなり何言ってるのかな、あんたは」
「いえね、少し気になっただけです。仮にも貴方は恋多き若者、そういうものの一つや二つ体験したこともあるんじゃないかと・・それにコイバナはお互いの距離を縮めるのにも最適なんですよ? 秘密を共有してるみたいで」
・・・良い歳したおっさんがコイバナなんて薄寒いにも程がある
視界の隅で紅葉が地面に落ちていくのを見た。地面に広がる赤がまるで血のようだ、一歩一歩それを踏みつけて足を進める。ガサガサと響く枯れた音。ああ気分が晴れる、ほんの僅かだけど
「まぁ見てる分には興味はあるけどねぇ、自分がしたいとは死んでも思わないなぁ」
気色悪い
咥内で転がすように呟いたその言葉が光明に届いていたかは微妙だった。懐を探り煙草を咥えて火を付ける、が、付けようとした瞬間、光明に手首を取られて止められた。歩き煙草はダメですよ危ないですからーって、ケチくさい奴だ
「うーんもったいないですねぇ」光明が目を細めて笑った。本当によく笑う、何がそんなに楽しいんだか理解出来ない。理解しようとも思わないが
「恋はいいですよ、人生に潤いを与えてくれますから。人を愛するということで今まで見えなかった己や知らなかった感情を知ることができる。それは時にどんな知識よりも偉大な存在になり得えます、だから気色悪いなんてそう悲しいことを言わず一度体験してみなさい。貴方はまだ若くてこの先の人生は長いのだから」
・・・どうやらさっきの戯言はしっかりと届いていたらしい。恋や愛なんてものは自分の中では知識の一つでしかない、たとえどれだけススメられたって良いものだとも悪いものだとも思えない。する気だって、死んでもない
「私もこう見えて若い頃は綺麗なお姉ちゃんと〜」 聞いてもいないのに勝手に武勇伝を話し出した光明を無視してもう一度煙草を咥える。光明の説法じみた持論は馬鹿馬鹿しくもくだらない。ただの感情論だ、自分とは全く正反対の場所にいるこの男と分かり合える日が来るのは今生間違いなく来ないだろう。来て欲しくもない。けれど、煙を吐き出し光明から視線を逸した
・・・けれど、そんな彼が時々眩しく見えるのは、何故なのだろう。そう、今みたいに
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烏の無自覚な恋の話。
その感情の正体に気付いた時、一番大切な人はもういない
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