※残連+ばら




「・・何やってんのよ、あいつ」




いつもよりとびっきり寒い冬の朝。ラウンジでそう小さくぼやいた野ばらちゃんの声がボクの耳に届いた、眉間に皺を寄せ携帯を黙って見つめる彼女の姿に何かあったんだろなぁということは目に見えて分かる。なんとなく何があったのか気になり近付いてみる、するとボクに気付き顔を上げた野ばらちゃんと目が合う



「おはよー、野ばらちゃん。朝からそんな顔してどうしたの? せっかくの美人が台無しだよぉ」



「そんな顔ってなによ。・・まぁちょっと困ったことが起きたのよ」



「困ったことって?」



未だ晴れない表情を見て首を傾げる。ボクが尋ねると野ばらちゃんはさっきまで見ていた携帯の画面を開き目の前に差し出してくれた。そこに表示されていたのは一通のメール、送信者はめったにメールをしないレンレンだった。そこまでは別にいい、レンレンからメールがくるなんて珍しいことだなで済む。問題はメールが来たことじゃなくてその内容にあるのだ



「まったく丈夫さだけが取り柄なくせに、風邪引くなんて何やってんだか」



野ばらちゃんに送られた絵文字一つないレンレンからのメールには、"風邪を引いてしまったから今日は学校を休むこと" "風邪は引いているけど自分は大丈夫だから気にせず仕事には行ってほしいこと"というのが書かれてあった。これで野ばらちゃんが何に困っていたのかはすぐに分かる、ぼやいていたあいつというのはレンレンのことだったようだ。メールの最後に気をつけていってこいよと野ばらちゃんを気遣う言葉を忘れない辺りやっぱりレンレンは優しいなぁと思う。けれど、野ばらちゃんからして見ればそれも気に食わないことの一つらしい



「自分が風邪引いてるくせにわざわざあたしの心配するなんておこがましいのよ。そんな状態で心配されたって迷惑なだけだわ」



人の心配をする前に自分の体調管理をしっかりしろ、なんて悪態をつく始末。レンレンの優しさにこれっぽっちもときめいてなさそうな(実際ときめいてないんだと思う) 野ばらちゃんもどこまでも野ばらちゃんだ。まぁ端からみると一方通行にも見えるこの関係が、2人にとっては1番ベストな形なんだから問題は何もないんだろう。それに野ばらちゃんは、こんな態度をとってはいるけど本当は少なからずレンレンのことを気にかけている。だから今、野ばらちゃんはこんなにも困っているのだ



「確かにレンレンが風邪引くなんて珍しいことではあるよね、てか此処に来てから初めてなんじゃない?」


「・・・100歩譲って風邪を引くのは仕方ないことだとするわ、でもよりによってなんで今日なのよ。あたしが仕事の日だって分かってたんじゃないの? なによその嫌がらせ」


「・・いやー、流石のレンレンも狙って風邪引いたわけじゃないと思うけど」



でも、なんだか理不尽な怒りに駆られだしたような気がする野ばらちゃんには苦笑いを浮かべた。困っているのは分かるけど、嫌がらせとまで言われるのは可哀想だからここはレンレンをかばっておいた。狙って風邪を引くなんてそんな器用なこと仮病じゃない限り無理だ、レンレンもタイミングが悪い時に風邪を引いたなぁと思う



テーブルに肘をついた野ばらちゃんが溜息を吐く。あんな悪態をついたあとでも、どこか憂いを帯びるその表情は美人のそれだ



「それにしてもほんとどうしようかしら・・・今日の依頼先は少し遠いから簡単に帰ってこれそうもないのよねー。だからって予定を変えてもらうのも気がひけるし、あいつを放っておくわけにもいかないし」



どうせ寝てれば治るなんて甘っちょろい考えに決まってるんだから、それはボクに話しかけているのか独り言なのかは分からない言葉だった。しかし仕事に行くならそろそろ出なければならない時間なようで、野ばらちゃんは相当迷ってるみたいだった。仕事を投げ出すわけにも、かといってレンレンを放っておくわけにもいかない。二つに一つ、忙しい野ばらちゃんには難しい問題。だからボクはさっきからずっと考えていた提案を野ばらちゃんに話してみることにした



「レンレンの様子、ボクが見てこよっか?」


「えっ」



にこりと笑ったボクに驚く野ばらちゃん。その案は考えていなかったらしく、続けて「夏目が?」と聞き返してくる



「うん、そうだよー。野ばらちゃんの代わりにボクが今日一日レンレンの看病してあげる、それなら野ばらちゃんも安心してお仕事にいけるでしょ?」


「それはそうだけど・・でもあんただって暇じゃないでしょ?」


「それが今日は渡狸、カルタちゃんと一緒に登下校してそのままデートらしいんだよね。だからどっちかといえば暇なんだ、流石に付きっきりでっていうのは難しいかもしれないけど出来るだけ傍にいてあげられると思う」



確かにいつもなら野ばらちゃんの言うとおりボクも暇じゃないんだけど、今日はちょうど特にやることもないし渡狸の送り迎えもお休みの日だ。忙しい野ばらちゃんと暇なボク、それなら暇なボクがレンレンの看病をすれば全て丸く収まるんじゃないかと思ったのだ。けど、それはあくまで野ばらちゃんが良ければということが前提だからこれ以上はなにも言えないんだけど



寒色色をした瞳が一瞬ボクの目を見つめる。少しの間、何かを考えるような素振りを見せてようやく野ばらちゃんは口を開いた



「・・じゃあ、悪いけどお願いしようかしら。正直助かるし、私も出来るだけ早く帰ってこれるようにするから」



何かあったら連絡してちょうだい、そう言いながら野ばらちゃんはポケットから取り出した鍵を手渡す。これが何の鍵なのかは言われなくても分かった



「これ、あいつの部屋の合鍵。多分ノックしても意味ない筈だから勝手に入っていいわよ」


「うん、分かった。野ばらちゃんの代わりにボクが優しくレンレンの看病してるね☆」


「・・・ねぇ、念のためこれだけは言っとくわ」


「んー?」



と、前置きをされてからラウンジを出ようと立ち上がった野ばらちゃんに向けられた視線は冬のどんな寒さより冷たかった



「分かってると思うけど、あんたあいつに変な気起こすんじゃないわよ。ただでさえ男が男の看病なんてあり得ないんだから、気持ち悪い」



・・・うん。そこまで言っちゃうかなぁ、野ばらちゃん?



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学生が皆学校に行ってしまったあとの妖館は、酷く静かだ。さっそくボクはエレベーターに乗って3号室のある階へと向かう。一応レンレンの部屋にはなにもないことを見越して風邪薬と体温計、スポーツ飲料水が入った袋を持ってきた。きっと冷蔵庫にもほとんどものはないんだろうから。あと事情を話すと作ってもらえた河住親子特製のお粥も忘れない、ほんとは自分で作ろうと思ったのだがわざわざ自室に戻って材料を揃えるのも時間がかかりそうだったしレンレンの話を聞いた小太郎くんがとても心配そうな顔をしていたから任せることにした。お大事にと伝えて欲しいと言って渡されたお粥は美味しそうで病人でも食べやすそうだった



(レンレンって愛されてるなぁ・・・)



エレベーターに表示される数字を見送りながら改めて思う。野ばらちゃんも小太郎くんも、勿論他の住人達もレンレンが風邪を引いたと聞けば心配するし気にかけるだろう。特にちよたんは輪をかけて、かもしれない。ここに住む人達は皆本当に優しくて世話焼きが多いから、誰かが辛い思いをしていたり困っているのを放ってはおけない。それは間違いなく皆のいいところで大好きなところなんだけど・・それでもそんな風に皆に心配されてるレンレンに少しだけ複雑な何かを抱いてしまうのは・・ボクの心が狭い証拠なんだと思う。それが大人気ないし情けなかった



エレベーターが軽快な音をたてて開く、持っているものを落とさないようにゆっくりと廊下を歩いた。扉の前で預かっていた鍵を使って、言われた通り勝手に入ることにする。面倒くさがりで無用心なレンレンも流石にしっかりと鍵はかけているようだ



相変わらずお世辞にも綺麗とはいえない生活感で溢れる部屋、そこにあるベッドにレンレンの姿を見つけた。そっと傍に近付いて様子を伺う、いつもより赤い顔色と繰り返される荒い呼吸。恐らく熱があるんだろう、刺青の上から薄ら汗が流れ落ちていた。額に触れようと手を伸ばすとボクの気配を感じたらしい、レンレンの体がもぞりと身じろいだ。重たげな瞼が持ち上がり新緑色が顔をみせる、しばらくの間ぼんやりとしていたがやがてレンレンはボクの方を見て話し始めた



「残、夏・・・?」


「おはよー、レンレン。調子はどう? まぁそう簡単にはよくならないか」


「・・んで、残夏がここにいんの? 俺、ちゃんと鍵かけてたよな・・?」



いつもののんびりとした低めの声が見事に潰れてしまっているのが痛々しい。これじゃあ話すのだって、楽なことではないだろう



「野ばらちゃんから借りた合鍵使ったんだよ。鍵はちゃんとかかってたから安心して。喉、完全にやられちゃってるねー・・起き上がれる?」



スポーツ飲料水のペットボトルを取り出す、怠そうに起き上がり受け取ったペットボトルに口をつけるとレンレンは中身を半分ほど飲み干して再びベッドに潜り込む。喉が潤ったからかちょっとだけ一息ついたように見えた



「少しは一息ついた?」


「ん、少しな。俺、自分が思ってた以上に喉渇いてたみてぇ。ぶっちゃけ助かった、ありがとな」


「ふふ、どう致しまして。今日は一日ボクがレンレンの看病係だからして欲しいことがあったら言ってね」


「・・なぁ、残夏」



じっとレンレンがボクの目を見た。視なくても分かる、こんな風にレンレンがボクの名前を呼ぶ時は大抵何かを訴えかけようとしてる時。申し訳なさそうに、察して欲しいと訴えかけてくるんだ



「せっかく来てくれたとこ悪ぃけど、1人で大人しく寝てれば治るからさ。もう帰っていいよ」



寝てれば治る、まさに野ばらちゃんが言ってたのと全く同じことを言って追い返そうとするその姿には思わず笑ってしまいそうになった。やはり野ばらちゃんは彼のことをよく分かってる。彼が何を言い出しどんな行動をするか常に理解した上で、その上をいく行動をしているのだ



だから、そういった面を知るたびに思う。ボクはきっと野ばらちゃんには勝てない。今までも、そしてこれからも、ずっとずっと。そう思わずにはいられないんだ



「い・や・だ☆ そんな風に追い返そうとしても無駄だよ、レーンレン。大丈夫じゃないくせに無理しないの!」


「誰にもうつしたくないんだって・・だから野ばらにもああ言ったようなもんだし。それにただでさえお前は体強い方じゃないんだから、うつったら困るだろ」


「それでも今のレンレンよりは強いと思うけど?」


「・・・けどなー、」


「あのさ、レンレン」



まだ続けようとしていたレンレンの言葉をボクは強引に断ち切る。そして今彼に一番伝えたいと思ったことをそのまま口にした



「寂しい時は素直に"寂しい"って、言っていいんだよ」



それは自分でも静かな声音だったと思う。ボクはきっと野ばらちゃんには勝てない、SSだからとかそういうのは関係なく。ボクよりも野ばらちゃんの方が確実にレンレンのことを理解してる。それでもボクにだって分かることはある、彼のことを一番理解している人間になれなくてもいい。けれど、近くで見守ることが出来るくらいの人間にはなれたらいい。そして、できれば時々頼ってくれればいい



・・・寂しい時には寂しいと素直にいってほしいんだ、ボクにはもう素直に言うことが出来ないから。せめてレンレンには、人を頼って甘える大切さを忘れないでいてほしい



「風邪引いたり体調良くない時って、何だか心細いでしょ。そういう時くらいさ、素直に頼っていいんだよ?傍にいてほしいって甘えたって誰も怒らない。それに皆、レンレンのこと心配してるんだから」



このお粥は小太郎くんがわざわざレンレンのために作ってくれたんだし、あの野ばらちゃんだってすごく心配してたんだよ。仕事行くか行かないか迷ってたくらい、まぁ嫌がらせなんじゃないかって怒ってもいたけど。 野ばらちゃんの様子を話すとレンレンも「野ばらちゃんらしいわ」と小さく笑う。話を聞いているレンレンはどことなく嬉しそうに見えた



「だからうつしたら困るとかそんな理由で追い返さないでよ。本心なら別だけど、レンレン本心じゃないじゃん」


「・・・お前も心配してくれてんの?」


「もっちろん、とっても心配だよ。てか心配じゃなきゃ来ないよ〜ただでさえ体強い方じゃないんだから〜」


「根に持つなよ、悪かったって」


ボクがわざとむくれたように振る舞えば一言謝ってくれるレンレン。そのあと「・・そっか、心配か」なんて呟く様子は、もうボクを追い返そうとはしていないみたいで安心した



そっと前髪をかき上げて、さっき触れそこなった額に触れた。予想していた通りそこは熱くじっとりと汗ばんでいて高い体温を直接感じることが出来る、触れる掌が心地よいのか重い瞼は次第に落ちていく



「熱、測った?」


「測ってない・・残夏の手、冷たくて気持ちいいな」


「ボクの手が冷たいんじゃなくてレンレンの体温が熱いんだよ、もーちゃんと測らなきゃ駄目じゃない。じゃあまずは熱測るとこからかな、あと薬飲むんだから食欲なくても少しは食べて―」



掌を額から離した瞬間、手首を掴まれる。まさかの行動にボクは思わず目を瞬く、けれど「待って」とボクを呼び止めたレンレンを見ていれば暫く動くことは出来ないなと思った
「熱も測るし薬もあとでちゃんと飲む、だからもうちょっとだけ・・このままでいてくれよ」



"寂しい"と直接口で言わなくても、今手首を掴んでいるこの指が"傍にいてほしい"と言っていたから。それを拒む理由なんて一つもなくて、ボクは笑ってまた彼の額に手を伸ばす。今度は早く元気になりますようにとこっそりねがいをこめて




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一度はやっときたい風邪ネタ、前半がかなり長くなった。残夏さんは野ばらちゃんにはきっと勝てないと思ってるし実際勝てないだろなぁと思う、もちろん逆もしかり(反ノ塚も渡狸の存在にはきっと勝てない) 一番になれなくても傍にいれればいい、多分そんな感じです



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