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※捏造千景母視点




買い物袋を片手に『ただいま』― なんて私がかけた声にも部屋の中は変わらず静かだった。一瞬誰もいないのかと思ったものの玄関には言い方は変だけれど、ちゃんと適当に転がされた千景の靴があって…あの子が家に帰っているというのは間違いない





『ただいま』『おかえり』『おはよう』『おやすみ』挨拶は大事な言葉。だからもし誰も家にはいなくても『ただいま』と一言かけるのは、私も彼も決して言った訳ではないのだけれど自然と六条家の決まり事のようなものになっている。それは千景だって勿論自然に家にいれば『おかえり』と返してくる筈なのに…今は何も返ってこなかったのが不思議に思った





転がった靴を整えて名前を呼びながらリビングの扉に手をかける。赤紫に染まり始めた空、明かりをつけると私が探していたあの子はすぐに見つかって― テーブルに荷物を置いて私は部屋の隅で膝を抱え込んでる千景の元に近付いていく



「ただいま、チカ。おかえりって返してくれなかったら母さん悲しいじゃない?」



そう言って千景の目の前に目線を合わせてかがみ込む。伺った表情は最近見なくなっていた泣き顔、千景は昔から泣き虫な子だった。けれど門田さんと知り合ってからは泣く事も無くなっていたと思っていたのに…ぽろぽろと止まる事を知らないみたいに千景の眼から涙が溢れては零れ落ちる。いつから泣いていたのか、目尻は真っ赤になっていた。やっと返ってきた「…おかえりなさい」も不安定に揺れる声


「こんな真っ赤な眼で言われても母さん嬉しくないかなぁ…泣いてばかりないで母さんに話してごらん? 何でそんなに泣いてるの?何かあった?」



髪を撫で浮かぶ涙を指で掬い上げる。黙ってこっちに向けられる真っ赤な眼に微笑で促すとぽつりぽつりと言葉が切れながらも千景は口を開く



「みんなが…俺の名前、女の子みたいだって…『ちかげ』なんて変だって…っ! みんな言ってるなら、きょーへーだって、ぜったい思ってる…」



きょーへーに嫌われたらどうしよう、零した涙は膝に染み込んでじんわりと千景の服を濡らした。 名前でからかうなんて子供にはよくある理由、おまけにこの子は本当によく泣いていたから他の子はそこにもつけ込んだんだろう。でもどんなよくある理由で些細な可愛らしい理由でも― この子達はまだ簡単に割り切れる年じゃないのだから…そう考えると私も同じように胸が痛む




「チカ…千景、」




でも、でもね―




水滴が伝う頬を掌で包む、感触は柔らかくて微妙に冷たい。けれどきょとんと此方を見る千景が今は泣いていなかったから安心した、私は続いて笑いかける



「辛いよね、ちゃんと男の子なのにそんな事言われたら…母さんも辛いし千景みたいに泣いちゃうわ。でもね母さんも父さんも『千景』って名前大好きなのよ?」



あなたがどれだけこの名前を嫌おうと私達は千景が大好きだから。千景が千景である事に、ずっとずっと感謝しているから…



「『千景』って名前はね、父さんと母さんが千景が無事に大きくなりますように…強くて優しいいい子になりますようにって。たくさんたくさん願いを込めて付けた名前だから絶対嫌いになる訳ないの」



千景は自分の名前、嫌い? すぐに大きく首を振って「…嫌いじゃない」と呟いてくれた千景に私の長い話が全部伝わったかは分からない。それでも私達があなたを愛しているって事だけは伝わっていればいいと思う





それに私は門田さんも『千景』っていい名前だって思ってると思うんだけど…今度聞いてみようかしら。さてとりあえず晩ご飯の前にその眼冷やそっか、チカ









(『親から貰った名前は大切にするもんだ、馬鹿にする奴は最低だと俺は思うぜ?―』)



(『…そこにどんな想いが込められてるかなんて…分かんねぇからな』




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