番外編 | ナノ
はっぴーはろうぃんほりでー(後編)


◇4



ハロウィンパーティーと言っても会長さんは何かをするわけでもなく、ソファで偉そうに足を組みながらコーヒーを飲んでいる。

そしてテーブルを挟んで向こうに、俺とゆーちゃんがそれぞれ微妙な顔をしていた。俺は突然の事に現状を把握出来てないし、ゆーちゃんは何故か不機嫌そうだ。

目の前にはゆーちゃんが用意してくれていたショートケーキと、どこから出してきたのか、お皿にこんもりと乗せられたチョコレート。

「那乃、食べていいよ」
「い、いただきます!」

沈黙が続き一人もぞもぞしていると、ゆーちゃんに頭を撫でられて、これ幸いにと大きな声で挨拶をした。
口に運んだケーキはスポンジがしっとりしていて生クリームと苺の絶妙な甘さと酸味のバランスと言ったら、もう!

「おいひい!」
「よかった」

目を輝かせてケーキを頬張っていると、ゆーちゃんが嬉しそうに息を吐く。一度手を止めて隣を見れば、目を細めたゆーちゃんが俺の髪を撫でつけるように触れてくる。

「ゆーちゃんごめんね。俺さっきサツマイモ全部落としちゃって、今お返しできる物が…」
「そんなの気にするな。毎年ハロウィンは那乃が食べてる姿を見るのが俺の楽しみだから。那乃が喜んでくれたらそれで満足だよ」

そう言って笑うゆーちゃんはすこぶる格好良い。皆見たか。これが俺の従兄だ。
気分が良くなってゆーちゃんに頭をぐりぐりと押し付けながら残りのショートケーキを口に運んでいると、おい、と前から声がかけられる。なんだろう、と視線を前に向けると、コト、とコーヒーカップをテーブルに置いた会長さんと目が合う。え、なに。

「栗島」
「はい?」
「お前チョコレートが嫌いなのか」
「…は?」

眉を寄せて俺を見据えてくる会長さんに首を傾げた。どうしたのだいきなり。ちなみに「は?」と言ったのは俺ではないぞ。心底呆れたような声の主は、珍しいことにゆーちゃんだ。
俺はとりあえず「いえ、すっごい好きっす」と言っておいたが、会長さんの眉間の皺は伸びない。それどころか、もっと深くなったではないか。

どうしよう、解答を誤っただろうか。ここは「ウルトラ好きっす」にすべきだったのだろうか、それとも、

「なら何で食べないんだ?」
「え?…あ」

会長さんの言葉に、そういえばとテーブルの上のチョコレートの粒達に視線を落とした。艶々と輝くチョコレートはとても美味しそうなのに、ここにいる誰もが手を伸ばしていない。そう、俺もだ。ゆーちゃんのケーキに夢中になり過ぎていてチョコレートの存在に気がつけなかった。

先程の会長さんの様子からするに、いただいても良いのだろうか。誰も手をつけていないことに不安を感じながら、艶やかなチョコレートに手を伸ばす。 

「えと、じゃあ、いただきます」
「まぁ待て」
「えっ」

口に運ぼうとしたところで、会長さんに止められる。え、食べちゃ駄目なの?でもさっき何で食べないんだって言ったじゃないか。
どうなっているんだと目を回していると、会長さんがコーヒーを一口飲んでから口の端を片方だけ持ち上げて笑う。

「そのチョコレート、いくらか分かるか?」
「…?」

いくら?値段か?摘んだチョコレートの粒を見る。いくらだろう。よく分からないけど、高そうだ。一粒五百円くらいだろうか?予想を口にすると、首を振った会長さんが

「一粒三千円だ」

なんだって?三千円?この将棋の駒みたいな大きさのやつが?
思わず手にしていたチョコレートをお皿に戻してしまった。

目を丸くする俺の横でゆーちゃんが「自分は食べないくせに」と溜め息を吐いている。会長さんは食べないのか?じゃあ何で用意してるんだ。

俺たち二人を見て会長さんが「ところで、」と足を組み直す。

「おい栗島、食べたいか?」

ソレ、とチョコレートを指差す会長さんに、こくりと頷く。一粒三千円なんて、どんな味なのか気になる。思わずチョコレートを見て唾を飲むと、横から「いやな予感がする…」と聞こえた。

「せっかくのハロウィンパーティーだ。そのチョコレートを賭けてゲームをしないか?」
「チョコレートを、賭けて」

会長さんの言葉を繰り返すと、やるか?と聞かれる。なんだか面白そうだ。迷わず頷けば、会長さんは満足そうな顔をする。
そんな俺たちのやり取りを見ていたゆーちゃんは、俺の肩に手を押き首を振る。

「那乃、蘇我のゲームなんてろくなことないから、やめておいたほうがいい」
「ゆーちゃん…」
「錦戸、あまり制限すると栗島が息苦しいだろう?」
「…っ」
「なに、ゲームと言ったってただのトランプゲームだよ。心配ならお前もやったらいい」
「…本当にチョコレートを賭けるだけなんだな」
「ああ」

分かった、とゆーちゃんが頷く。

「そうこなくてはな。栗島も勿論やるだろう?」 
「はい!」

立ち上がった会長さんが側の棚からトランプの箱を取る。なんで生徒会室にトランプがあるんだ。

ソファに戻ってきた会長さんは箱からトランプをとりながら話す。

「ポーカーで良いだろう?」
「ああ」
「チップの代わりにこのチョコレートを使おう」
「…金銭感覚の無い奴だな」
「一般人と金銭感覚を同じにされても困るな」

ゆーちゃんは呆れたような顔をして、フッと笑った会長さんから受け取ったトランプをシャッフルする。

「あの〜」
 
そんな二人を眺めていた俺は徐に声をあげた。どうした?とゆーちゃんが俺の方を向く。会長さんも目線だけ俺に配った。そのことに居心地を悪く感じながらも、頬を掻きながら伝えなきゃいけないことを口にした。


「おれ、ぽーかーのやり方分かんないっす」
「…」
「…」
「へへっ」

信じられないような顔をする会長さんと、「ああ、そうだ、那乃はそうだった…」と俺の頭を撫でながら目を瞑るゆーちゃん。

しょうがないじゃん、俺ババ抜きしかできねーもん。


◇5



「さぁ引け」

目の前に会長さんの持つカードを差し出され思わず、うーんと唸る。

ババ抜きしか出来ないと俺が言ったあと、

『那乃が出来るやつにしよう』
『仕方ないな』

という会話の後、会長さんがジョーカーを一枚箱に残してシャッフルし始めたことによりババ抜きは始まった。いや、本当さーせん。

俺は会長さんからカードを取り、ゆーちゃんに引いてもらう。会長さんはあまり表情を変えず常に余裕の笑みを浮かべているので、探ったりなど心理戦を持ちかけれない。勘に頼るのみ。いや、もしかしたら会長さんの心理的作戦の罠にどっぷり浸かっているのかもしれない。読めない。

数回回って気付いたのだが、俺がジョーカーを持っているとき、必ずゆーちゃんはジョーカーを引く。そのおかげでゆーちゃんの手持ちのカードは減りが遅い。
あれ、ゆーちゃんこういうの得意なはずなんだけど。さっきまで「本当に最下位の人にペナルティはないんだな?」と会長さんのことを怪しんでいたから、負けたい訳ではないと思うんだけど。因みに会長さんは「そんなにペナルティが欲しいならそうだな、勝った人がチョコレートを消費するまで黙って座ってるってのでいいだろ」と適当なのか最初から考えていたのか分からないがそう言ったのに対しゆーちゃんはそれなら、と頷いた。

それでもカードの減りの悪いゆーちゃんに首を傾げつつ、俺も負けたくはないので真剣勝負。といっても勘だが。だけどその勘も今日は冴えているのか、俺の手持ちカードはどんどん減っていく。現在三枚。なかなかのペースだと思う。さすが、ビギナーズラックっていうやつ?あ、俺ビギナーじゃないから、ただのラック?てかラックって何?まぁ、とりあえず、いい感じ。
だが絶好調なのは俺だけではなかった。

淡々と、時に相手を揺さぶる言葉を投げつつ着々とカードの枚数を減らしていくのは、向こう側で偉そうに座る王様、もとい会長さんである。現在の手持ちカードは、なんと二枚。

俺からカードを一枚抜き取ったゆーちゃんが、会長さんの前にカードを差し出す。だが会長さんが動きを見せないので、首を傾げた。さっきまではあまり時間を置かずにすぐカードを引いていたのに、今はカードというよりもゆーちゃんを見て随分と意地悪そうに笑っていた。

「錦戸、カードの減りが悪いんじゃないか」
「お前が早いだけだ」
「フッ…余計なことしてるからだろ。本当に過保護なんだな」
「…、」

会長さんの言葉に、ゆーちゃんが眉を顰めた。何か気に障ることを言われたのだろうか。俺には二人の会話が理解できなかったので分からなかったが、会長さんは楽しそうな顔をして

「錦戸、こういう時に感情を乱してしまうと…」

分が悪くなるぞ、とゆーちゃんの手元から抜き取ったものと自分の手元から引いたものを合わせてテーブルの上に置いた。…あ。

「さぁ、栗島の番だ」

切れ長の瞳を流すようにして俺に向けた会長さんは、残りの一枚を目の前に差し出した。俺はそれを受け取る以外の選択肢はないので、ゆっくりとその一枚を会長さんの手から引き抜いた。

「俺の勝ちだな」

会長さんが何も持っていない手をひらひらと振る。
会長さんの勝ちだ。
俺とゆーちゃんはそのまま続きをやり、元々持ち数の少なかった俺が勝ち、一位会長さん、最下位ゆーちゃんという結果を残して終わった。

ということは、チョコレートは会長さんのものだ。美味しそうだったから食べたかったが、もともと会長さんの物だと思うし、これは自然な事なのかもしれない。ちょっとしょんぼりしてると、顎に手を当ててチョコレートを見ていた会長さんが、ゆーちゃんににやりと笑いかける。それに対してゆーちゃんが訝しげな顔をしたところで、会長さんに「おい栗島」と呼ばれる。なんだなんだ。

「なんです?」
「こっちに来い」

こっち、と自分の横を指す会長さん。
え、いきなりどうしたのだ。訳が分からず、無意識にゆーちゃんの方を向けば、ゆーちゃんも意味が分からない、という表情をしている。やだな、会長さんオーラが無駄に凄まじいから隣に座りたくないんだけど。

「おい」
「今行きます!!」

行くから、睨まないで。ハラハラしながら立ち上がる。「いきなりどうしたんだ」とゆーちゃんが会長さんに尋ねるが、それは無視。ちょっと、ゆーちゃんを無視しないでよ。

恐る恐る会長さんの座るソファに近付いて突っ立っていると、

「あぐっ」

座れ、と腕を引っ張られて強制的に座らせられる。「蘇我っ!」と慌てたような声を出すゆーちゃん。会長さんは眉を寄せて「一々うるさいな」と呟いた。
そしてそのままチョコレートを一粒摘むと、俺の目の前に差し出した。え?

「食べろ」
「…え?」

思わず聞き返してしまう。だって、勝ったのは会長さんだから、チョコレートを食べるのは会長さんのはずなんだけど。そんな俺に小さく笑った会長さんは

「チョコレートを賭けるとは言ったが、そのチョコをどうするかまでは指定していないだろう?」
 
とさらに俺にチョコレートを近付けた。そういうの屁理屈って言うんだぞ、と思いながらも、チョコレートは食べてみたいので有り難く貰うことにする。

「じゃあ、いただきまーす」
「ああ」
「…あれ?」
「違う」
「え、うん…?」

しかし、チョコレートを受け取ろうと手を伸ばすが、手がチョコレートに触れようとしたところで、会長さんがチョコレートを上に持ち上げた。えぇ?
もう一度チョコレートを掴もうとするが、「そうじゃない」と会長さんは俺の両手を片手で押さえ込んでチョコレートを近付けてきた。つん、と唇に触れる。

おいちょっと待ってくれよ。

「おい蘇我」
「口開けろ」
「むがぁっ!?」

ぐいっと会長さんが指に力を込めるから、勢いよく俺の口の中にチョコレートが放り込まれた。

驚いて目を見開くと、悪戯に口角を上げる会長さん。そしてそのまま2つ目を摘むと、一つ目を食べ終わっていない俺に近付ける。逃げようとしたが、腕を捕まれているのであまり動けない。そんな俺たちを見たゆーちゃんが立ち上がろうとするが、それは会長さんの声によって止められる。
 
「錦戸、ルールを覚えていないのか」
「は?」

会長さんの言葉を思い出したのか、ハッとしたよう目を見開いたゆーちゃん。
『勝った人がチョコレートを消費するまで黙って座ってるってのでいいだろ』
なんとも厄介なルールを作ったもんだ。

「錦戸、乗った以上は、ルールを守ったらどうだ」
「…お前」
「そんなに睨むなよ。それに俺は栗島にチョコレートを食べさせてるだけだ。そんなに警戒する事じゃないだろ」

確かに、痛いことをされている訳ではない。ゆーちゃんもそれが分かったのか、渋々とソファに座り直した。
やれやれといった感じに俺に向き直った会長さんがまたチョコレートを掴み、俺の口の中入れる。

「んむっ!」
「ほら」
「むぐぐ」

確かに痛いことをされている訳ではない。が、如何せんチョコレートを押し込まれるスピードが早い。食べ終わってないのに次々入れられるから、今の俺はハムスター状態。味なんて分からない。きっと凄く美味しいはずなのに、勿体無いと思いながら口でチョコレートの粒を受け止める。

「ん″む〜」

もう入らないだろうと思ったところで、会長さんは俺にチョコレートを入れるのをやめた。その間にもぐもぐと咀嚼して少しずつ飲み込む。あ、美味しい。  

まだ手を掴まれているのでぼんやりと会長さんを眺めていると、溶けて指についたチョコレートをぺろりと舐めとっていた。

その仕草が余りにも妖艶で脳がくらりとする。

そのせいだろうか、頭がふわふわして体が熱くなって、本当にくらりときた俺は会長さんに倒れ込んだ。


少し遠くでゆーちゃんの慌てた声が聞こえる。

ちょこれーと…おいしかったなぁ…



◇6




「もう食べれない!!!」

がばりと起き上がったところで、あれれ?と首を傾げた。

俺はさっきまでゆーちゃんと会長さんと生徒会室にいて、ババ抜きで勝った会長さんに詰め放題のビニール袋よろしく口の中をチョコで埋められていた、はずなのだが。

周りを見渡せば見慣れた風景に、体にかかっている毛布。俺の部屋のベッドである。俺寝てたの?まさかの夢オチ?嘘だろ!折角貰ったお菓子が!

しょんぼりと肩を落としたところで、すっきりしない頭をふるふると振りベッドから降りる。窓の外は既に灰暗くなっていた。それを横目に、くあ、と欠伸をしながらドアを開けて共有スペースに出た。

暗い部屋に居た俺は、目に痛い電気の光に思わず顔を顰めた。
窓には俺がマント代わりにしていたカーテンがきちんと付けられている。

「起きたか」

キッチンに居た碓氷が、俺に気付いて近付いてくる。相変わらずエプロン姿が似合わないけど、見慣れたそれに安心感を覚える。

「起きた」
「お前の従兄がお前を抱えてくるもんだから驚いた」
「あ、夢じゃなかったんだ」
「お前の食ったチョコの中に酒が入ってたんだと」
「お酒?」
「ああ」

えー…じゃあ、酔って倒れたってこと?たかがチョコレートで?そんなばなな…

「ゆーちゃんは?」
「お前をベッドまで運んだら帰ってったよ」
「えー」
「本当は目覚めるまで側に居たかったらしいけど、そうもいかないだろ」

他の奴の目もあるし、と碓氷が面倒くさそうに呟いた。ゆーちゃんは俺の従兄だけど、同時に皆の憧れの生徒会役員でもあるんだ。きっと俺や碓氷の事も考えてくれたんだろう。さすがゆーちゃん。

ソファに座って、ポケットに入れていたスマホを確認すると、ゆーちゃんからのメールが一件。『具合は大丈夫か?蘇我に聞いたらあのチョコの中に酒が入っていたらしい。すぐ助けてあげられなくてごめんな。ルールなんて無視して止めさせれば良かった。とりあえず蘇我は叱っておいたし、今回のは自分に非があると反省しているから、許してやってほしい。もし何かあったら言ってくれ。俺が責任をとる。』とのこと。
最後の「責任をとる」っていうのは大袈裟な気がしなくもないが、ゆーちゃんらしい優しい内容に心が温まる。

画面を見ながらニマニマしていると、キッチンに戻っていた碓氷が「お前が持ってたサツマイモとお菓子は冷蔵庫に入れてるからな」と声をかけてくる。

「ありがとー碓氷」
「サツマイモまだ沢山残ってたな」
「倉谷にもあげるよ…あれ、いい匂い!なに作ってるの?」

ことことと何か煮込んでいる碓氷の肩に手を置く。「かぼちゃのスープ」と答えた碓氷に自分の目が輝くのがわかる。

「碓氷!魔女!?アブラカタブラちちんぷいぷい!?ハッピーハロウィン!」
「うるせぇな!?」
「うがっ」

バシバシと碓氷の腕を叩いていたら、イラついたようにがしりと頭を掴まれて、びっくりして後ろに飛び退く。

「猫みてぇ」

一瞬自分の手元を目を丸くして見つめた後、フッと笑った碓氷が切れ長の目を細める。その柔らかい表情をついまじまじと見つめていると、ハッとした様子の碓氷が目線を鍋で煮込まれているかぼちゃのスープに向ける。

「栗島、倉谷と大友呼べ」
「もしや、ハロウィンパーティ!?」 
「そんな大したもんじゃねーけど、かぼちゃ料理だらけだ」
「話だけで涎がとまんねぇぜ親分!」
「さっさと呼べよ子分」
「あだっ」

ぺちんと叩かれたおでこをさすりながら、とりあえず倉谷に『大友君と二人で俺の部屋きて!りっつはろうぃんぱーてー!』とメールを送る。
りっつじゃなくてれっつだろ、と画面を覗き込んできた碓氷に指摘されて、頬を膨らましていると、

ーーデデンデンデデン、デデンデンデデン

「あ、メールだ」
「お前その着信音どうにかしろよ」

人の趣味をあれこれ言う碓氷は放っておいて、スマホの画面をスライド。倉谷からだ。相変わらず返信が早い。画面には『今行く』の文字。早い。こやつ、もしやスタンバってたな。さすが倉谷、図々しい男。

そしてチャイムの音がして、はいはーいと玄関に向かう。

「くーりーしぃーまぁー開けてぇー」
「倉谷、もう少し静かにしたらどうだ」

ドアの向こうからそんな声が聞こえて思わず笑う。今開けるー!と声をかけて、ロックを解除した途端、がちゃ!と勢いよくドアが開く。え…と唖然としていると、倉谷と大友君が、いる…ん?

「トリックオアトリート!!」
「うわあっ!?」

狼男が飛び出してきて、驚きのあまり後ろにひっくり返る。
狼男の後ろで、スマートなフランケンシュタインが溜め息をついていた。


◇7




「い、いらっしゃい…」

いてて、と打ったお尻をさすりながら立ち上がる。楽しそうに笑っている倉谷を見れば毛がもそもそとしている狼の耳を頭につけていて、なんと尻尾もある。いつものちゃらちゃらちゃらんぽんな雰囲気に比べると今日はワイルドさが出ていて、結構似合ってる。

「はい、どーぞ」
「むごっ」

狼倉谷をぼやっと眺めていると、口の中にクッキーを突っ込まれた。お、美味しい。しかし、今日はよく口の中に物を突っ込まれる日だな。ていうかトリックオアトリート唱えたのはお前だろ。

とりあえずありがとう、お礼を言う。満足げに俺の肩を叩いた倉谷は「碓氷ーとりーと!」と叫びながら部屋の中に進んでいった。

「お邪魔します」
「あ、うん…おおともくん…?」
「…?ああ」
「どうしたのその格好!すご!」
「…倉谷に無理矢理やられた」

今朝会った時とは全く違う格好の大友君。白黒のボーダーのTシャツに、薄い色のデニムジャケットに、ジーパン。おでこにはペンか何かで縫い痕が描かれている。割とクオリティの高いフランケンシュタインは、ちょっと美形過ぎると思う。倉谷もそうだが、顔が良いとなんでも様なるんだな。まあでも、俺のヴァンパイア姿もなかなかだったと思うけど。

「大友君かっこいい…」
「そ、そうか…?く、栗島のスーパーマン姿もなかなか凛々しかったぞ」
「っありがとう!」

スーパーマンじゃなくてヴァンパイアだけど!
ちょっとショックを受けつつ、共有スペースで倉谷が俺たちを呼んでいるので、大友君を連れて移動した。部屋の中は相変わらず美味しそうな匂いが漂っている。

「碓氷、何か手伝うことはあるか?」
「ん?おお、じゃあこれ煮込んでてくれねーか」
「わかった」

大友君が碓氷の手伝いをするために腕捲りをして手を洗う。凄いな大友君も料理出来るのか。
その様子を横目に、ソファに座り我が物顔で寛ぐ倉谷の横に座った。

「ねぇ栗島、どう?俺格好いい?」
「かっこいいかっこいい」

ちょつとウザい倉谷に、格好いいのは本当の事なので頷くと嬉しそうに目を細めた。

「わ、これ気持ちいい」
「ネットで売ってた。284円というお手頃な値段」

座っているのでソファの上で窮屈そうにしている尻尾を触ってみると、ふわふわしている。その感触にハマってサワサワと触っていると、頭に何か付けられる。いきなりどうしたんだと倉谷を見ると、ほー、と何か感心している様子。その頭には狼の耳が無くなっていた。

「たたたた大変だ!狼倉谷の耳が千切れた!」
「耳はあるよーほら?」
「それじゃなぁい!ふさふさの!耳!」
「栗島に生えちゃった」
「えっ!」

思わず頭を触る。ふさふさ、だと…?

「俺耳が生えた…」
「栗島なかなか似合ってるよ」
「マジ!?俺もついにワイルド狼!?」
「いや、栗島が付けると犬に見える」
「なにそれ…」

なんでだ…倉谷が付けてたときはちゃんと狼男だったのに…
落ち込んでソファの上で体育座りをすれば、けらけらと倉谷が楽しそうな声で笑う。その態度に拗ねていれば「お手!」と手のひらを見せてくる。うるせぇ!

「やだ」
「クッキーもう一個あるよ」
「ワンッ!」

思わず倉谷の手のひらに手を乗せてしまった。もれなく鳴き声付き。しまった。倉谷からクッキーを奪い取ってカチューシャ型になっている耳をぎゃははと笑う倉谷に投げつけていれば、

「おい、出来たから準備しろ」

碓氷が大皿を持ってテーブルに置いた。その後ろでは大友君も小皿やらスプーンやらを人数分抱えていた。

「わぁ、美味しそう!」
「残すなよ」
「碓氷!いただきます!」
「いただきます」
「いっただき〜」

さっき見たかぼちゃのスープやかぼちゃと鳥挽き肉のそぼろ煮やかぼちゃサラダ。パンもカボチャが練り込んである。

「ん!?うま!!」
「このスープ美味しいー」
「すごいな、パンも焼いたのか?」
「まぁ、時間あったしな」 

味はもちろん星、三つです!うまい、うますぎる。さすが碓氷。料理の達人。こんなに料理できる男子高校生は、碓氷くらいだと思います。

その後も美味しいご飯をみんなで話しながら食べたところで、碓氷がかぼちゃのタルトを持ってきた。

「うわぁ!」
「俺からだ。お菓子やるから悪戯はすんなよ、倉谷と栗島」

そう言いながら一人ずつにお皿を渡す碓氷。なんで俺と倉谷にしか言わないんだ!なんて野暮なこと言わねぇぜ?大友君が悪戯なんてするはずない。

甘さ控えめのかぼちゃのタルトはしっとりしていてめちゃくちゃ美味しい。かぼちゃ料理でお腹いっぱいだったが別腹だ。ぱくぱくといけちゃう。



「俺今日泊まるー」

美味しいタルトも食べ終わってソファで寛いでいると、倉谷がお皿を洗い終わって戻ってきた声をかけた。

「はぁ?寝るとこねーだろ」
「雑魚寝でいーよん」
「ざこね!」

倉谷の言葉に反応したのは俺である。

「おい栗島、なんでお前が目ぇ輝かせてんだよ」
「俺、友達とみんなで雑魚寝するのが夢だったんだ」

夢ちっちゃ、と倉谷が言う。だけどそれ、まだ叶えられてないんだ。ちょっと切なくなっていると、倉谷が俺の肩に腕を回して体重をかけてくる。重い。

「ね?栗島も言ってるし良いでしょ?それに明日も休みだぜー」
「別に良いけどよ、俺は自分のベッドで寝るぜ」
「「させるか!」」

俺に体重をかけていた倉谷と共に碓氷に飛びかかる。向こう側のソファで大友君のソファに座っていた碓氷は、俺達二人分の体重は支えきれないのか、呻き声をあげている。

「退け!おい!」
「良いでしょ?」
「雑魚寝でしょ!碓氷!」
「分かったから退けろ!おい栗島、シャツ引っ張んな!」
「やったね!」

了承を得たので、ふぅ、と立ち上がる。
シャツを直しながら眉を寄せる碓氷に笑っていると、大友君と目が合った。

「大友君も、一緒に雑魚寝しようね」 

ね。と首を傾げれば、彼は目を丸くして「俺もいいのか?」と尋ねてくるので頷けば、嬉しそうに笑ってくれた。




そして本当に雑魚寝をする事になった俺達は、散々騒いだあと、疲れて床にくたばっていた。寝ぼけて俺の身体に乗っけてくる倉谷の足に呻きつつ、「英和辞典…」と寝言を呟いた大友君の寝言に首を傾げる。上にある赤い髪を弄ってみると、手を掴まれて「寝ろ」と逆に頭を撫でられた。

「おやすみ、碓氷」
「ああ、おやすみ」

みんな側にいる事実に安心しながら、俺も固いフローリングの上で夢を見ることにした。

こんな日が、いつまでも続けばいいなと、誰にでもなく願いながら。


-fin.-


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