俺にキスしろ | ナノ
4


やけに楽しそうな声に顔を上げると、さっきまで中江君が座っていたのに所に違う人が座っていた。

ワックスで少し毛先を遊ばせた茶髪と、楽しそうに弧を描く目と唇。派手な服装が似合う顔は整っていて女子受けが良さそう。だけど、古谷君の方が何十倍も綺麗だ。

ああ、そうだこの人…

「古谷君の…」
「そー。古谷クンの、オトモダチ」

いえーい、とピースをする目の前の男…本間君。
よく古谷君と一緒にいる、軽そうな男。いや、軽そうな、じゃなくて軽いんだ。いつもにこにこしていて愛想はいいが、如何せん下半身が緩い。セフレの数だけで言えば古谷君よりも多いんじゃないだろうか。それに加えて本間君の野次馬精神は只者じゃない。修羅場などには嬉々として自分から足を運び、果ては自分で修羅場をセッテング。人が喧嘩したりしてるのを見て笑うんだ。
なんて最悪な男だ。

「俺に何か用?」

そう尋ねてから、思わず顔を顰めた。
目線の先の、楽しそうな顔。
何か用だって?愚問だった。
きっと揶揄いにきたんだ。

さっきの中江君との会話を聞いていたんだろう。

嫌な予感しかしない。早くこの場を去らなくては。
慌てて残り少ないご飯をかき込む俺に笑った本間君は、両手で頬杖をつくと、嫌悪感丸出しの俺に構う事なく話しかけてくる。

「さっきの、中江君だっけ?女の子みたいだよね」
「…」
「あ、でも俺は前田君の顔の方が好みだよ?」
「…」
「あーあ、メッタメタに言われちゃって」
「…」

楽しそうな本間君を放って最後の一口を口に入れて、ろくに噛まずに水で流し込んだ。早く本間君から離れたい。ずっと側にいればこいつ、何を言い出すか分からない。面倒事はごめんだ。

「じゃあ俺はこれで」
「まぁ、待ってよ、前田君」

立ち上がろうとしたら、お盆に添えていた手を掴まれた。驚いてその手を振り払う前に、本間君が囁いた言葉に動けなくなる。


「君、さっき思っただろ?『特別なのは、中江君じゃないか』って」
「な、に、言って」

図星を突かれて顔がカッと熱くなる。これじゃあ肯定してるのと同じだ。その証拠に本間君が笑みを更に深くした。
俺が動けないのをいいことに、立ち上がって距離を詰めてくる。

「残念ながら、その考えは間違ってるんだ」
「…なんだって?」
「古谷にキスされてる人が特別なのだとしたら…」

真横に立った本間君を軽く見上げる形になる。
流石にこの距離に違和感を感じたのか、ちらほら視線を感じて居心地が悪い。すぐ側にある肩を押そうと触れたとき、本間君の口が俺の耳に近付いた。


「前田君以外、みぃ〜んな、トクベツだよ」


身体中の血が沸騰してるのに、体温は下がっていくような感覚。
言葉の意味を半分も理解する前に、じわりと目尻に涙が浮かんだ。

さっと離れた本間君は、指で俺の目尻に浮かんだ涙を払うと、にっこり笑って俺のお盆を指差した。

「これ片付けて、俺について来て」



***



「こんなとこ、入ってもいいの」
「バレなきゃ大丈夫だよ」

ここに座って、と本間君が指差した二人掛けのソファーに腰を下ろして周りをキョロキョロと眺めた。

所謂ものおきと化した空き教室。物が積み上がっているから"空き"ではないけど。

あまり居心地のいい部屋ではない。それにこれから本間君が話す事だって俺にとっちゃ胸クソ悪い話だ。無駄にソワソワしてるとクスクス笑う本間君が隣に腰掛けた。

「そんなに緊張しなくてもいいのに」
「…うるさいな、で、話は?」

早くしろ、と急かす俺に、本間君は茶髪を揺らしておかしそうに笑いだす。何がそんなにおかしいのかと眉を寄せると、わざとらしく咳払いをした彼がごめんごめんと謝ってくる。

「ふふ、ごめんねー、特に話すことはないんだけどー」
「…は?」

意味がわからない。
じゃあなんで俺をこんな人気のない場所に連れてきたんだ。
訝しげに睨む俺に、ニィ、と目と唇を三日月にした本間君は、ムッとした俺の唇にトン、と人差し指を置いた。


「前田君さ、欲求不満でしょ」




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