俺にキスしろ | ナノ
6


「…あ、やば」

カーテンの隙間から差す光に目を細めながら、スマホで時間を確認してため息を吐いた。記憶には無いがいつの間にかアラームを消していたらしい。今日は二限からだけど、急がないと間に合わないかもしれない。

起き抜けで怠い体をのろのろと動かし、顔を洗って髪を整えてから、床で寝っころがる友人を蹴って起こす。

「んー…」
「おい、俺もう行くから起きろ」
「…はっ!?今何時!?」
「…10時過ぎ」
「うっわ遅刻した!!」

どうやら一限目からだったらしい友人がドタドタと音を立てて立ち上がると勝手に人の洗面所で顔を洗い出す。

「今日古谷君に会うんだ?」
「…は?」

朝食は食べてる暇はないと判断して、スエットから着替えていると、洗面所から戻ってきた友人が顔をタオルで拭きながら声をかけてきた。
古谷君という響きに一瞬動きを止めて、しかし動揺を悟られないためにすぐに履きかけていたズボンに脚を通した。

「あれ?図星?」
「おい、やめろよ、そんな根拠もない」
「いや、根拠っていうか」

そんなお洒落な服普段着ないじゃん、と指差してくる友人に肩がびくりと跳ねそうになる。週1回くらいしか会わないのに俺の普段着まで把握してるなんて気持ち悪い奴だ、と眉を寄せながら友人の横を通り過ぎようとしたとき、ぐいっと腕を掴まれた。

「そろそろやめとけよ、前田」

いつになく真剣な声音に、力が加わった腕を掴んでくる手。
思わずはっと息を飲む。

だが俺はそれを悟られぬように友人の手を振り払って、「鍵閉めたらポストの中入れとけ」とスペアキーを乱暴に投げつけて逃げるように家を出た。



***



その変化はとても小さいものだったが、俺の中で何かが確実にズレてきていた。それが何なのかは俺自身分からない。
最近はあれこれと比べたがりな世界の癖に、それを批判する声は多すぎる。周りは周り、自分は自分?みんな違ってみんな良いだって?
自分らしさに誇りを持ってたって、何にもならないだろう。
俺は臆病者な上に、他との違いにひどく敏感だった。俺だけがマイナスにある場合、そのことが怖くて怖くて仕方ない。訳が分からなくて子供のように泣きたくなる。

もう、限界だったのかもしれない。


「ちょっと」

数人の友達と談笑しながら歩いているそいつに話しかけると、一瞬目を丸くしたあと、すぐに楽しそうに笑った。

「どうしたの?古谷なら林田キョージュに呼ばれてていないよ?」

本間君の言葉に、思わず感心してしまう。流石古谷君だ。あの気難しい林田教授にまで好かれているなんて。
そこまで考えて、自分の目的を思い出して慌てて首を横に振った。

「違う…その」
「なぁーに?」

口籠る俺を意味深に細めて見下ろす本間君が、俺の髪を一房とって弄りだした。その煩わしい手を振り払って、俺は本間君を見上げた。

「本間君に話がある」

そう言うと、本間君は「いいよ」楽しそうに頷いてから友達に先に行くように伝えて見送ると、鼻歌を歌いながら俺の手を引いた。

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