暇なら廻れ | ナノ
21


「あー!やべぇ床に墨ついた!」
「だから新聞紙敷けって言ったろ!」

「なぁ机って何個運べばいいんだ?」
「プリント見ろー」

「お、この看板いい感じじゃね?なぁ?」
「バーカお前それじゃあ『甘味延』だろ!やり直せ!」

わいわいがやがや

葉間松祭前日なだけあって、みんないろんな意味でテンション上がってる。

一日中授業カットで学祭準備だから、朝から机もぐちゃぐちゃに寄せられて、空いたスペースで内装外装の飾りを作ったりしてて酷い散らかりよう。
それに、熱気が凄くて、窓を全開にしてないとやってられない。

大友くんは学級委員長なので忙しそうにあちこち行ったり来たりしてる。

そんな中で俺は倉谷とパタパタとその辺に落ちてた雑紙で自分を仰ぎながら、渡された段ボールに絵の具で色を塗っていた。

ふと視線を感じて隣の倉谷の方を向くと、訝しげな顔をして俺を見ていた。

「倉谷…?」
「何回同じとこ塗んの?それもういいでしょ」
「えっ…?…あ、ああ、ほんとだ、いつの間に…」

指摘されて慌てて自分の手元を見ると、もう塗る箇所の残っていない程色付けされた段ボール。よく見るとずっと同じとこを塗っていたらしく、一箇所だけ色が濃くなっていた。

乾かすために窓際に立てかけて、残っている段ボールを掴んで倉谷の元に戻る。

新聞紙の上に段ボールを置いて座り込み、筆を握る。

「那乃、」

「おーい栗島と倉谷!」


なに、と倉谷に返そうとしたところで、ドアの方で自分達を呼ぶ声がする。
二人してその声がする方を振り向くと、クラスメートが手招きしていた。

「浴衣の試着するから、次お前ら二人家庭科室来いって!」

その言葉に「わかったー」と返事をしつつ、立ち上がって廊下に出る。

後ろをついてくる倉谷に、「そういえばさっきなんか言おうとした?」と聞くと、「別に」と返ってくる。なんだよ、気になるじゃん。



特に何か話すわけでもなく、廊下を歩いていると、家庭科室のところで橋内が俺たちに手を振っていた。

「やっと来たな、ほら、さっさと着替えろー」
「あ、押すなって山内」
「橋内だよ!」

ぐいぐいと家庭科室に押し込められると、浴衣を投げつけられた。
借り物なんだからもっと丁寧に扱えよ。
ああ、よく見たら綺麗な浴衣じゃないか。カッコイイ。

じい、と手元の浴衣の浴衣を見つめていると、頭を叩かれた。こいつ橋内め、毎度頭をぽかぽかやりやがって、俺は木魚になった覚えはないわ!

「はやく着替えろって」
「はーい」

横では倉谷がすでにワイシャツとスラックスを脱いで浴衣に腕を通していた。

俺もそれを見習ってワイシャツのボタンを開ける。
全開になって、ワイシャツから腕を抜こうとしていると、前方から唾を飲む音が聞こえて顔を上げる。

「え、なに橋内」
「橋内だよ!…って、ええっ!?間違えねぇのかよ!」
「橋内、俺は今忙しーから橋内に構ってる暇ないの、橋内ごめんね橋内」
「いや、うるせぇよ…つか、栗島お前肌白くね?」
「え、そう?」

ふとシャツの前が全開になり露わになった肌を見下ろすと、視界に入るのは、筋肉のかけらもない、シックスパックなんて夢のまた夢、な腹が見えた。確かに生白い。全然男らしくない。

「ひっ」
「うわ、すべっすべ」

何てことだと落ち込んでいると、橋内の手が腹を撫でた。

「ちょ、やめてよくすぐったい」
「いやぁ、触り心地やべぇな…つか、胸も…」

腹を撫で回していた手がさらに上へ上がろうとした時、退くよりも先に横から伸びてきた手が橋内の手を叩き落とす。

「いってー!」
「調子乗んなよ幕の内」
「いや、俺橋内だけど…そんな怒んなよー、ふざけただけだろ?第一、男同士だし」

なぁ?と同意を求めてくる橋内に、曖昧に頷くと、横から舌打ちが聞こえた。

「…倉谷?」
「…橋内、そういえば大友が橋内探してたよ」
「え、マジ?経費のことかな?早く言えよ!」

「ちょっと行ってくるから着替えてろよー!」と言った橋内は、駆け足で家庭科室を後にした。

その背中を見送ったあと、横を向いて首をかしげる。

「大友くん探してたって…」
「嘘だよ、あんなの」

不機嫌そうに呟いた倉谷が帯を締めながらそう言う。
なんで嘘なんてついたんだと不思議に思ったがそれ以上なにも言わないので俺も黙って着替える。

「あ…」

そして浴衣を羽織ったところで、気がつく。

「倉谷…」
「なんすかー?」
「着方わかんない…」

眉を下げながらそう言うと、呆れたような目がこちらを向く。
いや、だってしょうがないじゃん。浴衣なんて一人じゃ着られない。着る時は毎回ゆーちゃんにやってもらってたし。

「着させてください…」
「しゃーないなぁ、那乃がアホでチビで何にもできなくて可哀想だから手伝ってあげなきゃなぁー」

お願いすると、既に浴衣を着終わった倉谷の腕が俺の着ている浴衣の襟に伸びてくる。この際余計な悪口は無視だ。

きゅ、と整えられ、帯をつけるために倉谷の腕が体に回る。

顔にオレンジの髪の毛が当たってくすぐったい。
近くにある首筋から、微かに倉谷の使っている香水の匂いがした。

「はは、倉谷が浴衣の着方分かるなんて意外」

そう笑いながらされるがままになっていると、一度体を離した倉谷がすぅー、と俺の目尻をなぞった。

「倉谷、どうし、っ」

どうしたの、と言い終わる前に抱き締められる。
いきなりどうしたのかと驚き、身を捩ると、さらに拘束は強くなる。

「くら、たに…?」
「そんな、無理して笑うなよ」
「え…?」

耳のすぐ側で倉谷が話すから、吐息が耳を掠める。

「なに、言ってんの、別に無理なんて…」
「鏡見ろよ」

隈凄いし、笑顔引き攣ってる。

その言葉に目を見開く。何か言い返そうとしても、上手く声が出ない。

あれだけ泣いたから、もう泣かないって
みんなに心配かけないって決めてたのに。

いつも通りに生活できてるつもりだった。
だけど、ふとした時に、西澤先輩の顔が浮かんでくると、笑ってるはずなのに、苦しくなって、勝手に眉毛が下がってくる。

西澤先輩は俺のことをなに一つ覚えてないのに、俺は勝手に一人で悲しくなってるって思ったら、酷く虚しくなった。

上手く笑えないけど、笑うしかないって、強引に口角上げてたのに。


「うっ…ひぐっ…っ…」

回された腕が俺の頭を撫でてきて、思わず嗚咽が漏れる。

「泣けよ」
「うぅっ…な、で…っ…」

おかしい。あの倉谷が、こんなに優しいなんて。
今は、笑ってたいんだ。なのに、そんなに優しくされたら。

「那乃の癖に、無理すんなよ。なんで一人で抱え込むわけ…」

俺がいるじゃん



堰を切ったように泣き出した俺を倉谷は一切茶化さなかった。





「おい大友別に俺のこと探してなかったぞー…ってえぇっ!?」
「チッ」

暫くそうして泣いていると、橋内が帰ってきた。
慌てて倉谷から離れると、頭上でまた舌打ちが聞こえる。

「えっ、なんで栗島泣いてんの!?」
「橋内がさっき触ったのが気色悪すぎたって」
「はぁ!?マジかよ!悪かったって!」

ちがう、という言葉は咄嗟に押さえられた倉谷の手のひらの中で消えた。


「つか倉谷の浴衣ビショビショじゃねーか!」






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