暇なら廻れ | ナノ
14


「もしもしゆーちゃん?」
『那乃、今大丈夫か?』

お風呂上がりでほかほかさっぱりした俺は、碓氷からくすねたミネラルウォーターをちびちび飲みならテレビを見ていた。ちなみに碓氷は今俺と交代してお風呂に入ってる。

ぼんやりとテレビを見ていると、突然ゆーちゃんから電話がかかってきた。

「今はねー、ドラマ見てたよ。ゆーちゃんも見てる?」
『いや、見てない。面白いか?』
「んー、びみょー?」

ソファに深く沈みながら答えれば、電話の向こうから笑い声が聞こえた。

ゆーちゃんから電話がかかってくるなんて珍しい。普段は大体メールでのやり取りだし、ゆーちゃんは忙しいから頻繁にはできない。
だから何かあったのかな、なんて思っていると、ゆーちゃんが少し間を置いてから言った。

『那乃…今から俺の部屋に来て欲しい』

電話越しでも耳触りのいい声と、浴室からの水音が混ざった。



***



「…よかった、誰もいない」

役員専用フロアに辿りついて、周りをキョロキョロと見渡す。この前のことがあって、少し過敏になってるな、って思ったけど、ここは役員専用フロアなのだから当たり前だ。むしろ堂々とここにいた前の自分の方がおかしい。

そわそわしながらゆーちゃんの部屋のドアの近くまできて、その隣にあるドアの「副会長」という字を見て、心臓が跳ねた。そうだ、俺はこの前西澤先輩に…

「ひぅっ」

俺に触れたあの白くて長い指先を思い出して、顔に熱が集まった。ドアを見ただけでこんな風になるなんて、これじゃ俺は変態じゃないか。
気を取り直すように咳払いをして、ゆーちゃんの部屋のインターホンを鳴らした。

事前に俺が来ることを知っているからか、特に誰か確認をされずにドアが開いた。
中から出てきたゆーちゃんは、Tシャツにスエット姿で、眼鏡はしていなかった。

「ゆーちゃん、おまたせ」
「いきなりで悪かったな…入って」
「はーい」

ドアを支えているゆーちゃんの横を通り過ぎて中に入った。
がちゃ、とドアにロックがかかる音を背中に聞きながら、「おじゃましまーす」と呟いて靴を脱ぐ。
のそのそと部屋まで歩いて、ゆーちゃんを振り返ろうとしたが、突然身体に長い腕が回ってきてそれはできなかった。

「ゆー、ちゃん?」

いきなりのことを目を丸くしながら、ゆーちゃんを見ようと軽く身を捩ったが、思いの外拘束が強くて身動きが取れない。
どうしたの、と俺の身体に回る腕に触れると、さらに力がこもった。
ふわりと香るゆーちゃんの匂い。お風呂上がりなのだろう、触れた腕はすこし湿っていて熱い。

「那乃…俺との約束覚えてるか?」

ゆーちゃんとの約束…と頭を巡らせかけて、すぐに思い浮かんだ言葉に肩を揺らした。

「う、ん…覚えてる」

絞り出した声は、随分と震えていた。
「そうか」と答えたゆーちゃんは、腕に込めた力はそのまま、呟くように話した。

「生徒会役員だから、俺にも親衛隊がいるんだ」

俺の相槌を待つことなく、ぽつりぽつりとゆーちゃんは続ける。

「西澤のところみたいな過激派じゃない穏やかな人達だ。みんな友達として接してもらってる。そんな彼らに、俺は頼んでることがあるんだ」
「頼んでる、こと?」
「那乃…栗島 那乃の状況把握だよ」

俺だけだと限度があるから、と続けたゆーちゃんに、俺は目を見張った。

「っ、じゃあ、ぜんぶ、」

心臓がばくばくとうるさい。

俺は西澤先輩の優しさに誘われるように何度も彼と会っていた。偶然の時も、本当に彼に誘われたこともあった。
だけど、西澤先輩は外見の通りこの学園の王子様なわけで、簡単に近付ける人じゃない。
だからきっと、馬鹿みたいにふらふらと近寄っていく俺は、周りからしてみれば目に余るものだった。

ゆーちゃんはぜんぶ知ってたんだ。
俺が西澤先輩に会ってること。
西澤先輩の親衛隊に目をつけられてること。
嫌がらせを受けてること。

生徒会役員に近付くなっていうのは、親衛隊による嫌がらせを防ぐための、ゆーちゃんが俺を守るためにした約束だった。

それなのに、俺は…

「あ、ゆーちゃん、ごめんなさい、おれ…」
「那乃、深呼吸して」

ひゅ、と喉が音を立てる。涙の膜が出来てきて視界がぼやける俺の頭をゆーちゃんが優しく撫でると、俺の身体を解放した。そして手を引いてソファまで歩くと、そこに俺を座らせた。

俺の横に座ったゆーちゃんに背中を撫でてもらいながら息を整える。数回呼吸をして落ち着いてきたところで、ゆーちゃんが俺の手を握ってきた。

ふと顔を上げてゆーちゃんと目が合い、目を丸くした。

「ゆーちゃん、どうして」

悲しい顔をしてるの。
見てるこっちが切なくなるような表情のゆーちゃんは、それを隠すように俺の首元に顔を埋めた。

「全部、分かってたんだ」
「…」
「分かってたのに、未然にできなかった」
「ゆーちゃん」

「俺が、守りたかったんだ」

は、とゆーちゃんの吐いた息が首に溶ける。どうしてもゆーちゃんの顔が見たくて、身を捩ってゆーちゃんから距離をとった。

しっかり視界に収めたゆーちゃんの瞳は仄暗い。
それを見つめながら、握られた手に力を入れた。

「ゆーちゃん、ありがとう」
「…」
「俺は、ゆーちゃん守られてばっかだ」
「そんなこと…」
「ううん。ほんとだよ」

俺が困った時、ゆーちゃんはいつだって守ってくれたんだ。

「ゆーちゃんに、迷惑かけてばっか」
「迷惑なわけあるか。俺が那乃を守りたいんだ」
「…ありがとう」

ぎゅ、と抱きつくと、それより強い力で抱きしめ返してくれる。それが心地良くて、ゆーちゃんよ胸に頭をぐりぐりと押し付けた。
本当は自立しないといけないのはわかってる。
だけど俺は、この暖かさを手放せずにいるんだ。

しばらくそうしていると、ゆーちゃんが俺の名前を呼んだ。

「もう西澤と合わない方がいい」

当たり前のことだろう。懲りずに会えば、もっと周りに迷惑をかけてしまう。

わかっているんだけど、なんだろうこのもやもやは。正体を探ってはいけないような気がして、きつく目を瞑った。

「わかった」
「俺が側にいるから」
「うん」

いい子、と俺の頭を撫でたゆーちゃん。
そうだ、俺には、ゆーちゃんがいる。

「そうだ、ジャージは俺が新しいのを用意するよ」
「え、そんな、悪いよ!」
「いや、これくらいさせてくれ。な?」
「…ほんとに、いいの?」
「ああ」

もう一度、な?と首を傾げたゆーちゃんに、すこし迷ってから、お願いします、と頭を下げた。

ーー石やぁ〜〜き芋ォ〜〜お芋っ!

「那乃、電話」
「え、あ、びっくりした」

突然電話が鳴って肩が跳ねた。画面を確認すると碓氷から。慌てて通話ボタンを押せば、何やらバタバタと騒がしい。

「う、うす」
『お前今どこにいんだよ!』
「えっ、えっ」

声を発するなり怒鳴られて、目を白黒させる。
なんでそんなに怒ってるの!?

ゆーちゃんにも碓氷の声は聞こえていたのか、苦笑いしながら「安心しさせてあげな」と俺のスマホを指差した。それにこくこくと頷いて、電話の向こうの碓氷に意識を戻した。

「えっとね、今、ゆーちゃんの部屋にいるの」
「はぁ!?…わかった、今から迎えに行くから待ってろ」
「え」

ぶつ、と通話が切れた。唖然と画面を眺めている俺に、ゆーちゃんが「迎えにくるって?」と呟いた。

「うん、今行くから待ってろって」
「そんなことしなくても俺が送っていくのに」
「えぇ、ゆーちゃんまで…」

俺別に、部屋に一人で戻れるのに…
少し過保護すぎやしないか、と首を捻っていると、繋いでいた手をクイ、と引かれた。

「那乃」
「うん?」
「俺はお前が一番大切だ」
「っ」
「それだけは、わかっててほしい」

真剣な目で見つめられて、瞬きができなくなる。
ゆっくりと頷くと、満足そうにゆーちゃんが微笑んだ。
その綺麗な笑みに見惚れていると、インターホンが鳴った。

「ほら、迎えがきたぞ」
「うん…ゆーちゃん」
「どうした?」
「ゆーちゃん大好き!」
「っああ、俺も大好きだ」

嬉しそうに目尻を細めるゆーちゃんに手を振って、玄関に向かった。


部屋を出ると、髪が濡れたままの碓氷が立っていた。きっと風呂上がって俺がいないことに気が付いて、探したのだろう。申し訳ないことをした。

「碓氷、ごめんね」
「ほら、かえるぞ」
「うん…碓氷、ありがとう」

ぺこりと頭を下げてお礼を言うと、不機嫌そうにしていた顔を少し緩めて、俺の頭を叩いてきた。

「いたっ」
「今度からは連絡しろよ。ったく、心配させやがって」
「え、碓氷、俺のこと心配してくれたの?」
「っああ、もう、いいから早く歩け」
「え?あ、ちょっと待ってよー!」



backbkmnext

廻れtopmaintop
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -