暇なら廻れ | ナノ
6*


「…ぅ、?」

気怠い熱を体中に感じて目を覚ます。

宣言通り床で転がって寝てた俺たち。
微かに痛む首を回すとポキ、と小さい音がなった。
夏だから布団がなくても風邪はひかないけど、寝違えは四季関係なく起こるものだから、きっと他の三人もどこか寝違えていると思う。

今は夜の何時だろうとスマホで時間を確認しようと体を捻ったところで、また体に違和感。

ぐだぐだと体中を回る熱。
前に一度、感じたことのあるソレ。

俺は嫌な予感がして、慌てて自分の下腹部に視線を落として、目を見張る。

「た、勃ってる…」

どうしよう。
それだけが頭の中を占める。

碓氷たちを起こしたってどうしようもない。
これは、ゆーちゃんじゃないと治せないから。


とりあえず時間を確認すると、夜中の2時。
ゆーちゃんは、きっと寝ているだろう。

朝まで待って朝になったらゆーちゃんのところに行こうと床に伏せて背中を丸める。
早く眠れるようにぎゅっと目を瞑ってみても、一向に眠気がこない。
それどころか、意識した途端熱がどんどん体を包んで呼吸が荒くなる。

こんなの朝まで耐えられるわけがない。

俺はゆーちゃんには申し訳ないと思いつつも、自分のカードキー片手に覚束ない足取りで部屋を出ると、ゆーちゃんの部屋のあるフロアまで階段を登った。

はぁ、と出る吐息が熱くて眉を寄せた。
はやく、はやくゆーちゃんに会わなくちゃ。

目的の、本当は一般生徒が簡単に出入りできるところではない役員専用フロアまでたどり着いた頃には、持て余した熱に苛まれてなんだか泣きたくなった。

涙でぼやける視界の中、少し迷ってから以前きたゆーちゃんの部屋のインターホンを鳴らす。

「那乃、く、」
「ゆーちゃん!」

がちゃりとドアが開いた瞬間玄関に入り込んでゆーちゃんに抱きつく。
はやくこの不気味な熱をどうにかしてほしい。
そういう思いをこめて腕の力を強めたときに感じた違和感に、直後俺は目を見開いた。

「那乃、くん…?」

寝起きだからか少し掠れた甘めのテノール。
戸惑いがちに俺の肩に触れる指先。

ゆーちゃんじゃ、ない。

「あ…西澤、せんぱい…」

慌てて体を離せば、少し戸惑ったような西澤先輩が俺を見て目を丸くしている。俺はどうやらゆーちゃんと西澤先輩の部屋を間違えたようだ。

「那乃くん、どうしたの?」
「あ…ごめんなさい、部屋、まちがえました…」

そう言った俺に西澤先輩は怒るでもなく、緩く乱れたミルクティーの艶髪に指を差し込んで少し考えたあと、隣に…きっとゆーちゃんの部屋がある方に目線を向けて首を傾げた。

「…錦戸に用事でもあった?」
「、はい、あの、夜中にごめんなさい…お、おやすみなさいっ」

俺は既にいっぱいいっぱいだったのに、さらに混乱することを起こしてしまって、半ば倒れこむように部屋を出ようとした。けど、

「待って!」

後ろから回ってきた長い腕が俺の体を捕らえ、ドアを開ける前に俺は西澤先輩の腕の中に収まった。

「あ、あの、せんぱい?はなしっ」
「うん、いきなりごめんね、でも那乃くん…」


体、辛いでしょ。

そんな声が背後で聞こえて俺は思い切り体をビクつかせた。
どうしてわかってしまったんだろう。

なんでもいいからこの熱を逃がしたかった俺は気付けば、あがって、と囁いた西澤先輩の言葉に従い、靴を脱がせてもらって彼の部屋の中に誘導されていた。


柔らかいソファに座らされて、髪を撫でつけられれば、荒かった呼吸が少し穏やかになる。
それに気付いた西澤先輩は、俺の頭を撫でる手はそのまま、ゆっくりと口を開いた。

「那乃くんは、どうして錦戸のとこへ行こうとしたの?」

俺はそれに閉じていた目をうっすら開いて西澤先輩を見ると、まだ治らない熱に眉を寄せながら答える。

「前、こうなったとき、ゆーちゃんが、治してくれて…」
「…治すって?」

訝しげに首を傾げる西澤先輩に、俺はあまり働かない頭で言葉を探す。

「中学の時に、俺が、その、勃ったときに、どうすればいいのか分かんなくて、ちょっと混乱してて」
「…うん」
「ゆーちゃんが、みんななることだから気にするなって言ってくれて」
「うん」
「俺は、その言葉に安心して、いつの間にか寝てたけど、その間に、ゆーちゃんがなんとかしてくれて、目が覚めたら、ちゃんと治って、たんです」

だから、またゆーちゃんに治して貰おうと思って。

最後まで言った俺に、西澤先輩は微妙な顔をしていた。
やっぱり普通じゃないのかと不安になっていると、ハッとしたように西澤先輩が俺の背中をさする。

「大丈夫、引いたとかじゃないんだ。ただ、ちょっと思ったよりも彼はやってくれているようだって、驚いただけで」
「か、れ?」
「ああ、いやなんでもないよ…けど、そうだね、困ったなぁ」
「…?」

「今の那乃くんを錦戸に渡したくない」

西澤先輩の言葉に、俺は瞳を揺らした。
その言葉や、普段より熱の孕んだ琥珀の瞳の意味が分からなかった。

俺はゆるゆると首を振る。

「でも、おれ、こんなのやだっ」
「那乃くん、」
「か、らだ熱いし、はやく、ゆーちゃんに、治してもらわなきゃ」

「俺が治してあげるから」

穏やかな響きを持った声に振っていた首の動きを止める。
いま、なんて言ったんだ。

「治す…?」
「うん、俺も、那乃くんの辛いとこ、治してあげる」

そう言って俺の頭をまた優しく撫でる西澤先輩に、俺はぐらぐらと揺らぐ気持ちになった。

西澤先輩が、治してくれる。

魔法のように聞こえるその言葉に、俺は縋りつこうとしていた。

「あ。西澤、せんぱい」
「うん」
「な、おして、ください…」
「ああ、任せて」

西澤先輩は頷くと、ぐずぐずな俺を抱き上げて、寝室まで運ぶ。
そのまま丁寧に俺をベッドの上に下ろすと、俺の髪を柔らかく梳く。その感触が気持ちが良くて目を細めると、クスリと笑い声が聞こえた。

「西澤先輩…?治すって、どうやって…」
「ちょっと、驚くかもしれない」
「驚く?」
「うん、今から…ここに触れるんだ」
「え…ひっ」

西澤先輩はそう言うと、俺の、熱をもったそこにそっと長い指で触れてみせた。

俺は咄嗟に目を見開いて、彼の長い指を掴んだ。


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