暇なら廻れ | ナノ
10
ふわふわした黒髪に、白い肌。桜色の唇はちょこんと小さく、目がパッチリしていて、俺よりも5センチは低い身長。
なんと俺の目の前には、美少女が居たのだ。二ヶ月以上前に、諦めていた、男子校のここに!!美少女が!!
確か名前は…
「フユちゃん!!」
「なんだよ!?」
声は女性にしては低めだが、そこを覆える程の可愛さがある!
「かわいい!」
「は?死ね!!」
かわいい!
口がちょっと乱暴だけど、でも、かわいい!
こんな所で会えたのも、俺の日頃の行いが良いから神様からのご褒美なんだろうな。男子校に、こんな美少女がいたなんて!誰だここを男子校っていった奴は!あ、山田さんだ!
うわ、うわ、どうしよう。そ、そうだ!とりあえず自己紹介しなくちゃ!
「フユちゃん、えっと、俺、」
「ぃっ!」
「…あ、え…?」
勢い余ってガシッと彼女のプリントを持っていない方の手を握ると、顔を顰めるフユちゃん。えっ!俺そんなに強く握った!?
慌てて手を離せば、眉を顰めたままのフユちゃん。ごめんなさい!
「ふ、フユちゃんごめんね!強く握りすぎたね!」
「いや、別に…」
顔を背けた彼女が、掴まれていた手を握りしめる。その時にもう一度眉を顰めるので、俺は首を傾げる。そして少し迷ってから、今度はさっき掴んだ方の手の、手首を軽く掴んだ。
「ちょっ離せよ!」
「ちょっと、ごめんね」
怒るフユちゃんに謝りつつ掴んだ手を引き寄せて、握られている手をゆっくりと開いた。
「あちゃー」
「っ!」
開いたフユちゃんの指には短めの赤い線が走り、そこから血が滲んでいた。
「さっきので、切れちゃったんだね」
「お前には関係ないだろ」
俺の手から逃れようと腕を引っ張るフユちゃん。あれ?ちょ、フユちゃん、力強くない!?
「ちょ、フユちゃん!待って!」
悲しい事に、俺ごと引っ張られそうになって、慌てて声をかけた。なんとか止まってくれたフユちゃんにホッとしつつ、怪訝そうなフユちゃんの手を掴んだまま慌てて自分の鞄の中を漁った。
「あ、あったあった」
取り出したのは、さっき相坂先生からもらった、あの黄色いクマのイラストが描かれた箱。それを開けて中身を取り出し、フユちゃんに向き直る。
俺が相坂先生からもらった可愛い箱の中身は、絆創膏だったのだ。こんなに貰ってすぐに使う時が来るとは。
「俺ってタイミングいいなぁ」
「やめろ、そんなのいらない」
迷惑そうに首を振るフユちゃんに、もう一度ごめんねと謝りつつ、切れてしまっている指先に、それをペタリと貼った。きちんと貼れている事を確認すると、パッと手を離した。
「よし、これで大丈夫!さっきは強く掴んじゃってごめんね!」
「別に…てか、余計なお世話だっつの」
「でも、こんなに綺麗な手だし、傷が残ったりしたら大変だ!」
そんなに深くねぇだろ、と悪態をつくフユちゃんに、強い子だなと感心した。
「はい、これ、替えね」
「いや、いらねーよ」
「貰ってよ。かわいーでしょ?」
「…」
返すのが面倒くさくなったのか、溜息を吐きながら彼はポケットに絆創膏をしまった。
「フユちゃん、早く治るといいね」
にこりと笑えば、俺と目があったフユちゃんが顰めていた眉を元に戻し、少し驚いたような顔をしていた。おっと、フユちゃんの可愛さに俺の顔がにやけていたのか?やってしまった。
「くーりーしーまぁー!」
自分の頬をむにむにと解していると、後ろから名前を呼ばれる。聞きなれた声に振り向けば、選抜リレーの練習を終えた三人がいた。既に鞄が持たれている。手を振れば、三人はこちらに近付いてきた。
「つかれたぁー」
倉谷が俺の肩に腕を乗せて体重をかけてくる。練習で疲れているのも分かるけど、重いんだよ!
「お前こんなところで何してんだよ…あ?なんで目時といるんだ?」
俺の横にきた碓氷が、フユちゃんに気が付くと不思議そうに首を傾げた。俺はそれに目を見開き、体重をかけてくる倉谷をぺいっ!と剥がした。
「う、碓氷、フユちゃんと知り合いなの!?」
「…あぁ、同じクラスだけど」
「ぬぁにぃいい!?!?」
碓氷と!?フユちゃんが同じクラス!?
「なんで教えてくれなかったんだ!」
「は?」
「クラスに、こんなに可愛い女の子がいるなんて!碓氷ずるい!」
「いや、お前…」
「ふざけんな!」
碓氷に詰め寄れば呆れたような顔をして何か言おうとする。だがそんな碓氷の言葉を、フユちゃんの怒ったような低い声が被せた。え、今の声俺より低くない??驚いてフユちゃんを見れば、物凄く怒った表情をしていた。え、怖いっ!!
思わず後ろの倉谷に引っ付いた。すると勘違いした倉谷が俺に体重をかけてくる。違うわ!俺を隠せ!
あわあわしていると、フユちゃんが俺に近付いてきた。ちょっと、怖いよフユちゃん!
「おい…」
「はひっ!」
「俺は、男だから」
…ん?…おとこ?おとこって、男…おと、
「んぇええええええええ!?!?」
ふ、フユちゃんがっ、男の子!?!?
「う、うそ…こんなに可愛いのに」
「えー可愛くなーい」
「お前は黙ってろ!」
目の可笑しい倉谷のおデコを叩くとお尻を叩かれた。痛いからやめてほしい。
「…あ…え、えと…ご、ごめんよフユちゃん」
「別に、もういいよ」
流石に女の子に間違われるのは嫌だよなと真剣に謝れば、意外と直ぐに許してくれた。フユちゃん…優しい!
「フユちゃん!ありがとう!」
「は?なんでお礼言うのか分からないんだけど」
「フユちゃんは優しいんだね!」
「…目時 冬樹」
「…?」
「その呼ばれ方好きじゃないから普通に呼べよ」
「わ、分かった。俺は栗島 那乃。よろしくね、冬樹くん」
「「はぁ!?」」
耳の側で驚いた声が聞こえて、思わず顔を顰めた。すぐ横に顔を向ければ、超ドアップの怒った様子の倉谷の顔。え、ちょっと近い気がする。
ていうか声二人分だったよな。倉谷から顔をそらして碓氷を見れば、彼も不機嫌そうな顔をしている。なんだ?
首を傾げると、顔を倉谷の方に向けられた。おいお前、俺の首が折れたらどうするの。
「なんで会ったばっかで名前呼び!?」
珍しく目を見開く倉谷に俺は目を白黒させた。なんだよそんなことか。
「だってフユちゃんって呼んでたし、冬樹くんの方が馴染みやすいっていうか…」
「はぁ?」
「…え?てか、なんでそんなに倉谷が怒ってるの?」
「なんでこのチビが名前で、俺は苗字なの!?」
「…え」
「誰がチビだよ!」
倉谷の言葉にポカンとする俺。
倉谷の言葉に怒りだす、冬樹くん。
さっき倉谷と同じ表情をしていた碓氷を見れば、何か言いにくそうに口をモゴモゴしている。どうしたんだ、碓氷よ。
助けを求めるべく碓氷の隣にいる大友君に目で縋りつけば、苦笑いを返される。え、俺が悪いの??
「え、いや、倉谷達はもう苗字で慣れてるし」
倉谷は、倉谷だし、碓氷は、碓氷。大友君は、大友君、だろう。
なんとなく困っていれば、不機嫌そうな倉谷と目が合う。
「那乃!」
「え、なに」
「コールミー、総次郎」
「…てか、最初に名前呼び嫌がったの倉谷じゃん」
「もう良いから呼んでよ!」
「えー、なんか、やだ」
今更感があってちょっと恥ずかしいし。
「那乃酷い!」
「え、その呼び方確定?」
「ハッ!残念だったな、ソウジロウ?」
「お前が呼ぶなよオカマチビ!」
「おかっ…この野郎!」
冬樹くんが掴みかかろうとして、それを倉谷が避ける。その隙に俺は倉谷の腕から抜け出して、碓氷と大友君の所へと逃げた。
「全く、倉谷ったら意味分かんない!」
「つかあいつお前の事名前で呼ぶつもりかよ?」
「いや、今だけのノリじゃない?俺はどんな呼ばれ方でも良いんだけど…」
ただ、慣れてきたものを変える必要も無いなと思うだけで。あと、やっぱり恥ずかしくない?改めるみたいで。
「どっちでも良いのかよ」
「え、うん」
「那乃」
「…え、はい?」
碓氷までいきなり名前で呼んでくるから、思わず目を丸くする。ぱちぱちと瞬きをして碓氷を見上げていれば「どっちでも、良いんだろ?」と首を傾げられる。まぁ、確かにどっちでもいいって言ったけど、でもなんかやっぱり気恥ずかしいっていうか…
「これは俺も乗った方がいいのだろうか…な、なな…な、の」
「お、大友君まで…」
ちょっとナが多い気がするけど、大友君までもが俺を名前で呼んでくる。いや、みんなしてなんだよいきなり。俺のツルンな脳内はプチパニックだよ。
「つかあの腹黒も名前だしな…」
「え、なに?」
「…いや、何でもない」
碓氷がポツリと何か呟いたが、小さくて聞き取れなかった。聞き返しても答えてくれたかったので、大した事でもないか、と未だに喧嘩してる二人の方を見た。
「倉谷!」
「…」
「く、ら、た、に!」
「…」
「そ、総次郎…」
「なぁに?」
うわ何コレうざっ!
「帰ろう倉谷」
「え、なんで戻すの!?」
「もういいじゃん!倉谷しつこい!」
名前呼びを拒んだ頃の倉谷はどこに行ったんだ!
ペシッと倉谷の硬い腹を叩いてから、碓氷と大友君にも帰ろうと伝えると、そうだな、と鞄を持ち直していた。
振り返ると、冬樹くんがこちらを眺めていた。そんな彼に笑って手を振る。
「冬樹くん!またね!」
「…じゃあな」
そっぽを向いて軽く上げて去っていった彼はツンデレで間違いない。ふふ、と笑えば、倉谷に腕を引っ張られた。そんなに慌てなくても寮は逃げないぞ。
「今日の飯何にすっかな」
「実家から素麺が届いたから、よかったら今日はみんなで素麺にしないか」
「今日暑いから丁度いいな」
帰り道、オカンと大友君がそんな話をしているのを、倉谷の横を歩きながら聞いていた。
「よし!流すぞ、倉谷!」
「…まぁ、それもそれでいっかぁ……」
「うん?」
「いや?よし!竹を切りに行くぞぉー」
「おー!!」
「お前らどこまで追求する気だよ!流さねーよ!」
「…小型流し素麺機なら、一緒に送られてきたぞ」
「やったー!」
「…お前の親も凄いな」
お腹空いたなぁ。
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