暇なら廻れ | ナノ
3


「体育祭関連の書類を届け、に…」

静かにドアを開け、持っていた書類に目を落としながら部屋に入ってきた人物は、部屋の中にいる俺たち…というか俺を見て開けた口から音を発するのを止めて、代わりに黒い瞳を僅かに丸くした。

「那乃…?」
「ゆーちゃん!」

こんなとこでゆーちゃんに会えるとは!
帰ろうとドアの方に向かっていた俺は、そのままゆーちゃんの元へと駆け寄る。勢いが良すぎて突っ込む形になったけど、ゆーちゃんが俺の体を支えてくれたので倒れこむことはなかった。その体勢のまま見上げれば、困ったような呆れたような顔で俺を見下ろすゆーちゃんと目が合った。

「那乃、またなんかやらかしたのか」
「校長室のガラスを割ったんです!」
「あっ副ちゃん!」

なんで言っちゃうんだ、と副ちゃんを睨むと、フン、と鼻を鳴らされた。おのれ副ちゃんめ、貴様の部屋のガラスも割ってやろうか!
がるるるとキバを剥く俺の頭をポンポンと撫でた手にハッとして、恐る恐る上を向く。
少し責めるように目を細めるゆーちゃんに慌てる。

「あ、あのね、ゆーちゃん」
「那乃、ちゃんと周りを見てから行動したか?」
「あ、ゆーちゃん、ごめんなさ」
「謝る相手が違うだろ?」

咎めるような口ぶりは、いつもの優しい声よりもかたい。それが呆れているのを顕著にしていて、目の前が白くなっていくのを感じる。前にも確か、こんな事があった。俺たちがまだ小学校低学年の時、ゆーちゃんが大切にしていた本を破いてしまい、喧嘩をした事があった。昔からゆーちゃんは優しいから叩いたりとかはしてこなかったけど、傷付いたような顔をして『どっかいって』と言われた。俺は確か、泣き叫んで、泣き過ぎて過呼吸起こしてぶっ倒れた気がする。目が覚めた時、ゆーちゃんは既にいつも通り俺の頭を撫でて、那乃、と名前を呼んでくれていた。だけど、やっぱり突き放されるのは怖い。
当時の事を思い出して思わず爪を噛むと、上から息を飲む音が聞こえたような気がした。

「ゆーちゃん、おれ、ごめんなさい。怒んないで。ゆーちゃん…」
「っ那乃、わかった。ちゃんと校長先生には謝ったのか?」
「うん」
「そっか。悪かった」
「ゆーちゃん、怒ってない?」
「ああ」

嫌いにならない?そう続けようとしたところで、大きな手に頬を包まれて我に返った。ゆーちゃんの表情は優しくて、俺を真っ直ぐ見つめる瞳は俺と同じように黒くて、それに自分が映る。その中の俺が口元に手を寄せているのに気が付き、慌てて手を下ろした。そんな俺の頭を撫でると、ゆーちゃんは一度俺から体を離そうとする。思わず離れていくシャツに手を伸ばそうとして、逆にその手を軽く握られた。大丈夫、と言われている気がして、大人しく手を離すと、ゆーちゃんはそのまま俺の横を通り過ぎた。そして近くにあった机書類を置くと、副ちゃんと風紀委員長に声をかける。

そこで初めて、ゆーちゃんと俺以外の人が黙っていたのに気が付いた。

思わずさっき噛んだ親指の爪に目をやった。少し形が歪になっている。ここんとこずっとやっていなかったのに。こんなに人がいるところで、恥ずかしいものを見せてしまった、と少し冷静になって頭を振った。

「渡辺、書類はここに置いておく」
「え、あ、はい、分かりました」
「坂上、那乃…栗島の処分はもう済んだか?」
「…ああ、渡辺が説教し終って、もう帰そうとしてたところだしな」
「じゃあ今連れて行っても問題ないだろう」
「俺はいーけどよ、そこの赤髪とオレンジ頭にも許可とった方がいいんじゃねーの?」

なァ?と風紀委員長は首を傾げる。その視線の先をたどれば、何か難しい顔をした碓氷と、珍しく不満げな顔をした倉谷と目が合った。

「え?」

思わず声を漏らせば、その二人にゆーちゃんが近付く。

「君たちは先に帰っててくれないか?」
「俺は栗島も連れて帰るために呼ばれたんすけど」
「じゃあ、君は、どうにかできるの?」

今のを見ただろ。そうゆーちゃんが言うと、碓氷切れ長の目をカッと開いた。その横にいた倉谷は、声を発さない。俺にはゆーちゃんの言葉の意味が、分かるようでよく分からなかった。

「ねぇ、」
「那乃、行こう」

珍しさに思わず声をかけようとすると、俺の方を振り返ったゆーちゃんに手を握られ、そのままドアの方へと歩き出した。急いで振り返り、「先にご飯食べてて」と声をかけて、そのままゆーちゃんと風紀委員室を出た。
去り際に見た悔しそうな表情は、誰のものだったか、確認するまでの余裕はなかった。




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