暇なら廻れ | ナノ
8



「……あ…」


いつもよりもスッキリ開いた目。パチパチと瞬きをしてみる。おお、スムーズだ。それに、目覚ましの音が聞こえない。凄い。目覚まし無しで起きられた。
因みにどれくらい早く起きられたんだろう、と時計を見るためにもぞもぞと布団の中から腕を出してサイドテーブルから時計を取る。見てみると、5と6の間を指す針と、8と9の間を指す針が、チクタクと忙しなく動く秒針よりもゆったりと動いている。なるほど、5時43分か。めっちゃ早起きじゃん。もっかい寝よ。


「エイト!?!?」


馬鹿か俺。5時43分じゃない。8時26分だ。通りで目覚めが良いはずだ。慌ててベッドから飛び起きる。


「うぶっ…!」


そのまま転げ落ちて、打った肘と頬をさすりながら部屋を出る。
気持ちの良い朝日が今は、ただの焦りの材料でしかない。


「えっと、まず、顔、顔洗わなきゃ」


洗面所に行く前に、共有スペースに置いてあるテーブルの周りを意味も無く三回回る。急がば回れだ。

 
「何やってんだ栗島」



あと一回で五回だ!と心の中で叫びながらもう一回りしようとしたとき、声を掛けられてぴたりと動きを止めた。ぐるぐると視界が揺らいでその場に座り込む。
声を掛けられた方にゆっくり視線を向けると、気味の悪い物を見るような目をした碓氷がワイシャツに腕を通しながら此方を見て唖然としていた。


「急いでんだよ俺」
「どこがだよ。活き活きとした表情でテーブルの周り走ってたじゃねぇか」
「急がば回れ、だ。碓氷氏」
「…」


俺が何故テーブルの周りを回っていたか分かったらしい。しかし黙り込んだ碓氷氏。このままじゃ初日から遅刻決定な俺は、そんな彼に構っている暇はない。もう十分回ったから、そろそろ支度をしよう。


「ああ…朝ご飯は諦めよ…」


しくしくと泣き真似をしながら立ち上がり、洗面所へと向かった。洗面所の扉を開けるとき、はぁ、と溜め息が聞こえた。
え、碓氷どうしたの、と気になったけど、ちょっと待って。話なら学校までの道で聞くから、ちょっと待って。


とりあえず、寝起きの顔を冷たい水で覚まして、タオルを顔に押し当てる。ああ、凄いスッキリした。
ついでにトイレを済ませて共有スペースに戻ると、なんだかいい匂いがした。
何の匂いだろう?と部屋を見渡すと、キッチンに立つ碓氷氏。およよ?
そのまま彼の横に立つと、俺に気付いた彼は片眉を上げてテーブルの方を目で指す。


「ほら、早く座れ」
「う、うん」


促されるままテーブルの近くに腰を下ろすと、「遅刻しないように早く食べろ」と皿が目の前に置かれた。艶やかな目玉焼きとベーコンの乗ったトースト。とってもいい匂い。碓氷が俺のために作ってくれたのか。


「碓氷、これ」
「早く食わねぇと遅刻すんぞ」
「た、たべる」
「そうしろ」


いただきます、と手を合わせてからトーストを手に取る。焼いたばかりでほかほかと温かい。歯を立てるとトーストがさくりと音を立てて、口の中には目玉焼きとベーコンの風味が広がった。


「ふ、ふふい!ふまい!ふまい!」
「口に入れながら喋んじゃねーよ」


怒られて、もそもそと咀嚼をしてごくりと飲み下す。


「碓氷!うまい!」
「そうか」
「碓氷!」
「あ?」
「ありがとう!」
  

何も言わない碓氷を気にすることなく、またもそもそと食べ始めた。うん、うまい。

笑顔で食べながら、ちらりと碓氷の方を見ると、ぶっきらぼうな顔の癖に、一瞬だけ優しく目を細めていて驚いた。まぁ、すぐ元の表情に戻っていたけど。



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