暇なら廻れ | ナノ
37(完)
葉間松祭も無事終わり、振替休日を過ぎて通常授業に戻った今日。
先日までの学祭特有の賑やかさはやっぱり無くて、少しだけ寂しい感じがする。
2時間目が終わって、大友くんが席を立つ。
「どーしたの?」
「ああ、ちょっと数学の添削を出しに行ってくる」
「うわぁ、すごいなぁ」
「じゃあ行ってくる」
「はーい」
手を振って見送る。
偉いなぁ、大友くんは。
脱力するように机の上に伏せると、すぐに頭を叩かれた。
「痛っ!なにすんだばか!」
「寝るなよ」
「授業中寝てる倉谷には言われたくない!」
頬っぺに痕つけやがって!教えてやんないもんね!
寝ぼけたような顔した倉谷を睨みつけていたところで、ふと思い出す。
「ねぇ、そういえばさ」
「なんだよ、昼飯奢ってくれるって?」
「言ってないけどね!」
「あー、じゃあなんだよ」
「いきなり興味なくすのやめてよ…」
まったく倉谷ってば反抗期なんだから。
「あのさ、倉谷ミスターコンに出てたじゃん」
「まぁ?倉谷総次郎、3位に輝きましたが、それがなにか?」
「やっぱそう考えると倉谷すごいよね!」
「ありがとう」
「まぁ、そこはどうでも良くてさ」
「ハァ?」
「あのとき倉谷さ、ま、まこと先輩になんていったの?」
まだ名前で呼ぶのは慣れなくて照れながらそう言えば、倉谷が眉を上げた。
「はあ!?マコトセンパイ!?いつから名前呼びなんだよ!」
「え?いや、これは、その…」
「生意気に照れやがって」
むぎゅうっと頬をつねられる。
「やめひょひょ!」
「ぎゃはははっ」
その手をバシッと叩き落とす。すぐに手を出す野蛮な奴め!
「なぁ、結局さ、なんて言ったの?」
痛む頬をさすりながら尋ねれば、頬杖をついた倉谷がじーっと見つめてくる。
「え、なに?」
「気になんの?」
「まぁ、そりゃ」
「…『まだ諦めませんから』って言った」
ぼそっとふてぶてしく呟かれた言葉に、首を傾げる。
『まだ諦めませんから』??
「何を?」
「あ〜、ほんとにうざいわぁこの子〜」
ドン引きしたような目線を送られて腹が立つ。
「なんでだよ!」
「…そんなもんAV鑑賞に決まってんだろ」
「え、えーぶ…何言ってんだこいつ!」
「ハハ、お前ほんと、覚悟しとけよ」
このニブチン、と笑いながら睨んでくる倉谷の表情筋はおかしい。
言いたいことがなんなのか分からないでいると、教室内がいきなり騒がしくなる。
なんだなんだと後ろを振り向くと、ドアのところで立っている人物に目を見開いた。
「まこと先輩!」
手を振ると、嬉しそうに笑いながら教室の中に入ってくる。
「那乃くん」
「まこと先輩!どうしたの?」
「移動教室でここ通ったから、ちょっと顔見に来たんだ」
「え…」
おれ今絶対顔赤い。
まこと先輩はなんていうかこまめな人だ。
学祭の振替休日の日も一度会いにきてくれたし、メールも毎日くれる。
それに俺は毎回喜びを隠せなくてにやけてしまう。
今だって。
「そ、そうだったんだ」
「あーあ、幸せそうな顔しやがって。お熱いねー」
倉谷が不貞腐れたような顔をする。
「倉谷ってば、非リアだからって妬むなよー」
「お前、マジで犯すぞ」
「はっ!?」
「…倉谷くん、だっけ?」
まこと先輩の静かな声に、倉谷がだるそうに顔を上げる。
「なんすか」
「あのときの話だけど、俺も譲る気はないから」
「あー、せいぜい取られないように頑張ってくださいね」
「ああもちろん」
なになになんの話?全くついていけない。ていうか、
「ま、まこと先輩」
「うん?」
「まこと先輩も、えーぶい見るの?」
「ぶはっ」
倉谷が噴き出してるけど無視だ。俺は今まこと先輩がえーぶいを見るのかどうなのかというのに全ての興味を持ってかれている。
だって、あの、まこと先輩が…
「…見ないよ」
「へ?」
「それに…」
まこと先輩の綺麗な顔が近付いてきて、耳打ちされる。
『そんなの必要なくなるでしょ?』
ぼっ。
顔から火が出たかと思った。
真っ赤になった俺に満足したように笑ったまこと先輩が、チュ、とおでこにキス。
周りの悲鳴だとか、倉谷の「うわー」っていう声だとかが遠く聞こえる。
なんで毎回こんなにドキドキさせられるんだ。
目を白黒していると、俺の頭を撫でたまこと先輩が「じゃあまたね」と言って去ってく。
恥ずかしくて、でもすっごく嬉しくてにやけがとまらない。
何故か不機嫌そうな倉谷にも反応できない。
ただぼーっとまこと先輩の出て行ったドアの方を見ていた。
『ブーゲンビリアの花言葉にはね、「あなたしか見えない」っていうのがあるんだ。今の俺そのものだよ』
お母さん。俺は寮生活数ヶ月にして、楽しい友達がいっぱいできました。
それから。
優しくて、びっくりするほどかっこいい、大好きな彼氏ができました。
-fin.-
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