暇なら廻れ | ナノ
35



「西澤先輩…」

ああ、来てくれた。

「那乃くん、会いたかったよ」

俺だって会いたかった。
会って沢山話がしたかった。

だけど、いざ彼を目の前にすると、上手く言葉が出てこない。

あぁ、だの、うぅ、だの言葉にならない声を上げる俺に小さく笑みを漏らした西澤先輩が、俺の目の前まで歩いてくる。
俺の足を見て目を丸くする。

「また裸足で来たの?」
「え、あ、早く行こうとしたら、外靴用意してなくて…」
「ふふ、急いで来てくれたの?嬉しい」
「…っ」
「ほら、こっちにおいで」

緩く手を繋がれる。その大きくて綺麗な手の温かさにドキドキしつつ、導かれるままにベンチへと座らせられる。

「濡れタオル持ってくるから待ってて」
「え、あ、はい!」

わざわざ申し訳ないことをした。
温室の奥へ行ってしまった西澤先輩の背中を見つめて思う。どうしてこんなに落ち着けないんだ。ずっと心臓がうるさい。

戻って来た西澤先輩と目が合って、カァっと顔が熱くなる。温室の温度も少し上がったような錯覚に陥る。

「ごめんね、新品のタオルが無くて」

これで我慢して、と俺の足元に屈んだ西澤先輩が、片脚を優しく持ち上げて拭き始める。

ひんやりとした感触に目を細めたところで、ハッと足を引っ込めた。

「那乃くん?」
「そ、それ、ハンカチ!」
「ああ、うん、タオル無かったから俺の使うね」
「そんな!ダメです、汚れちゃう…」

西澤先輩先輩が濡らして持って来たのは、綺麗な白いハンカチだった。俺の足を少し拭いたそれはすでに砂がついて汚れてしまっている。

白く綺麗だったハンカチが、西澤先輩と重なって、汚してしまったことに酷く罪悪感を覚えた。

「ごめんなさい…しかも、脚なんて拭かせて」
「那乃くん、謝らないで。ハンカチなんていくらでも替えが効くし、俺がしたくてやってることなんだから」

労わるように拭かれて、言葉に詰まる。

「甚平、似合ってるよ。可愛い」
「え、あ…そのまま来ちゃった…」

忘れてた。甚平なんて子供みたいでやだって思ってたけど、お世辞とはいえ西澤先輩に褒められただけで着てよかったと思える。我ながら物凄く単純だ。

「ふふ、後で教室に制服取りに行こうか」
「はい…」

優しく俺を見ていた瞳が、今度は少し伏せられる。俺の足を拭く手付きは柔らかい。
綺麗な睫毛だなぁ。こんな、綺麗な人が。

今、俺の側にいる。

そう思った瞬間、ぶわっと、胸の中から何か溢れてくるような感覚に襲われる。

その衝動に動かされるままに、口を開いた。

「西澤、先輩」
「うん?」
「す、き…」
「那乃くん…」
「おれ、西澤先輩のこと、好き、です」

やっと言えた。
堰が切れたように涙もボロボロ出てくる。

驚いたように目を丸くする西澤先輩が愛おしい。

「ひっ、く…おれ、ずっと、っにしざわ、先輩が、好きでした」
「うん」
「この前、誰?って言われたっとき…もうだめだって思っ、た、けど…ひっ…それでも、諦められっなくてっ…」
「…うん、ごめんね」
「ちがっ…」

なんで西澤先輩が謝るんだ。西澤先輩は悪く無いのに。

「おれ、好きだって、いわれて、うれ、しくて…っでも、ほんとうに、おれなんかでいい、のかなって…にしざわせんぱいにっ、全然釣り合ってなっ、ひっ」

ぎゅ、と体に回る腕。目の前には白いワイシャツ。ほんのりと伝わる体温に、抱き締められているのだとわかった。

「せ、んぱい?」
「なんか、なんて言わないで」

ぎゅっと回された腕に力が加わる。

「俺は、君がいいんだ」
「あ…」
「那乃くん…」

体を少し離して、けれども近い距離にある夕陽の光で綺麗に輝く琥珀色の瞳が、まっすぐに俺を見つめる。

「好きだよ。君が好きだ。これからは、俺の側に居てほしい」

ああ、もう。
だめだ。愛おしすぎて、頭がおかしくなりそう。心臓なんてもう煩すぎて口から出てきそうだ。


「ううっ…お、おれも、にしざわせんぱいのっそばにいたい…ですっ」
「うん」

隣に座って優しく微笑んだ西澤先輩が、俺の髪を柔らかく弄る。そんな些細なことにすらドキドキが止まらない。


「ふ、つつかものですが、よろしくお願いします…」
「うん。ふふ、よろしく」
「わっ」

西澤先輩にまた抱き寄せられる。今度はぎゅっと、まるで離さないというように。

伝わる体温が心地良い。

「那乃くん」
「ん…」
「ありがとう」
「え?」
「好きになってくれて、ありがとう」


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