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「けほん」

迂闊だった。


『なんか冷えたい』

そう呟いた倉谷と、数学準備室の掃除をサボタージュして町外れのスーパー銭湯に行き、水風呂で長居対決をしたのが昨日の放課後のこと。碓氷と大友君も誘ったのだが、二人とも首を縦に振ってくれなかった。仕方がないので二人で行った。

『よし、どちらが長く入っていられるか、勝負しようじゃないか、倉谷の頼朝よ』
『よかろう、根比べだ栗島の清盛』

割とノリノリな俺と冷たい水を求めた倉谷は大はしゃぎ水風呂に飛び込んだ。のはいいものの、その冷たさといったら、想像を遥かに上回っていた。だがしかし、男栗島。やるといった以上ものの数秒でギブアップするわけにはいかないのである。

そんなプライドと囁かな好奇心に押され、冷たさに目を見開く倉谷の横で歯をガタガタと鳴らせながら暴力的な冷たさに堪えていた。

そして翌日である今日。とてつもなく身体がだるい上に咳が出る。顔を洗ったのはいいが、動く気になれなくてソファに座ってぼーっしていると、顰めっ面の碓氷が俺の前にしゃがみ込んだ。

「ほら、腕上げろ」

目の前の顔をぼんやり眺めていると、碓氷に右腕を軽く持ち上げられて、脇の下に何かを差し込まれる。たぶん、体温計。

「うすい」
「だからやめろって言ったんだ。お前先週風邪直ったばっかりだろ」

まったく、と漏らされた溜め息に続き、ピピピと脇の下から音がする。抜き取って、そのまま碓氷に渡す。

「37.8℃か…今日は休め」
「そうする」 

ほら、と差し出された水を飲む。

「食欲はあるか?」
「いやー」
「でも昼は腹減るだろ。お粥作るから待ってろ」

そう言ってキッチンに向かおうとする碓氷を慌てて引き留める。

「碓氷、いい」
「…でも」
「大丈夫」
 
時計を見ればいつも俺たちが学校に向かう時間だ。お粥なんて作ってる暇は無いだろう。俺が首を振ると、渋々といった表情の碓氷がわかった、と頷く。

「いいか、たぶん汗も出てくると思うから、気持ち悪くなったら着替えろよ。ここに着替え置いておくから。それからちゃんと水分補給して、何かあったら連絡しろ。お前のスマホもここに置いてあるから。いいな?」
「はいオカン」
「誰がオカンだ」
「つめてっ」

ぺた、とおでこに冷えピタシートを貼られる。寝てろ、と無理矢理押し込められたベッドで碓氷オカンの見上げていると、ぐい、と布団を顎の下まで被せられる。

「よし、これでいい」
「ありがと。行ってらっしゃい」
「おう。りんご切ったの冷蔵庫に入れてあるから腹減ったら食えよ」

碓氷はいいお母さんになるね。
玄関のドアの開閉の音を聞きながら、天井を見上げる。特に何もなくて、ただいつもより重たい瞼で瞬きをした。壁に掛けてある時計の音が煩わしくて、寝返りを打ってみたが、待てども待てども微睡みはやってこない。

「よっこいしょ」

なんか落ち着かなくて、ベッドから降りて部屋を出る。何をするでもなく、共有スペースのソファに座ってテレビの黒い画面を眺めていた。

ダンダンダン!

「えっ!」
 
いきなり聞こえた音に、肩を揺らす。随分と荒々しいノック音ですこと。しかしこんな時間に誰だろう。碓氷ならカードキーあるし。首を傾げながら重い身体を動かして玄関まで歩いた。

「はい!はいはいはい」

止まないノック音に返事をしつつ、覗き穴を覗くと、見知った人物がいて、はて、と首を傾げる。とりあえずドアが壊されぬ前に、とドアを開けると、オレンジ頭の男が部屋の中に飛び込んできた。

「栗島おはよう」
「倉谷、どしたの」



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