その青色に包まれて | ナノ
1


空を見上げれば、一面に蒼が零されて誰かが丸いと言った地球を包んでいる。

この真っ青な空は、落ちるときに見れば海に見えるのかなって、そんなことを思った。



【その青色に包まれて】



俺は小さい頃、地球は星マークのような形をしていると思って疑わなかった。だって、隣の席のマミちゃんは星の絵を描くときは星マークを沢山描いていた。それなら、同じ宇宙に住む地球だって、星マークなんじゃないか、と。山とか見る度に、得意げになった。あの尖りを見てみろ、と。
まぁその考えは、小学校の時の理科の教科書に載っていた写真を見てかき消されてしまったのだけれど。あの時の衝撃といったら、ない。

そんな淡い少年時代の事を思い出して、やれやれと頭を振った。俺はとにかく無知だった。いや、無知である、の方が正しいかもしれないが、とにかく、無知。きちんと授業は出ていたし、先生の話はちゃんと聞いていたよ。だけど理解が出来ない俺は、無知な上に相当な馬鹿なのだと、中学校の頃にやっとわかった。


ーードタドタドタドタ、
ーーガチャン!

「早まるなぁ!」
「わぁ!」

驚いて、座っていた体勢から後ろにひっくり返る。どてん、打った背中と後頭部が小さく痛む。起き上がることなく、反転した視界のまま瞬きをすると、綺麗な顔歪めてを息を切らす男性が歩いてくるのが見えた。

「アオさん、こんにちは」
「またこんな所で…君は何を考えているの?」

俺にアオさんと呼ばれた彼は呆れたように俺を見下げる。綺麗な栗色の髪は柔らかく風に靡いていた。

「空も海も青いっスよね」
「…そうだね」

よいしょ、と胡座をかいて座る。
そして少し迷ったようにアオさんも俺の横に腰を下ろした。そして恒例となった質問を俺にしてくる。

「ねぇイツム君さ、学校は?」

彼が俺の名前を知っているのは、初めて会ったときに俺が名乗ったからだ。

「今日は休めと言われたので休みました」
「…誰に?」
「俺です」

隣で、アオさんが形の良い眉を片方上げた。だけど、これももう何度もしたやりとりのうちの一つに過ぎないので、俺は笑顔でスルーする。あ、駄洒落。

「学校で何か嫌な事でもあったの?」
「ないっスよ」
「じゃあ、駄目じゃないか、ちゃんと行かなきゃ」
「アオさんだって引きこもりじゃないっスか」

引きこもりじゃない、とアオさんが頬を膨らます。曰く、小説家らしい。ちなみに、彼はこの四階建てマンションの正面にあるマンションに住んでいるらしい。小説家一本で食べていると言うことは、実は売れっ子作家とかなんかなのだろうか?それならば凄い人なんじゃないか、とペンネームを知りたくなった。イツム君、と俺を呼ぶ優しい声が風に乗って俺の耳に届けられる。なんスか?と横を向けば、悲しそうな顔をしたアオさんが俺の頭を撫でる。

「イツム君は、死にたいの?」

アオさんの言葉に首を傾げた。それから、自分の足を眺める。靴下を履いただけの、平均より小さめの足。脱いだ靴は、さっき俺が座っていた側に揃えられている。確かに、数分前の俺は死のうとしていたのかもしれない。
頭から落ちればあの青空は海になるのだと思って、空に踏み出そうとしていた。それで死ぬのであれば、俺はきっと死のうとしていたのだ。こくり、と頷いた。

「…そっか」
「あ、でも今は死にたくねーっスよ。痛いのとか無理っス!」
「そうだね、痛いのは嫌だね」

死にたくない、と言えばアオさんはホッとしたよう笑って、俺の頭を撫でた。明日は学校に行くでしょ?と言われて、俺はもう一度頷いて見せた。撫でる手が優しくなる。明日はちゃんと行こう。素直にそう思った。アオさんの物語を紡ぐ為の手は、暖かかった。

「よし、じゃあいつまでも人様のマンションの屋上に居るわけにもいかないから、もう今日は帰ろう?」
「そうっスね!今日はプリン食べたい気分なんで、帰りにコンビニ寄らないと」
「制服だし、補導されるんじゃない?」
「あー、じゃあ、仕方ない」

家に大人しく帰るしかないな。今帰ったって、親は共働きだから特に怒られることもない。家で漫画でも読んでるか、と考えながら靴を履いていると、はい、と目の前に包みが乗った手を差し出される。

「今はこれしかないけど、そのキャラメル美味しいから、プリンの代わりにどうぞ」
「あ、ありがとう、アオさん」 

どういたしまして、とアオさんが微笑むから、つい顔が赤くなった。こういう人の優しさっていうのは慣れない。

「さぁ、立って」
「うぃーっす!」

そうして俺たちは屋上を後にする。階段を降りると、このアパートの管理人らしき人がいびきをかいて居眠りしているので、そのまま通り過ぎてアパートを出た。目の前にあるアオさんのマンションは結構立派な造りをしている。そのままその中に入っていくアオさんに手を振り、少し離れた一軒家を目指して俺は歩き出した。

既視感だらけのこの流れ。数えてみれば、どうやら今日で5回目になるようだ。相変わらず優しいアオさんから貰ったキャラメルを口の中に放り入れて、ルンルン気分で歩く。

空は、見上げなくてもその青を俺に伝えてきた。

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