カレンダーの2日目のマスにも×印をつけて、虎徹はため息をついた。
ついに、最終日。この日が来てしまった。

朝、目を覚ますと横に敷いてある布団にバーナビーの姿はない。朝に弱いはずなのに、もう起きたのか。

虎徹が居間に行くと、バーナビーが台所にいるのが見えた。
後ろからそっと覗くと、ちょうどバーナビーが牛乳パックの中に除草剤を混入させているところだった。

除草剤の入った牛乳なんて、毒だ。猛毒だ。
一瞬バーナビーがまた自殺を試みているのかとも思ったが、昨日の手紙を思い出す。
楓は牛乳が飲めない。

間違いない。バーナビーは、俺を殺そうとしているんだ。
昨日の疑惑が、確信に変わった。

バーナビーが牛乳パックを冷蔵庫に戻し、こちらを振り向く前に、虎徹は慌ててその場から立ち去って、寝室に戻った。




その夜。
タイムリミットの午前0時まで、あと30分。


楓はもう寝室で眠り、バーナビーは居間で少量の酒を飲んでいた。
虎徹は暗い寝室で、一人考え事をしていた。

俺は、なんのために生きてきたんだろう。
俺の人生って、なんだったんだろう。

あと30分。

きっと、このあとバーナビーが俺を殺しに来る。
虎徹は寝室に残されていたバーナビーの上着をめくる。そこに包丁が隠されているのを、夕方発見した。これで、俺を、刺すんだ。

そう考えたら、自然に手が包丁を握っていた。

何故殺される必要がある?

母親のいない楓を一人、残して逝くわけにはいかない。
楓をよろしくと言って息を引き取った友恵の言葉を無にしてはならない。

虎徹は、包丁を握ったまま廊下を静かに歩き、居間へと向かった。

殺すしかないだろう。


居間に入るとそこは電気もついておらず真っ暗で、バーナビーは椅子に座ったまま机に突っ伏して眠っていた。酒が入って眠くなったのだろう。
それでも抜け目のないバーナビーの側にには目覚まし時計があり、きっと10分前くらいにこれが鳴って、それが俺を殺しに行く合図になるのだろうと虎徹は予想した。

包丁を持ってバーナビーの背後に立つ。
これで、俺と楓は救われる。

時計を見る。タイムリミットまであと15分だ。

一思いに、この包丁を、眠るバーナビーの背中に突き刺せばいい。
それだけのことだ。

それだけのことなのに、出来ない。
手が震えて、包丁を持っているのがやっとだった。

『残りの2日間、みんなで幸せに過ごしませんか』

昨日のバーナビーの声が頭の中で響く。

それから、沢山の思い出が蘇った。

初めてコンビを組まされた日のこと、俺を「おじさん」と呼んで蔑んでいたこと。
気障ったらしくて妙に棘のある言い方しかせずに人をわざと遠ざけるようなことばかり言うけれど、本当は誰よりも寂しがり屋で。
なんでも持ってる人生をナメきった若者だと思えば、本当は何も持っていない小さな子供だったり、人の死について何も考えていないのかと思えば誰よりも死に敏感だったり。

コンビを組んでから、一緒に色んな仕事をした。
犯人追い掛けまわしたり、喧嘩したり、笑いあったり。


だめだ、愛してる。
俺は、バニーを愛してしまっている。

「刺せるわけ、ねーだろ…!」

からんと音を立てて、包丁が床に落ちた。
そのとき、眠っていると思っていたバーナビーが声を荒げた。

「何やってるんですか!!」

バーナビーは立ち上がり、そのまま包丁を拾い上げ、虎徹に握らせる。その上からバーナビーも包丁を握り、自分の方に刃先を向けて自分を突き刺そうとした。
思わず虎徹はそれとは反対の方向に、自分に包丁を引き寄せるようにして力を入れる。

「……!?」
「早く…殺せ…!僕を、殺して下さい…!」

バーナビーは包丁を自分の方に向けたまま、虎徹に言った。

「…虎徹さん、愛してます…っ」

包丁を自分に刺させようと必死になっているバーナビーが、涙を溢しながら続けた。

「あなたに出会えて、幸せな人生でした…もう、今死んでもなんの未練もありません…!だから早く…早く殺して下さい…!!」

そう叫んだバーナビーから、渾身の力で包丁を奪い、虎徹はその身体から身を引き剥がした。

「嘘だったのか、全部、嘘だったのかよ…!」
「…っ」
「俺を裏切ってるように、仕組んだのか…!?」
「時間がないんです、早く…!」

再び、包丁の奪い合いが始まる。

「あなたは、一人で残される子供の気持ちを知らないんだ…っ!」

声を上げて泣き始めるバーナビーにつられて、虎徹の目からも涙が溢れ出す。

3人のうち2人だけが助かっても、そこにはなんの意味もない。
残りの2人だけで幸せな人生を歩めるはずがないのだ。


そのとき、真っ暗な部屋に光が差し込んだ。
冷蔵庫の光だった。

「遣り残したこと、あった」

楓が、牛乳パックを両手に持って、虎徹とバーナビーに微笑んだ。

「牛乳。飲めるようになりたかったの」

その声や顔はまるで、「これは自殺ではなくて、バーナビーに殺されたということになるよね」なんて言いながら笑っているようだった。
そして、楓は除草剤の入った牛乳を、飲み出す。

「楓!!」
「楓ちゃん、駄目だ…っ!!」

慌てて駆け寄るも、すでに牛乳パックは空になっている。
楓は静かにその場に倒れた。

「楓…楓ぇ…!!」

虎徹がその小さな身体を揺さぶり名前を呼び続けても、楓の目が開くことはなかった。
残された2人はその場にへたり込んで、ひたすら呆けた。





気がつくと視界に広がっていたのは、真っ白い病院の天井だった。

「気がつきましたか」

ベッドサイドに座る医者に声を掛けられ、虎徹はそちらに目をやる。
医者はほっとしたような顔で言った。

「3日ほど、昏睡状態だったんですよ」

そう言って、医者が立ち去っていく。
虎徹が酷く痛む身体を精一杯動かし、首だけ右に向ける。するとそこには目を開けたバーナビーが横になっていた。今意識を戻したらしい。
視線に気がついたのか、バーナビーがゆっくり首を動かしこちらを見つめる。目が合うと、次に反対側のベッドを見ようと首を回すのがわかった。
虎徹も、バーナビーのさらに向こう、楓がいるはずのベッドを確認する。

しかし、そのベッドの上にあるのはシーツだけだった。

「…俺達が、生き残ったのか…?」
「そんな…」

バーナビーも、放心したような声を出した。
虎徹の目から涙が溢れ出す。

「楓…なんで…っ!」

ぼろぼろと涙を流しながら声をあげる2人の病室に、明るい声が響き渡った。

「お父さん、バーナビー!」

病室に、看護士のおす車椅子に乗せられた楓が入ってきた。

「…楓、ちゃん…!」
「楓……!!」

車椅子をおしてきた看護士が、口を開いた。

「楓ちゃん、あなた達が目をさます少し前に意識が戻ったんですよ」

その言葉に、相変わらず涙でぐしゃぐしゃの虎徹の顔はぱあっと明るくなった。

「助かったのか、俺達、3人」
「目が覚める前に、また、あの声が聞こえたの」

楓は、頭に包帯をぐるぐる巻いていて、見るからに痛そうなのだが、それでも笑っている。

「なんて?」

バーナビーが楓にそう聞くと、楓は目を瞑って応えた。

「2人が愛しているのは君だ、君のかわりはどこにもいない、って」

バーナビーが、楓の手を握る。

「楓ちゃん…っ」

虎徹も楓の手を握る。

「楓…!」

全身が酷く痛むが、そんな痛みも忘れるくらいに、小さな手に力を込めた。

あの声は言っていた。
"ここで得たみんなの気持ちを、生涯忘れることはない"


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