「…なあ、千歳それ何?」


金太郎が眉をひそめて指さしたのは千歳の胸に堂々と居座る黒いくまのキャラクターだった。千歳のバカでかい体躯には到底似合わず、身体と柄の噛み合わない光景に金太郎が訝しげな表情を見せるのも仕方がない。そのくまが某有名な黄色いものだったならばまだ良かったのだろう、なんとなく雰囲気は千歳と噛み合っている気がする。けれどその黒くまは、何と形容すべきか、いわゆる「アホ面」で微笑んでいるのだ。一見噛み合っているような気もするけれど、千歳の雰囲気は良く言えば穏やか、実際のところはマイペースというだけで、決してアホ面を浮かべるようなものではない。それはどちらかというと謙也の方が合っている気がする。しかも千歳は何を思ったか、真っ黄色のTシャツを選んだものだから、ユニフォームで見慣れているとはいえ、普段落ち着いた色を好む彼が目に痛い真っ黄色のTシャツを着ているなんて違和感でしかない。そんなことを思われているとはつゆ知らず、千歳はいつものへにゃりとした笑顔で金太郎の頭上から柔らかな声を降らせる。


「ああ、これはくまモンち言うて、熊本のキャラクターばい」
「クマモン?」
「そうね、むぞらしかとね?」
「ん〜…」


可愛いか可愛くないかと聞かれればそれは確かに可愛い部類に入るのかもしれないが、どうにもこうにもあのアホ面だ。矢継ぎ早に「可愛い」と答えられないのも仕方のないことだろう。それでも千歳を慕う金太郎はどうにかしてあのキャラクターを可愛いと思えるよう角度を変えてみたりと思考錯誤しているらしい。傍から見れば可愛らしく、微笑ましい光景だ。しかしなぜ今更県民キャラクターなのだろうか。


「なあ千歳、なんで今更そないキャラクターができたん?」
「良い質問ばい、白石。今年の4月に新幹線の熊本に通ったと」
「ああそれで出来たっちゅうわけか」


合点がいったという表情を見せると、千歳はそのがたいからは想像できないようなほんわりと柔らかで優しい笑みを惜しみなく浮かべた。

彼のこういったところが酷く器用だと思う。普段は飄々としていて一体何を考えているのかわからず周りを困惑させるくせに、目の前にしてみればいとも簡単にその胸中を露わにする。他人に気付かれないように上手に隠し、そうでない部分は容易に他人に曝け出す。しかもそのことに本人は多分気付いていない。無意識でそんなことをさらりとやってのけるのだ。その器用さを、不器用で仕方ない後輩に少し分けてやってほしいと願わなくもない。


「くまモンはTシャツだけじゃなかよ」
「他にもあるん?なあ千歳、食いモンある?」
「金ちゃんは二言目には食いモンのことやなぁ」
「喜びなっせ、金ちゃん。 食べ物もあるたい」
「ほんまか?千歳!」


待ってましたと言わんばかりに勝ち誇った顔をする千歳に、大きな丸い目をきらきらと輝かせる金太郎はさながら父と子のようで、微笑ましくもあるが同じ部内でそのような光景が繰り広げられることに少なからず苦々しい思いも混ざり、何とも言えない心境だ。歳の差こそあれど、確かに目の前にいる二人は「中学生」という枠内に収まってしまうのだ。それなのに、この二人を見ているとどちらも、自分が言うのもなんだが、その枠には収まらない気がしてならない。それを言い始めたら自分を始めこの部内の主要たるメンバー全員がそんな小さな枠では収まりきらないことは容易に目に見えていたが。

千歳が誇らしげに、けれど優しい眼差しで告げた。


「いきなり立体パンがあるたい」
「いきなり立体パン?」
「くまモンの中にいきなり団子の中身の入っとるパンたい」
「はあ?何やそれは。いきなり団子と大して変わらへんやないか」
「白石、むぞらしかかが違うばい」
「なあ千歳!ワイも今度それ食うてみたい!」
「よかよか、今度金ちゃんも熊本に来んね。俺が買うてやるばい」
「ほんまかぁ?!ワイ熊本行くー!」
「そうたい!金ちゃん、くまモン体操ば踊らんね?たいぎゃ楽しかよ」
「やるー!なんかようわからんけど、ワイ楽しいの好きや!」
「よかね!俺が教えてやるばい!」


……前言撤回。身体の大きさは父子のようではあるが、どうやら中身はどちらも小学生だったようだ。純粋過ぎてたまにこちらの目が当てられなくなる。ここに一氏や謙也がいたら、「なんであんなパンひとつで盛り上がれるん?!」「なあアイツらの周りに花畑見えんで?!」等と騒いでいるに違いない。まさにそのような状況だ。自分だってそう思わないわけでもないが、それを口にしたところで状況は変わりやしない。純粋ゆえに出来上がる世界に、二人はもう行ってしまったのだ。


「……今日の練習、何にしよかな…」


小さな子どもと大きな子どもを抱えた部長白石の背中は、少し哀愁が漂っていた。
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