するりと涼風が耳元を掠め、部活後の髪をさらっていく。日の長くなった5月の空は、もう夕方もいい時間だというのに、橙の色を群青に滲ませる。補色の繋がるグラデーションは、もう夏のそれを思わせるというのに、吹き抜ける風はひんやりと肌寒かった。剥き出しになったピアスが夜風に冷やされて熱を奪った。

隣に並ぶ肩は幾分か自分より低くて、とても華奢だ。女子の平均としては十分にある彼女の背丈も、男の自分からすればとても小さく思える。それは彼女の線の細さも手伝っているのかもしれない。背丈は平均並みな彼女であるが、その線の細さは際立っていると思う。彼女いわく「そんなことはない」らしいが、自分のイメージする女子という生き物は、なんだかもっとふっくらしているのだ。そんな彼女の手足は、いつか折れてしまうのではないかと不安で、強く握ることを躊躇われる。いつだってそっと触れるだけだ。それでも繋いだ掌から伝わる熱は、互いを満たすのには十分だった。


「随分と日が長くなったね」
「…そうっすね」
「同じ時間でも明るいと得した気分だよね」
「まあ…」
「でも部活ももっと遅くまで練習になりそうだね。小石川が言ってたよ、白石が青学の乾くん方式にしようか検討してたって」
「…それは勘弁したいっすわ」


思わず眉間にしわが寄るのも隠せずに心境をあらわにすると、彼女がくすりと笑った。表情豊かな彼女は破顔するほどの笑顔を見せてくれることも多々あるくらい、その感情を素直に表す。それは年下に思わせるほどあどけなく無垢で幼いものから、手が届かないのではないかと感じさせる大人びたものまで様々だ。そして今は、後者のもの。

自分たちにとって、1年の差というのはとても大きい。あと数年もすれば、1年なんてなんてことはなくなるのかもしれないが、1日1日が目まぐるしく過ぎ行く自分たちにとっては、1年はあまりにも大きかった。少しずつ、目には見えない速さで大人びてゆく。けれど一瞬でも見逃せばあっという間にすり抜け、置いていかれる。それを恐れて背伸びし続ける自分は、まだまだ子どもなのだろう。そしてそれは、今日またひとつ、距離が広がった。

広がることはあれど縮まることのない距離にふうと小さくため息が漏れる。本来ならばこの場にはふさわしくないのだろうが、年下である自分にとってはおめでたいようなそうでないような、複雑な心境でしかないのだ。


「でも本当に良かったの?光、疲れてるんじゃない?」


形の良い眉を顰めて覗きこむ彼女の瞳は揺れている。きっと部活後である自分の身体のことを心配しているのだろう。そんなこと気にしなくたっていいのに。変なところでやけに気を遣うのが彼女であり、そして今日が特別な日だとか何でもない日だとかそういう観点をまったく考慮しない。


「…別に、いつもと同じ練習してるだけでしょ。そんなヤワやあらへんわ」
「でも」
「ええから。大丈夫なんでそんなん気にせんとってください。そんな気ぃ遣われとったら俺が一人でアホみたいやないすか」


繋いだ手をぎゅっと握りしめ引っ張ると、蹴躓くように彼女との距離が縮まる。

彼女がそうしたくてそうしているのか、それとも情けなく幼稚な自分を立てるためにそうしているのかは分からないが、彼女はいつだって少し後ろを歩く。その様子が心を許しきってくれているようで嬉しくもあるが、時に歯痒くもある。もっと、心の底から対等でいてくれてかまわないのに。彼女は少し、聞き分けが良すぎるのだ。もう少し我が儘を言ったところで、罰など当たるはずもない。むしろ自分からしてみればそうして甘えてほしい。そうでなければ、自分はそうするに足らないのではないかと不安になる。結局、何を考えたところで自分本位なのだ。そんな自分に嫌気がさす。

先程よりもさらに小さく、ため息を零すと、そっと口を開いた。


「俺が一緒にいてたいんで、付き合うてください。俺にも祝わせてくれたってええでしょ」


ちらりと視線を投げると、きょとんと丸く目を見開いた彼女と視線がぶつかる。ああさっき置いて行かれると思った人が、今こんなに幼い表情を見せているなんて、世界はなんて意地悪なのだろう。いっそずっと大人びたままでいてくれれば、高嶺の花で済んだものを。こんなに可愛らしいあどけない表情を見せられては、手を伸ばしたくなってしまうではないか。


「え、ちょ、ひか…」


するりと這わせた指先で彼女の輪郭をなぞり、そのままそっとあごを持ち上げると小さく口付けを落とした。初めはびっくりしていた彼女も、状況を理解すると少しだけ頬を染めて、「もう、いきなりなんだから」とか何とか可愛らしい文句のひとつふたつを零す。だけど繋いだ手が離れないのが、彼女の本音を語っている。素直なんだか素直じゃないんだかわからない、可愛らしい人。思わず口元が緩むと、目敏く反応した彼女が指さして指摘した。それにもう一度額に落とした小さなキスで応えると、諦めたのか彼女は仕方ないなんて言いながらまた一歩後ろのポジションに収まった。


「光さぁ、大人になったよね」
「は?それは先輩の方でしょ」
「いや、そうなんだけどさ…なんとなく」
「そらどーも」


うーん、なんて神妙な面持ちで考え込む姿は、小学生のように幼くて、何だからしくなくて、おかしくて笑えた。ひとつ、大人になったはずの人なのに。


「先輩」
「ん?」
「お誕生日、おめでとうございます」


今に中身で追い越したるんで、覚悟しとってくださいよ、先輩。
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