「…なんや自分、どないしたんその格好」

さらりと澄ました顔で悪気もなく尋ねて来たのは、学年、いや学内でもトップクラスのイケメンであり、ミスターパーフェクト、白石蔵ノ介だった。ミスターパーフェクトは名前の通り、花粉なんてものに弄ばれるような器ではないらしい。何事もないような爽やかさを湛えている。


「そんなん花粉症に決まっとるやないか」


その後ろからのっぺりとのぼせたような顔を覗かせたのは、これまたイケメンと呼ばれ名高い忍足謙也だ。彼もどうやら仲間らしい、可哀相に、いつものスピードスターを発動することもできないほどぐずぐずになっているようだ。折角のイケメンが赤鼻のトナカイになっていた。

謙也が現れたのを知ってか知らずか、白石は「風邪でも引いたん?3月になったからって気ぃ抜いたらあかんで、そういうのんが風邪の引き金になるんやで」なんて知識とは建前のお小言を始めている。白石は確かにミスターパーフェクトではあるけれど、この小言癖が玉に傷だ。


「…後ろのスピードスターが恨みがましい目で見てんで」
「おん、謙也やないか」
「おん、やないわこの裏切り者。さっきからおったっちゅーねん」
「それはスマンな、まったく気付かへんかったわ」
「白石、自分残酷やな…謙也に同情するで…」
「なんでそうなるんや」
「…白石、自分オレに対してひどないか」


何故登校早々下駄箱で漫才を繰り広げているのか。いやいやわたしはそんなことがしたいわけではない。今すぐにでも花粉の遮断された室内に行きたいわけで。いまだ漫才を繰り広げている二人を余所に上履きに履きかえすたすたと足を進めると、ちょい待ちーや、なんて言葉とともに小走りする足音が近付く。それはわたしのすぐ脇まで来ると、わたしの歩みに合わせて減速した。

右に白石、左に謙也を引き連れて歩く姿は、この学校に限らず彼らを知る女の子からしたら羨ましがられる、むしろ恨みを買うほどのシチュエーションなのだという自覚は持っている。けれど、わたしたちはただの腐れ縁からくる友達であり、彼女たちの望むような関係には残念ながらまったくない。もはや夫婦漫才を越えた漫才を繰り広げるということで、学校1の漫才コンビ、金色・一氏ペアにもライバル視されてしまっている。

仮にも女子のわたしとしては、そこらへんと同等に見られるのはあまり嬉しくない。わたしだって可愛らしくありたいという願望くらい持っているのだ。それを叶えることを許してくれないのが四天宝寺中テニス部だ。特に今両脇に並ぶ二人は、同じクラスゆえにほとんどの時間を一緒にいるため、わたしを女の子にさせてはくれない。お陰でわたしは今まで彼氏が居たこともなければ告白されたことすらない。まったくもっていい迷惑だ。


「…い、おい。話聞いとるんか」
「あ、ごめん、まったく聞いてへんかったわ」
「自分も十分残酷やないか」
「どうせ自分らの話なんて下らん話やろ」
「それは聞き捨てならんな」
「せやな」
「…今日初めて意見合うたな」
「そう言えばそうやな」
「ああもう、うちははよ教室に行っておとなしくしてたいねん!花粉の中におるのしんどいねん!」


馬鹿二人を引き離すように足を速めると、不意にその足が空を切った。わけがわからず足元に目を向けると宙に浮いていて。それと同時に腰に触れた違和感。目に入るのは包帯。


「ほんならオレが運んだるわ」


振り返ればアホみたいに爽やかな笑顔。こんな至近距離でこれを向けられたのがわたしではなく、他の女の子だったら、確実に失神しているだろう。だけどわたしはそんな可愛らしい女の子ではないのだ。


「ちょ、白石!下ろして!」
「ちょい待ちや、白石。そんならオレのほうが速いで、なんせ浪速のスピードスターやからな」
「いやいやそういう問題ちゃうやろ」
「しっかし自分、相変わらず柔らこうて気持ちええなぁ。でもまだまだ細いで。ちゃんとバランスよく食べてるか?」
「ぎゃーあほ!」
「なんやて?自分まだ細いままなん?そんなんやと大人の女性にはなれへんで!」
「そんなん謙也に言われたないわ!それよかはよ下ろしてって!白石!自分のせいで注目浴びとるやないか!」
「ええやん、周りに注目されんのも気持ちええやろ?」
「よくないわ!」
「さーて、教室行こか」
「せやからスピードスターが運んだるっちゅーねん」
「人の話を聞け!」
「マスク姿でも十分かわええで!」
「せやで、気にすることあらへん」
「いーやーやー!!!」


こうして今日も慌ただしい一日が始まる。
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