「…」
「…」


TVから流れるのは怪しげな音楽に、薄気味悪い暗がりの映像。狭いワンルームに肩を寄せ合い見ているのは、夏に相応しい怪談番組だ。夏というにはもう遅いが、晩夏の忘れ物としてはいい置き土産だろう。さざなみの聞こえる小さなアパートには、随分と涼しくなった潮風が夜の匂いを連れて窓から吹き込んでいた。隣に肩を並べるのはこの部屋の持ち主。そしてわたしの恋人でもある。

カタン

突然の物音に、思わずびくんと肩を震わせた。


「…大丈夫?」
「…うん」


わたしは怖がりだと思う。誰かと比べたことはないが、人よりも怪談や驚愕というものには弱いような気がしている。いわゆるお化け屋敷というものには入れないし、怪談話や番組はまともに見られた試しがない。それなのに怪談番組が放送されれば見てしまうし、話も気になれば割と読んでしまう。そして結果的にはその後の数時間や数日間を微かな恐怖に怯えて過ごすのだ。

結果がわかっていながら毎度毎度そうしてしまうわたしに、学習能力というものは備わっていないのかもしれない。今日だってそうだ。こうして怪談番組に怯えながら、それでもTVの前に居座っている。

じわじわと恐怖が増してきた。こういうのは終わればリセットされるわけではなく、前から積み重ねたものが少しずつ蓄積されていくのだ。番組が始まって既に1時間。初めの内は見られていた画面も、今や直視出来なくなっていた。止めておいた方がいい、そう思いながらも好奇心が邪魔をする。

スピーカーから胸の底をえぐるような音楽が流れ始める。言い知れない不安が襲って来る。何かに触れていたくて、隣の温度に身を寄せた。


「…怖いんなら止める?」
「…大丈夫」


意地を張ったつもりはなかったけれど、あと少しあと少しという子どもの使う我が儘の理由のように、TVの前から動けずにいた。

不意にバンという音と共に、スクリーンいっぱいに憎しみを含んだ女性の青白い顔が写った。その髪は漆黒なのに艶がなく、延々と伸びているし、肌は血の通っていない白さだった。いわゆる「お化け」の典型的なイメージだ。ちょうど顔を動かしている最中だったわたしは、その画面を思い切り見てしまった。


「いやっ」


触れていた温もりにしがみつき、その体温に顔を埋める。画面はもう見えないのに、眼裏に写った残像が再びわたしを恐怖へと引きずり込む。ぎゅっとしがみついた腕に力を込めると、温かな掌がそっと背中に触れた。それさえも驚いてびくりと肩を震わせると、呆れたような苦笑いが聞こえて来る。


「だから止める?って聞いたのに」
「だって…」
「今晩どうするの」
「…泊めてください」
「だろうと思ってたよ」


そう言ってくすくすと笑う彼は、おかしがっているような困っているような。なんだか駄々をこねた子どものようで(実際それと似通っているが)、しゅんとしてしまう。素直に止めておけば良かったのだ。本当にわたしはどうしようもない。


「…ごめんなさい」
「別に謝るようなことでもないでしょ。実際困ってるのはおれじゃないし」


確かに彼の言うとおり、困っているのはわたしなのだ。彼にしがみついたこの状態から、しばらく動けそうもない。一人ではトイレにも行けなさそうだ。


「まあ明日は休みなんだし、たまにはいいんじゃないの、こういうのも」
「…」
「おれとしては役得もあるしね」
「…?」


彼の意味するものがわからず顔中に疑問符を浮かべると、彼は心底面白そうに笑い声をたてた。


「だって、**がこんなに素直に甘えて来ることなんてないじゃない」
「!」


そうして額にキスをひとつ。恥ずかしさと驚きに支配されたわたしには、ただ目を見開き頬を染めることしかできない。言われてみれば、自分から彼に触れることは少ない。急に恥ずかしさが増してきた。それなのに、悲しいかな、すがりついたその腕は離せそうにない。

顔に困惑の色を浮かべていると、そっと彼の掌がわたしの頭を撫でた。


「今晩はおれも楽しませてもらうから」


そう不敵に笑った彼がとても嬉しそうだったから、わたしもなんだかそれでもいいかと思えてきてしまった。こんな夜も悪くないかもしれない。

夜の帳の下りる中、彼の頬にそっと唇を寄せた。
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