夏休みも真っ只中、暑さにうだる昼間からベッドの中で唸るのはわたしの恋人だ。あまり冷房の効いていないこの部屋はお世辞にも涼しいとは言えないが、ベッドの上の彼は布団にくるまり可哀想なほどに震えていた。

「…大丈夫?」
「…この状況を見て大丈夫だと思いますか」
「明らかに大丈夫じゃないねぇ」
「だったら初めから聞かないでください」

ぜいぜいと荒い呼吸を繰り返す彼はひどく苛立った口調で吐き捨てたけれど、今の弱りきった姿では怖くもなんともない。むしろ不憫に思えてきてしまうくらいだ。答えのわかりきった質問をした自分に反省した。

自己管理とか予防とかそういう言葉が大好きな彼が、ベッドから出られないほどに体調を崩すのは珍しい。わたしがそういうことになるといつだって『大体あなたは自己管理に対する意識が低すぎるんですよ』とかなんとか言いながら甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる。そのお小言は時にうざったいけれど、その言葉とは裏腹にとびきり優しく介抱してくれる彼は、本当は優しい人だ。その優しさに触れるのが嬉しくて、自己管理に一切気を配らないのはわたしのちょっとした我が儘だ。

「でも珍しいね、はじめが風邪なんて。しかも夏風邪」
「なんですか、僕が馬鹿だと言いたいんですか。確かに夏風邪を引くのはバカだと言いますが、なぜそう言うか知っていますか。暑さを厭うて冷房にばかりあたって体温調節が出来なくなることで免疫が下がり風邪にかかるからそう言うのであって、きっちり自己管理をしていた僕が引いたのは十分に予防をしたうえでの仕方のない事実、いわば避けようのない事故だったわけです。世間一般と僕を同類にしないでください」

高熱でうなされ呼吸も荒くなっているというのに、よくもまあこれだけの屁理屈がさらさらと口をついて出てくるものだと感心してしまう。彼のプライドは時として一般の人間には出来ないような芸当を見せるから性質が悪い。ただの高飛車であれば一蹴するところを、たまに感心させられてしまうのだから。それが何の役に立つのかと言えば、何の役にも立ちはしないけれど。とりあえずそのプライドを傷付けるようなことは今は避けるに越したことはない。なんせ相手は病人だ。しかも結構重症の。だからわたしは間違っても口にはしない。昨夜冷房が一晩つけっぱなしになっていた事実を知っていたとしても。

「あーうーん、はいはい。はじめが自己管理を徹底してるのは知ってます。で、薬要るんでしょ?」
「要ります」
「じゃあこれ、お水と薬。起きられる?」

彼はがたがた震える体を無理矢理起こすと(手伝おうかとも思ったが、手伝ったところで彼のプライドに触れるだけだと思ってやめた)、わたしの手から水と薬を奪い取り乱暴に嚥下した。ぼすんと音を立てて彼がベッドへ再び沈み込む。コップをサイドテーブルに置くと、倒れた身体に布団を掛けてやる。もう何を言う気力もない彼に、小さくため息をついた。

「ここ、お水とポカリ置いておくからね。適当に水分とってね。わたしリビングにいるけど何かあったら呼んでね。いい?」
「…わかりました」
「おやすみ」

ぱっちり閉じられた睫毛にもう一度小さくため息をつくと、ぱたりと小さな音を立てて部屋を後にした。

素直な言葉も嬉しいけれど、やっぱり屁理屈めいたかわいくない小言が聞きたいよ。だから早く、いつものはじめに戻ってね。
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