「…今なんて言いました」





目の前で硬直する、わたしよりか一回り大きな身体。いつもクールな表情は、今は目を見開いて驚きを隠せずにいる。やっと振り絞られた問い掛けのことばに、わたしは同じセリフを繰り返した。





「…だから、赤ちゃんが出来たの」





そんなこと予想もしていなかった。多分彼も。だから、今この彼の驚きは、喜びなのか戸惑いなのか拒絶なのかわからなかった。どちらかと言えば後者寄りな気がする。



本当は言うことをためらわれた。こうなることを恐れて。視界が歪む。爪先を見つめた。





「…それは、本当ですか…?」

「…嘘言っても仕方ないじゃない」





ひとつひとつをまるでその指先で触れて確かめるようにそっと問う。そんな仕草が、現実を信じられない、と言っているようで苛ついた。ぶっきらぼうに答えてしまう。多分、それは、わたしの中に負い目があるからで。


まだ実感のないもう一つの命は愛しいはずなのに。大好きな、愛している人とわたしの遺伝子から生まれた命なのに。


そう考えたら負い目を感じていた自分がとても情けなく恥ずかしかった。産みたい。神様が巡り合わせた、かけがえのない命。誰がなんと言おうとこの世界に迎えたかった。





「ねぇ、はじめ。わたし産みたい、産みたいの。はじめはいやでも、わたしにはこの命を手放すことなんて出来ないわ。…産みたいの…」





再び視界が歪んだ。悟られないよう俯いたけれど無駄だったかも知れない。泣けばよけい彼は言葉を出しづらいだろう。



いつも、どこか完璧に出来ない。



ポンと肩に手が乗った。見上げれば、困ったような、泣きそうな、でも嬉しさも混ざったような曖昧な顔。次に発される言葉が怖かった。





「…嫌なわけないじゃないですか」





降って来た言葉は予想外のものだった。





「あなたとの子供を、どうして嫌がる必要があるんです、そんなの嬉しいに決まっているでしょう」





そう言って、普段は見せない、飛び切りの笑みを浮かべた。歪んだ視界はそれすらも飲み込んでゆく。ポタリと一粒、滴が落ちた。それはあとからあとから引きずられるようにいくつも落ちてゆく。


そっと肩を引き寄せられ、抱き締められた。いつもよりか少し、優しく。耳元で囁かれた言葉に、よけい涙が零れた。





「ありがとう」
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