耳元でしゅわしゅわと音を立てて弾けて行く泡沫。やんわり温かな液体がたゆたいくすぐったく肌を包む。積乱雲のように山になったいくつものシャボンの隙間から爪先を少しだけ見せると、泡の下とは打って変わって、冷房のきいたひんやりとした空気が掴みとる。バシャンと思い切り拳を叩き入れれば、その部分から泡ごと波打ち波紋を作る。はっきり言って、こんな贅沢で気持ちの良いバスタイムなど初めてだ。早く出ろと急かす母の声もなくて、自宅の倍ほどありそうなバスタブで、ザバザバ音を立てながら湯を張ると共に泡を生み出す。柄にもなくリンパマッサージなんかもしたりして。わたしだって女の子、こんな状況が揃えば鼻歌も歌いたくなる。

思い付くままのでたらめなメロディが気分良く飛び出したかと思えば、すばやくそれを遮るような神経質な声。


「**」


コンコンっと2回、小さなノックも一緒だ。


「なにぃ?」
「何、じゃありませんよ。一体いつまで入っているつもりですか」
「良いじゃない別に。今日沢山歩いて疲れてるんだから」
「それにしたって限度というものがあるでしょう」
「まだいいでしょ?」
「早く出てきなさい」
「えー」


口を尖らせると、鍵をかけ忘れていた扉が勢い良く開かれた。


「ちょっと!はじめちゃんのエッチ」
「…あと10分。いいですね」


それだけ言い残すとまた先程よりも勢い良く扉を閉めた。

渋々バスタブから上がるわたしはこっそりと頭の中で考える。そんなにわたしに早く出て来て欲しかった?そんなに待てなかったの?そうたずねたら、彼は一体どんな表情を見せるだろう?

バスローブに身を包み、わたしは扉を開けた。


「ねぇ、そんなにわたしに早く出て来て欲しかった?そんなに待てなかったの?」
「…」



返事は無言で寄せられた唇の熱さ。
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