ダンッ





キンと耳の奥に走る響鳴。背中に感じる堅さと冷たさ。押しつけられた肩が少し痛い。顔をしかめた。







「っ…離して」







漸く、ためらうように吐き出した言葉は思っていたよりも細く弱々しかった。視線も床のタイルを彷徨う。





灯りもつけずただ夕陽の強さに凡ての光源を委ねた部屋は薄暗く、影が深く落ちる。机の脚一本一本までくっきり伸びた影が互いに交わりあい、関数を思わせる。頭の後ろが熱い。陽光とは反対に顔を背けた。自分と彼と、二つの人影が、綺麗に整備された直線を崩すように覆い被さっている。陰った部分は深く濃く、朱と闇のコントラストがまるで現実ではないもののように感じた。





押しつけられた肩はジンジンと身体中に響くように痺れている。勇気を振り絞って発した望みは彼には届いていないらしい。もう一度、望む。







「…離して」





先程よりは少し大きな声で。


ゆっくりと息を吸う音が聞こえた。片方の耳だけに聞こえたそれはくすぐったさと共に緊迫感を煽る。







「離して、だって?」







低くじわりと響く。重音機のような振動が頭のてっぺんから降り注ぎ、足先まで伝わる。聞き慣れているはずなのに、何故かそれは身体中に緊張をもたらした。きゅっと身体全体に力が入る。それを見極めたように、肩を掴む手にさらに力がこもった。







「離してだって?」

「…」


「ふざけるな!」









今まで聞いたこともない言葉、口調、声音。あまりの驚きにビクリと筋肉が収縮した。思わず背けていた視線も彼を向く。綺麗に整った顔が、今は怒りでしかめられていた。怒った顔すら美しい、冷静に考える自分がいた。その怒りに満ちた瞳の中に吸い込まれる。しかしそれはよく見知ったものではなく、目の前の人物はわたしの知らない人だった。









「**を手に入れるのに、一体今まで僕がどれだけの思いをしてきたかわかってるのか?!**を手に入れるために一体どれだけのものを壊して、捨ててきたか!この僕が!**は何もわかっちゃいない!」







ダンッと、肩を押しつけていた拳が壁に叩き付けられた。背を伝ってその強さがわかる。小さく息を飲んだ。






「はじめちゃ…」






怖々と名前を呼ぶ。はたかれるのではないかと、突き飛ばされるのではないかと、恐怖は数え切れないほどにあった。だけど、それをも凌ぐほどに、彼のことが好きだった。






視界が陰る。殴られると思った。



思わずぎゅっと目を瞑った。刹那。









噛み付かれたのかと紛うくらいのキス。互いの歯が、頬が、舌がぶつかることも気に止めず、ただ獣のように、本能に支配されたように、貪った。肉を引き千切るライオンをも思わせるくらいに。









パタパタと透明の液体が音を立てて床へと落ちる。荒く上がった呼吸が、秒針よりも数倍も速く、室内に響く。





真っ赤な光に照らされる彼の顔は半分しか読みとれない。半分は闇に隠れていて、まるでわたしの知らない世界を繰り広げているようだ。朱に染まる顔は、それが夕焼けのせいなのか怒りのせいなのか、それともどちらともなのか、もはやその区別さえつけられなかった。ただわかることは、今までにないほどに、本気で、生身でぶつかってきていることだけだった。







グイッと彼がワイシャツの袖で口元を拭った。







「…やっと手に入れたんだ、絶対に離しなどするものか」









静かな室内に緊迫した空気の音がこだましていた。

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