「寒い!絶対寒い!」





9月も残すところ数日、夕陽の色も段々と変わって来た。藍の空は透き通った群青色に衣替えする。しかしまだ照り付ける日差しは雲を介さなければじりじりと滲み寄るような暑さだ。風の冷たさと陽の熱はとても矛盾している。しかしわたしにとってそれほどの熱は大したことない、むしろ足りないくらいだった。





「何を言ってるんですか、まだ十分暖かいでしょう」





腕を抱えて縮こまるわたしの隣りに並ぶ彼は薄い制服のシャツ一枚をなんなく着こなす。寒さや暑さには弱そうに見えるのに意外と強いらしい。やはりそのあたりはテニスをしていただけのことはある。



ピンと張ったシャツの襟が悔しい。まるで何も荒が無いと主張しているようだ。奥歯をきゅっと噛み締めたが肌に突き刺さる寒さは和らがない。すんと鼻をすすった。





「ほら」





ふわりとかかる声と温もり。肩にパサリと少し大きな、わたしのそれと同じ色のブレザーがかかった。きれいにプレスされたそれはもちろん彼のもので。





「え、これ…」





肩にかかるブレザーをどうしたものかとあたふたしていると、彼は小さな溜め息をついて、





「あなたが寒がると思って持って来たんです。あなた寒がりなのにいつも薄着でしょう、寒がりなんですから一枚多く着る努力をしたらどうです」





おこごとのように口を出る言葉も、その声音で丸く和らぎ、甘く包む言葉に変わる。





いつもだ。いつもいつも言い返そうと思うのにその少し低く柔らかい声に何も言えなくなってしまう。そしてただ漏れる吐息だけを許すのだ。





「むぅぅぅ…」

「はい、わかりましたね。じゃあ帰りましょう」





そっと手を取られた。あまりにも自然すぎて、ときめくよりも先にその美しい動作に見惚れた。踏み出された一歩。





夕陽に染まる空が二人を包んだ。

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