部屋は雲間に遮られた陽光が少し入り込むだけで薄暗かった。





試験のおかげで午後になってすぐ、わたしたちは夏休みを迎えた。夏休み特有のハイトーンの話し声や、それに合わせるように鳴く蝉の声、太陽のそれに混ざったプールの塩素の匂い。凡てが夏休みを総称していた。



そんな教室を飛び出し向かった先は、彼、観月はじめの部屋。寮内の一室だ。本来ならば寮生は一旦実家へ帰らなければならない。そして規則通り全員が実家へ帰る。ただ一人、彼を除いては。



彼だけはあと一日、滞在することになっていた。何故なら。そう、彼は新幹線の切符を買い損ねたのだ。試験に集中するあまりおかしたミス。いつも完全装備の彼がそんなミスをおかすなんて、意外と可愛い面もあるんだと笑った。堪えきれずに肩を震わせると、彼は唇をとがらせ、とても不機嫌な声音で、





「…笑うことないでしょう」

「だってはじめがそんなミスするなんて…」

「…悪かったですね。僕だってミスくらいします。それより**」

「はい?」





拗ねた声から一転、含んだような、嬉しそうな、しかし緊張を隠せない声。わたしのすっ頓狂な返事をきくと、すっと息を吸い込み、







「明日、僕の部屋に来ませんか」







そっと耳元で囁かれる。吐息を感じるほど近くで囁かれ、わたしは一気に体内温度を上昇させた。固まったまま瞳をぱちぱちさせていると、彼はそれを肯定と取ったのか、満足そうに微笑んで足軽に帰って行った。それが昨日の話。






教室を飛び出したのが数分前、今、約束通り彼の部屋が目の前に広がる。



薄暗い中、灯りもつけずに彼は颯爽と室内に入る。学生鞄を机の上に無造作に投げる。





「…そんなところに突っ立って居ないで、上がったらどうです?」





玄関に立ち尽くしたままのわたしを見兼ねて声をかける。その声はなんだかいつもより、低く掠れて男性的な雰囲気を醸し出す。ドクリと心臓が跳ねた。





「…お邪魔、します」





ようやく紡ぎ出した言葉と共に一歩、その部屋に踏み入れる。フローリングの硬い感触が緊張をさらに高める。靴をそろえて振り替えると、彼が細く整った指をネクタイに引っ掛けていた。そのままシュルシュルと軽い音を立ててネクタイは外れ、ベッドの上にパサリと落ちる。彼はおもむろにシャツのボタンに手をかけ、しなやかな手つきでそれを外して行く。目が離せなかった。彼のその美しい手つきも、普段見られない男らしい仕草も、凡てわたしの感覚を捕らえて離さない。息を飲んだ。




3つめのボタンを外し終わった時、彼はわたしの視線に気付いたのか、





「どうしました。何か、珍しいものでもありましたか」





開いたシャツの隙間から、喉仏と鎖骨が露わにのぞき、ちらりと胸板が視線を掠める。



不意に歩み寄ってきた彼は、その長く伸びた指でわたしの顎を掬い取る。










「…それとも、いけないことを、したくなりましたか?」










何も言えなかった。


身体中の神経が彼の触れる顎先、視線の掠める首元、なによりじっと見つめるその瞳に、吸い込まれるように集中した。熱の上がった頬がほてる。



何も出来ずに居るわたしに満足したのか、彼は嬉しそうに微笑んだ。それさえも愛しい。







ゆっくり近付く彼の鼻先。自然に閉じゆくまぶた。反するように落ちる、噛み付くような、キス。漏れる吐息すら疎ましくて、二人、息も出来ないほどに強く求めあった。






薄暗い室内に、求めあう音だけが響いていた。
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