「すっごい、バケツをひっくり返したような雨」 ザアザアとしきりに音を立てて落ちる雨粒を見ながら誰と無く呟いた。窓ガラス越しに見る雨はパチパチとガラスに容赦無く当たり、表面を伝って滝のように流れる。 「…外、出ようか」 ソファに座って本を読む彼に誘いかけた。もちろん答えはわかっている。 「…何を言ってるんですか、外は大雨でしょう」 手元から視線を上げてこちらを見るその目には呆れの色が混ざって居る。 言葉を返すこともなく見つめあう。それはまるで瞳だけで会話をしているように。先に目を逸らしたのは彼だった。いかにも、"馬鹿馬鹿しい"そういった空気で、また手元に目線を戻した。 そんな彼を見て、どうしてか、わたしはとても抗いたい心地に襲われた。 迷うことなく部屋を飛び出す。靴も履かずにしきりに降る雨の中へ飛び出した。地面に叩き付けられるはずだった雨粒がわたしの髪や肩や手に落ちて来る。顔を上げるとまるでシャワーを頭から浴びるように水が頬を伝った。しばらくそのまま目を閉じ身を任せる。 「!何してるんですか」 飛び出したわたしに気付かないわけはなく、彼は叫んでわたしの後を追う。ためらうことなく踏み出されるその脚をじっと眺めて居た。着実に近付くその存在は、わたしと同じように頭から雨を浴び、自らも絶え間なく雫を落としている。 「早く中に入りなさい」 そう言い腕を掴む彼の掌は濡れていて冷たい。普段より、少しだけ。 もはや引きずるようにわたしを連れて家の中へ入った。パタンとドアが閉まる。二人ともボタボタと水滴を垂らし玄関に水溜まりを作り始めていた。 「…まったくあなたは…」 溜め息と共に紡がれる言葉は呆れを通り越して僅かな苛立ちが混じる。見るまでもなく、眉間にしわが寄っていることはわかっていた。 「早く着替えてくれませんか」 外へ飛び出したことを咎められるかと思っていたわたしに降りかかった言葉は予想外のものだった。 「え?」 思わず間の抜けた返事をする。すると彼はわたしから目を逸らして、少し、頬を赤らめながら、 「…目のやり場に困るんですよ」 見下ろすと雨に濡れたシャツは地肌も下着も透かしていた。それはぴっとりと肌に張り付いていて艶めかしい空気を醸し出す。しかしそれは彼も同じだった。 「はじめだって」 「僕は男だから良いんです。あなたは女性でしょう」 言い返せば性を理由にあしらわれた。普段は頭からずぶ濡れになることなど厭うのに。 「変なの」 ぽそりと呟くと、 「おかしいのはあなたです。もういいから早く着替えて下さい、このまま理性を保つ自信ありません」 顔を逸らしたまま早口でまくし立てられる。濡れた前髪の影に隠れて見えない彼の顔を見つめながら呟いた。 「…良いよ好きなようにしても」 「?!」 飛び跳ねるようにこちらを向いた彼の顔には驚きと戸惑いが隠されることなく表れている。彼のこんな表情を見るのはとても珍しい。 「いいよ」 どうしてそう言ったのかはわからない。ただ気付けばわたしの口はそう紡いで居たのだ。 訝るような視線を寄越したあと、ためらいがちに彼が呟いた。 「…そんなこと言うと、本当に襲いますよ」 わたしははっきりと答えた。 「どうぞ?」 それが合図だった。 噛み付くようなキスが落とされ、強く強く吸われる。顔を抱え包み込むその掌に自分のそれを重ねると、より一層強く吸われる。 互いの湿った髪から雫が落ちるのも気にせずにわたしたちは唇を重ねあった。 |