memo | ナノ

図書室の妖精さんの話

 かつて邪眼と呼ばれた伝説の忍が居た。
 
 
 忍術学園に彼がやってきたのは、今の六年生が入学する少し前の頃である。

 邪眼は恥ずかしがり屋が高じて忍者になったお方である。ただその才は圧倒的で、マす腕(マジで凄い腕)の戦忍として名を馳せた。
 彼を二度見た者はいない。皆殺されるから。そしてその死体は尽く眼を潰されている。界隈では「邪眼」と呼ばれるようになり、マジに恐れられていた。
 その悪癖について、同僚たちは、快楽ではなく「人に見られるのが恥ずかしいから」という強迫的な理由からくるものだと知っていた。だからこそ、なおさら心底ドン引かれていた。だって、声をかけたスカウトマンの眼窩にすらクナイを突き立てて「恥ずかしいィ……!」と泣きごとを言うのだ。恐ろしいことこの上ない。
 索敵即撃の邪眼はその名を轟かせ、浮名とウラハラに彼の衆目恐怖は悪化し、静穏を取り戻すため更に敵を殺す。地獄のループは既に始まっていた。

 そんな邪眼が初めて殺せなかった男が、大川平次渦正である。この頃の邪眼が所属していた忍者隊はもう、マす腕のヒステリアをどうやって扱えばいいのか困り果てていたから……そこに目をつけた大川平次渦正に、スカウトされ、忍術学園の先生として引き抜かれることとなった。人の目を気にしてばかりいた修羅は、教育者として生き直す機会を得たのだ。
 しかし、自我に強烈にくい込んだ恥ずかしがり屋が一朝一夕で治るわけもなく。人と目が合えば片っ端から潰して生きてきた鬼神にとって、人付き合いというものはどんな忍務よりもずっと難しかった。コミュニケーションにめちゃくちゃ難があり、反射的に顔を狙ってクナイを振るってくるので、経験豊富な先達忍者達としかマトモに相対できない有様である。
 彼は担任を持たず、まずは手慣らしとして図書委員顧問の業務を宛てがわれた。
 
 「詩と花とぼうろを愛する妖精たちの小部屋※ただしヒグマがいます」と呼ばれる現在からは考えられないが、当時の図書室はマフィアの秘密銀行であった。蔵書の一部を四角くくり抜いて、そこにブツを――教師に見付かったら絶対没収、死すら生温い説教折檻が免れない違反物を――隠し、迷路のような秘密書庫にシズシズと収める貸金庫だ。委員会の皮を被った最低最悪のブローカー共である。不正な金も学園規範で禁止された火薬も国際法に違反する生物兵器もあの子へのラブレターもなんでも預けられた。
当代の図書委員長が定めたルールは、「返却図書」の中身を委員が確認することはない、たったそれだけ。委員が知っているのは割符で示された本がどこにあるか、それのみである。迷路のような禁書庫にズラリと並ぶ似たような本の数々からお目当てのものを見つけるのは、委員以外には困難だ。できないとは言わないが、できるまでに巡視の図書委員に見つかるリスクがあまりにも大きすぎる。図書室とはつまり、本を借りて読む所ではなく、貸金庫であり密売の最前線であった。
皆の秘密がたくさん詰まった爆発物であったからこそ、仮初の永世中立地帯として皆が武器を下ろす事を約束し、つかの間の安住と安くない手数料を入手でき、ようやく新刊書籍が満足に買えるようになった――これが、「図書室ではお静かに」の成り立ちである。

 何故こんな惨事に至ったかと言うと……当時の会計委員は今のように予算表を見比べて配分するなんて清く正しく公正なことはせず、各委員長がステゴロで勝ったヤツから順番に予算をブン取れる仕組みであったのだ。何故って、当時の会計委員長は、強い男たちが金を求め血しぶき上げて醜く争う姿が三度の飯より大好きなお方だったから、それだけだ。即ち、一番強い委員長のいる委員会(当時はちゃんと委員長がいた火薬委員会)が総取して終わりである。
 当時の図書委員長は、今の仙蔵よりも小柄で細身なお方、つまりは知能犯だったので、こんな馬鹿げた祭りで体力を削ることはせず。「悪を隠すには本の中」という有償サービスを提供し、新刊書籍代・裏金代・武装代・火薬代・委員幹部らのヘソクリ代に当てていたのだ。とんだ蓄財テクである。当時の委員長の趣味が混じってないとは言いきれない。
 
 邪眼はそういう図書室の運営には一切興味がなかったので、忍たま達のいない時間を見計らって蔵書を整理したり、抗争で出た死体を回収したり、新刊を買い足したり、血しぶきを掃除したり、季節の花を飾ったりしていた。彼は人目が無ければどこまでも穏やかに過ごせるので………。返却図書を指定の棚に戻したり、延滞図書の確認をしたり、そういう単純労働がセラピーとして機能したのもある。邪眼人見知りは、人と目が合っても「恥ずかしいぃ……!」と言いながら自ら物陰に隠れるくらいまで改善した。人に己を認識されても殺そうとしなくなったのだ、つまり、誰も害しなくて良い、忍術学園図書委員会顧問・松千代万としてのセカンドライフを送るようになれたのだ。
 なお、邪眼は司書の仕事を誰にも……図書委員長にすらバレずにやってのけていた。顔を見られたら殺してしまう危険性を孕んでいたからだ。いくら優秀でもたまご達の眼を眩ませるのは簡単だ、なんせ彼はどんな難敵であろうと必ず眼を潰していたマす腕の戦忍であったので。
 いつの間にか手付かずの業務が終わっていることについては……この頃の図書委員達は永世中立にあぐらをかいて夜通し金勘定ばかり、危機察知能力が著しく落ちていたから……誰かが、「聞いたことがある。海の向こうには夜になると仕事を終わらせてくれる妖精さんがいるんだ……」と呟いたことから、都合のいい妄想を作り立てていき………「忍者学園の図書室には物静かで心やさしい妖精さんがいる」という学校の怪談が派生したのである。チャンチャン。



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