十二国記パロで王さま赤司と麒麟降旗




雪が降っていた。どこまでも灰色に澱んだ空から、静かに雪は降り積もる。

窓硝子に這わせた掌の温度が奪われて行く感覚が、何故だかとても愛おしい。外界の温度に触れて冷たさを伝える窓は唇から溢れた吐息で白く曇る。音も無く世界を染めてゆく白に、もどかしさと痛みとが混ざり合った感情を噛み締めた。見る分には美しい、白い花。しかし世界は其れを畏れ忌み嫌う。現実味を帯びた恐怖の象徴。十二ある国の北方に位置する己の国は一年の半分が寒さに支配されている。中でも年が開けたばかりのこの時分は雪が完全に世界を覆っていた。真白い雪は生きる物全ての息を止めにかかる。か弱い命しか持たない人間は身を寄せ合い、必死にそれに耐えるしかなかった。

(こんなに綺麗なのに)

窓越しに白の世界を見遣り、自嘲気味に笑えば無意識に過去が溢れ、心の中で外へと吐き出す事のできない感情が小さく燻った。幼い頃はこの様に豪奢に暮らすこともなく、暖かな炎が絶えず身の側にあることもなく、唯々ひもじいだけの冬だった。沢山いた兄弟と痩せ細った身を寄せ合い、必死に暖をとった。己達に重税を課し、その挙げ句死んでいった王を恨みもした。それがどうだ、今では僕自身が王ではないか。

登極して数十年、あの痩せ細った大地は回復した。民に、街に活気も戻った。妖魔も、この国には寄り付かなくなった。自惚れではなく、明白なる事実として己には王たる才があったと赤司は思う。思えば幼い頃から頭は良かった。家が貧しく大学に通う事はできなかったが、小学には先生の好意でこっそりと通わして貰っていた。一をきいて十を知る。その先生は赤司の事をそう評した。また赤司が貧しさ故に大学に通えない事を酷く嘆いた。しかし赤司にはそんな事はどうでも良かった。どうせ官吏になった所で国は変わらない。何時の世も愚かな王が愚かな政事を繰り返す。人の歴史とはそんなものだ。どこか諦めに近い感情でそう思っていた。新王が登極する度に喜び、そして終いには絶望する他の村人たちに憐憫の情さえ抱いていた。しかし、それと同時に赤司の胸底で激しく燻る熱があった。じりじりと身体の内側を焦がす熱は決して喉を通り言葉となることは無かったが、その炎は消えることなく常に胸の奥底に灯っていた。

(僕なら、)

僕が王ならば上手くやれる、確信に近いそんな欲望があった。

「王、」

唐突にそう呼ばれて振り向けば己の麒麟が其処にいた。字は光樹、と名付けた。神獣、という名からは程遠い、平凡、と形容する他ない彼は、彼こそが僕を王位に据えた麒麟である。

「なんだい、光樹」

過去から急に呼び戻され、未だ十全に働かない頭で言葉を紡げば、光樹はいいえ、と何処か怯えたように応える。

「ただ、あまり御体を冷やさぬ様…」

消え入りそうな声色でそう紡いだ彼の恐縮しきった様が可笑しくて、僕は何時になく素直に「わかったよ」と告げた。その言葉に驚いた様に光樹は顔を上げた。満面に浮かぶ安堵の色に少したじろぐ。

「まったく、愛されているね、僕は」

小さく呟いた声は彼に聞こえるはずがない。未だ雪の降り頻る庭を見て、僕は瞼の裏に春が来るのを思い描いた。









箱庭の雪