全てを捧げて仕舞いたいと思える程に彼は美しかった。新雪よりも真白い肌、猩々の血よりも紅い唇、夜よりも暗い瞳。身のこなしは何よりも軽やかであったし、時折見せる憂いに満ちた表情がまた何とも言えなかった。

真実、そうして俺は彼に全てを与えた。甘い菓子も輝く金銀も地位も名誉でさえも己の力の許す限り全てを彼に与えた。そうすれば彼が喜ぶと思ったのだ。気分はもう恋人、いや神に供物を捧げる人の様な心境であった。それなのにどうして。

「何故、貴方は俺を見ない」

いや正確には彼は俺を見ていた。比喩を含んだ意味ではないとすれば、だが。黒檀の双眸は冷たい侭に俺を見下ろしていた。彼の部下に刃を突き付けられ、床に転がり無様を俺を文字通りに見ていた。

「何故?」

彼の唇が心底意味がわからない、とでも言いた気に言葉を溢す。ああ、その様までもが狂おしい程に美しい。もはやその美しさは、罪だ。人の理解を遥かに越えている。

「そうだ!俺は貴方に全てを捧げた!地位も!名誉も!全てを!」

声を張り上げる。そうだ、彼に理解して貰わなくてはならない。俺のした全てを。全てが彼の為だとわかったならば、彼はきっと俺を許すだろう。或はありがとう、と微笑んでくれるに違いない。

「汚職に手を染めて迄か」

しかし、あくまで彼の声は冷ややかだった。その双眸は少しも揺るがない。

「仕方が無いだろう!全ては貴方の為だ!」

「そんな汚れた物貰っても俺が困んだよ」

一声。彼の吐き捨てる様に呟いた一言が俺を愕然とさせた。汚れた物、そうだ、正にそうだ。ああ、俺はなんと言う間違いを犯して終うところであったのだろうか。一点の曇りも無い彼に、他ならぬ俺自身が傷をつけるところだったのだ。

「連れて行け」

頭上から降る彼の言葉がどこか遠くに感じる。俺のしていた事全てが彼に害悪を為す行いだった。彼が拒絶をしてくれて救われた。俺は無意識のうちに、自らの腕で彼の美しさを汚すところだったのだ。




醜く肥太り、錯乱した様に或は恍惚した様に喚く幕閣はある意味幸せであったのかもしれない。連れて行かれた幕閣を尻目に彼が呟いた言葉を聞かずにすんだのだから。

「お前程度が与えられる物何てな、たかが知れてんだよ」

そう心底憐れんだ様な彼の言は、彼の為にと全てを捧げた幕閣にとっては酷であったろう。あの幕閣は知らなかったのだ。己以上に地位も名誉も権力を持つ輩が、同じ様に彼に全てを捧げている事を。そうして彼はその全てに辟易している事を。

「いくぞ、山崎」

向けられた背を追うように俺は駆け出す。彼は、この美しい人にとっては他人から全てを与えられる事が当然なのだ。それさえも気付けなかった彼等幕閣を哀れにおもった。







まがいもの