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「可哀想に、」

思わず、言葉が口をついた。彼女の顔にかかった髪を指先で避けてやる。その時に皮膚を擦った部分の泥が払われて白い肌が顕わになった。北の魔女の娘らしく、白雪のような肌色。すん、と鼻を鳴らしても彼女自身からは血の臭いはしなかった。そのことに、少しだけ安堵の息をつく。彼女は折檻はされていなかったのだ。きっと傷付けることが目的ではなく、食すことが目当ての人間に捕まって仕舞ったのだろう。

(これだから人間は、)

低劣なのだ。下劣なのだ。人間ごときが物ノ怪を喰らおうともその力を得ることなど不可能だと云うのに。せいぜいが死に絶えて、運が良ければ物ノ怪とは到底言い難い奇形へと姿を転ずるだけだ。彼女からは微かな心臓の音がする。とくり、とくり、とか細くも脈打っていた。未だ、生きている。彼女を一度、比較的綺麗な骸の上へと汚濁を避けて横たえた。身体をぶるり、と震わせる。力が身体中を駆け巡っていく。脚に腕に。そうして、僕自身が本来の姿へと戻った。大きな狐の姿。前足にぐ、と力を入れると上半身を傾けて先程骸の上へと横たえた彼女を口に銜えた。よく猫の母親がする様に優しく、牙を立てないようにして泥濘を蹴る。獣の姿になれば跳躍も容易い。風が耳元を掠めて行く。草原を駆け、山を登り一路自身の縄張りへと急いだ。








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