金剛石の行方(吸死/ロナドラ パロ


メンタリストパロ 1st 4

閑静な高級住宅街を大型のSUVが走る。ゲートで外界と分けられたコミュニティの、大きな屋敷達は一軒一軒の感覚が広い。間の植え込みは綺麗に手入れされていた。ロナルドはFBIから事件解決の為にこの街に派遣されてきた捜査官だ。助手席に座る男はドラルク。一分の隙もなく撫で付けられたオールバックに、重たげな二重の、毒のように赤い瞳。首を彩る真っ白なクラバットタイは一目で高級とわかるそれで、細い腰に合わせた黒く光るベストは育ちの良さを伺わせた。実際、彼は名家の出だ。彼の一族は国の中枢すら動かせると言われる程の強大な力を持っていた。そんな彼が何故FBIと並んで車に乗っているかと問われればロナルドの過去の失態所以に他ならない。遡ること約1ヶ月前、凶悪犯の逮捕にドラルクがその頭脳、正確にはゲーム脳で、力添えをした事から始まる。そして悪事を暴かれた凶悪犯が車で逃走を図り、それをドラルクの所有する車で後を追ったのだ。過激なカーチェイスの後、犯人の確保に至ったが、ドラルクの車は大破炎上。遅れて他の警官と共に駆け付けたドラルクは楽しそうに言った。
「いやー、謎解きと言うのは面白いものだね。ゲームをやってる様で楽しかったよ。それにしても私の車がめちゃくちゃじゃないか」
「イヤ、ソレハデスネ…」
ロナルドでも知っている、超高級車のエンブレムがついた車はいったい幾らするのか検討もつかなかった。炎を挙げて燃える車を背景にドラルクは笑みを湛えて、冷や汗を流すロナルドを見つめている。ウキウキとしたその表情にロナルドは嫌な気配を感じた。
「私も鬼じゃないさ。これからも私を楽しませてくれるなら、車の弁償などと俗な事は言わないよ。そうだね、今回の事件は面白かったな。次も参加させて貰いたい。なに、私がお父様に頼めば捜査に同行する許可など簡単におりるよ。肩書きはそうだね、コンサルタントなんて素敵だ」
そうと決まれば早速電話だ、とドラルクは鼻歌を歌いながらスマートフォンを操作して「お父様」に電話を掛ける。
「はい、お父様、私です。ええ、実は−−−」
その電話一本でドラルクはFBIにコンサルタントとして入り込んだ。そしてこうして今、捜査に同行している訳である。


 
SUVは住宅街の中で一際大きな一軒の家の前で止まった。門のところには既に警官が配備されており、ロナルドが警官バッジを見せると警官が門を開いた。車止めにSUVをつけると、ドラルクとロナルドはムーア邸に降り立った。白い二対のライオン像の横を抜け、白い門扉を潜ると担当らしい制服警官が話しかけてきた。
「FBIのロナルドさんですね、スミスです。こちらは…?」
「コンサルタントのドラルクです、どうぞ宜しく」
ドラルクは人好きのする笑みを浮かべて、態とらしい丁寧さでスミスに右手を差し出した。スミスはその手を握り返す。
「お噂はかねがね。投資家のムーア氏が昨夜から行方不明なんです」
スミスは話しながらロナルドとドラルクを階段の方へと導く。玄関ホールから吹き抜けになった階段の途中には大海原を描いた絵画が飾ってある。この家の主人は海が好きなのだろうか。ドラルクは興味深げに絵を覗き込んでいる。行くぞ、と短く言ってドラルクの袖を引っ張った。彼は大人しくついてきた。
「ムーア夫人と娘さんが帰宅した時すでに姿はなかったそうです」
案内された書斎は二階の奥、椅子は倒され部屋中に書類が散らばっていた。戸棚の下にまで入り込んでいる。鑑識が三人、床や壁の写真を撮ったり、指紋を取ったりしている。ここにもヨットの絵がある。ムーア氏はやはり海が好きらしい。
「身代金の請求はまだですが、そのうち来るでしょう」
スミスが続ける。ロナルドは応えた。
「逆探知の準備をお願いします」
「わかりました。おい、そこの君、本部から機材を持って来させてくれ」
スミスは部屋にいた警官に指示を出し、警官はそれに応えて部屋をでた。漸く部屋の物色が終わったのか、ドラルクがこちらにやってきた。スミスに尋ねる。
「侵入の形跡はあるのかね?」
「ありません、宅配などを装って侵入したのではないかと思われます」
それを聞いてドラルクは満足気に頷くと、続けて言った。
「ムーア氏はまだこの部屋にいる、と私は思うのだよ」
あまりに堂々とした態度のドラルクにスミスは一瞬面食らったような顔をして、それでも否定の言葉を綴った。
「そんなはずはありません。部屋には隠れる場所はありませんし、屋敷内は徹底的にさがしましたから」
ドラルクは薄く笑みをつくると、部屋を横切り、横倒しになっていた椅子を起す。鮮やかな花が描かれたファブリックの背もたれには赤黒い染みがついていた。
「まず彼はこの部屋で手酷い拷問をうけた」
それから数歩歩いて、床に落ちている黒い何かを拾う。大きさはスマートフォンくらいか。何だそれは、と聞こうとする前にドラルクが口を開く。
「暗証番号を言え、とね」
「暗証番号?」
ロナルドの問いにドラルクは答えない。
「ロナルド君、あそこの下に挟まってる紙を抜いてくれるかい?」
ドラルクが指さしたのは書斎の本棚の一つ。成る程、散乱した紙の一枚がその下に挟まっていた。ロナルドは身体を屈めると、その紙を掴む。引っ張ると紙は抜けず、簡単に千切れてしまった。
「書類が散乱した後に本棚を動かしたのか」
書類が本棚の下に入ったなら、当然抜くことも出来るはずである。書類の上に後から本棚を動かしたのでなければ。
「そう、隠し部屋でもあるのだろう。犯人が何かに気を取られてるうちに、戸棚を動かし、中に入った」
ドラルクは手元の黒い機器--数字の書いてあるリモコンを操作する。が、戸棚は動かない。何度か番号を押すが、なしの礫だ。
「開くのか、それ。警備会社にでも連絡したほうが…」
「まあ、待ち給え。こう言うのは部屋にヒントがあるのがゲームの定石だよ」
「ゲームってお前…」
部屋をうろうろと歩き回ったドラルクは一枚の絵画の前で足を止めた。大海原を行くヨットを描いた作品だ。
「これだな!おそらく彼の所有しているヨットだ。船舶ナンバーが…1950」
ドラルクの細く長い指がリモコンに番号を打ち込んでいく。すると、本棚がゆっくりと手前に開いた。ロナルドは中を覗き込む。貴重品を仕舞っておく用だろうか、幾つかの棚と金庫があった。そしてその中央に、Yシャツ姿の男が倒れていた。男は血の海に沈み、ピクリとも動かない。一目でもう事切れている事がわかった。彼がムーア氏だ。



抜けるような青空の下、一人の死者が地に返されようとしていた。ムーア氏は資産家だったこともあって、葬式には多くの人が集まっていた。ロナルドとドラルクは葬列の1番後ろでそれを眺めていた。
「ムーア氏の死因は拷問によるものじゃなかった。失血死だ」
「つまり、隠し部屋に入った時点ではまだ生きていた…犯人は拷問の目的を達成していないということだな」
視線の先には娘を傍に抱き、涙をハンカチで拭うムーア夫人がいた。その傍には上等のスーツを着た、背の高い男が寄り添っている。
「あの男は?」
「アドラム、ムーア氏の顧問弁護士だ」
ドラルクの問いにロナルドが答える。ドラルクはムーア夫人とアドラムをじっくりと観察している。そしてふむ、と顎に指を置くとその思慮を口に出した。
「夫人は彼、アドラムを恐れているか…何かを恐れる夫人をアドラムが安心させてるようにも見えるな…」
ぶつぶつと憶測を呟くドラルクに、ロナルドはいつものことながら感心してしまった。観察眼が鋭いとでもいうのか、ドラルクの予想はこれでいて当たるのだ。顧問弁護士が雇用主の夫人を恐れさせるとはーー中々に不穏な雰囲気を感じさせた。
そうこうしている間に葬式は終わったようだった。参列していた人々が散り散りになる。顧問弁護士アドラムもムーア夫人から離れて、人波の向こうへと消えた。それを待ってからドラルクとロナルドはムーア夫人に近づいた。
「ドラルクと申します。お悔やみを、夫人」
ドラルクが恭しく挨拶をする。こういう時のドラルクは場慣れしているとでも言うのか、妙に様になっていた。
「失礼ですが、貴方は顧問弁護士のアドラム氏との間に何か問題をかかえていらっしゃる?」
「なにを」
ムーア夫人は突然の不躾な質問に戸惑い、面食らったようだった。にっこりとドラルクは微笑んだ。
「もし、何かあるようならお力になります。連絡をください」




一両日中にドラルクの元にムーア夫人から連絡があった。会いたい、会って話したい事がある、と。忙しそうにしているロナルドにムーア夫人のところへ行くと告げて、ドラルクは単身ムーア邸を訪れた。メイドが応接間へと案内してくれて、出された紅茶をドラルクは啜った。すると柱の影から、くるくるとした金髪の小さい頭が此方を覗いていた。ひらひらと手を振ると、振り返され、女の子が出てきた。ムーア氏の一人娘だ。名はベティ。
「私のお人形みたい?」
「是非とも」
ベティの可愛いお誘いに、ドラルクは紳士的に応えた。こっちこっち、とベティは階段を登っていく。ドラルクはその後に続いた。ベティの子供部屋はピンクと白を基調とした、少女にぴったりの可愛い部屋だった。
「可愛い部屋だね」
「ちょっと前にパパが作ってくれたの。天井のシャンデリアも」
ベティの視線につられて天井を見れば、真ん中に硝子だろうか、キラキラ光る小振りなシャンデリアが掛かっていた。ベティは籠の中から幾つか人形を取り出して、人形の名前を一つ一つ教えてくれた。ドラルクが暫くそれに付き合っていると、ムーア夫人がやってきた。
「娘の相手をしてくれてたのね。ありがとう、ドラルクさん」
「可愛いお嬢さんですね。またね、レディ」
ドラルクがバイバイと小さく手を振ると、ベティも振り返した。
「またね」

ムーア夫人はドラルクをバルコニーへと連れ出した。広い庭が一望できる。ドラルクは早速用件を切り出した。
「何故私をお呼びに?」
「主人の葬式の時に貴方が力になると…」
「勿論です」
ムーア夫人の声は微かに震えている。ドラルクをわざわざ呼び出したと言うことは、身近な人--例えばアドラム弁護士にさえ相談できない内容と言うことだ。
「弁護士からきいたの。夫の投資は大失敗。うちは破産状態。預金もゼロ。私と娘に残されたのは莫大な負債だけ。この家も全部売らないといけない…」
この邸宅はとんだ虚栄の城だったようだ。しかしそれだけではドラルクを呼んだ理由には足らない。
「その上、夫には詐欺容疑がかかっていて、証券取引委員会に取調べられていたようなの」
「その事についてムーア氏からは何か?」
「なにも。夫は人間不信で、人を信じない一面があったわ…全部夫が死んで、アドラム弁護士から初めて聞いたの」
「秘密は誰にでもあるものです」
「それに隠し部屋まで…私には何も教えてくれなかった…」
「…それで、私に何か助けて欲しい事があるとか?」
ドラルクがそう促せば、ムーア夫人は首を少し振り、それから意を決したようにドラルクの目をしっかりと見据えた。
「夫は絶対何か隠している。隠し財産があるかも知れない」
それは願望からと言うよりは、何か確固たるものがある様に見えた。ムーア夫人の瞳は取り憑かれたかのようにぎらり、と光った。



FBIに帰ったドラルクは先程ムーア夫人から聞いた事をロナルドに告げた。早速ロナルドがパソコンでムーア氏の財政状況を調べると、成る程芳しくない様子だった。
「たしかにムーア氏は破産状態だった。IT関連の事業投資に失敗してる。ただ、2週間ほど前までは有価証券など1千万ドル相当があったようだ」
「1千万ドル!それは大金じゃないか。ムーア夫人が言っていた隠し財産はこれかな?」
「そうかもな。ムーア氏を拷問した犯人はこれを狙ってたのか。ドラ公、ムーア夫人は何か言ってたか?」
「何も知らない様にみえたよ、少なくとも私の目にはね」
カチカチとクリックをして、ムーア氏の個人情報を読み進めていく。国家権力の前では人はこうも丸裸にされてしまうのだ。ロナルドは目新しい情報を見つけて、声をあげた。
「ムーア氏は小型のクルーザーも所有していたらしい」
ロナルドの背後からドラルクが液晶画面を覗き込む。
「ふむ、隠し財産とやらを隠すには打って付けか…?」
「調べに行くしかねぇな」
「勿論だとも」
ロナルドは立ち上がり、机の中から出した銃を脇のホルスターに納めるとばさっと上着を羽織った。銃を持たない主義のドラルクは、上着だけを羽織ってロナルドの後に続いた。



マリーナに着くとすっかり夜は更けてしまっていた。小型のクルーザーが何艘も停泊している。桟橋を幾つか通り過ぎて、ドラルクとロナルドは目当ての場所を見つけた。鉄の格子をぎぃ、と開いて桟橋の上を歩き、クルーザーの横までやってきた。
「これだな」
ロナルドは懐中電灯を持った左腕の上に、ホルスターから引き抜いた銃を持った右腕を乗せて、突入の構えを取った。タラップに足をかけて、船内へ入る。ドラルクもそれに続いた。船内に昇ると、ロナルドは先ず上の操舵室へと向かう。ドラルクはそれを見送り、船室への扉を開いた。銃を持たないので、一応警戒しながら中へ入ると、船室は既に荒らされた後だった。備え付けのソファや机の上に書類やら、服やらが散らかっていて、引き出しは全て開けられていた。ドラルクがそれらに手を伸ばそうとした瞬間、鋭い声が響いた。
「だれ!」
声の方に視線を向ければ、船室の奥から女性が銃を構えて此方を見ていた。
「私は警察ですよ、お嬢さん」
両手をあげて、女性の方へ向き直る。歳の頃は20代後半か、ブロンドのロングヘアが美しい東欧系の女性だ。ブルーの瞳と銃口が此方を睨め付けて居る。
「銃を降ろせ、俺たちは警察だ」
戻ってきたロナルドが、ドラルク越しに女性に銃を向ける。懐から警察バッジを取り出して女性から見えるように掲げた。
「警察なら問題ないわ」
女性は銃を降ろし、その隙にロナルドが拘束する。
「ここでなにを探してたのかね?」
「ここは私の船よ!」
女性は声を荒げた。ロナルドは冷静に言い返す。
「登録者はムーア氏だけどな」
「ムーアは私の婚約者よ」
ロナルドとドラルクは二人して目を見開いた。そして顔を見合わせる。
「なんだって…?」



FBIの取調室で、ロナルドは「婚約者」だと言う女性と向き合って座った。
「名前はアンジェリーナだな。ムーア氏の船での窃盗、FBIへの凶器を用いた暴行罪で懲役15年が課せられるぞ。正直に話したら減刑もある」
アンジェリーナはロナルドの言葉など全く意に介してない様な素振りで軽く笑った。
「あんたみたいなボウヤにはなすことはないわ」
完全に此方を馬鹿にし切った態度を取るが、別に珍しい事ではない。自分の面子、見栄、或いはチンケなプライドが、彼らに虚勢を張らせるのだ。ロナルドははぁ、と溜息をついて、極めて事務的に訊ねた。
「仕事は?」
「ダンサー、モデル、女優…まあ、容姿を売る仕事ね」
「いつムーア氏と知り合った?」
「2年前よ。ついでに言うと奥さんとは分かれるって」
「船でなにをさがしてたんだ。船内をあんなにひっくり返して滅茶苦茶にする程大切なもんか?」
アンジェリーナが伏せていた目を此方に向けて、身体を少し乗り出す。
「一緒に逃げる為に彼が買った、一千万ドルのダイヤよ。船で一緒にここじゃないところへ、二人でいくつもりだった。…あの連中が、彼を殺したりしなければ今頃は……」
聞き捨てならない言葉が出てきた。
「あの連中?」
「教えるから帰らせてくれる?私は本当何も知らないのよ」
「わかった、解放する。街は出ないように」
「ナイトクラブではたらくクズ共よ。ドラッグや売春で稼いだ金をムーアが綺麗にしてた。きっとダイヤモンドを買う金もそこから」



金融犯罪は別の課が専門だ。ロナルドはアンジェリーナから得られた情報をもとにムーア氏のマネーロンダリング疑惑を調査してもらう様頼んだ。そして部下にアンジェリーナに見張りをつけるよう言いつけた。
「それにしても愛人ねぇ。陳腐な三文小説の様な展開だが実際に捜査に加わって、間近で観ていると中々どうして面白いじゃないか」
ロナルドの机の端に腰掛けたドラルクは右手に持ったティーカップを口元に運んだ。そのまま二口程啜ると、ぴょん、っと床の上に足をつける。
「ムーア夫人にでも会いにいってみるかな」
椅子に掛けていたコートを軽やかに羽織ると、ドラルクは車のキーを指で回しながら駐車場へと向かった。



ムーア邸に着いたドラルクを、ムーア夫人は快く歓迎した。光が十分にさす明るい応接室にドラルクを通すと、テーブルの上にティーカップを二つ置いた。
「サンズ氏は一千万ドルのダイヤモンドを隠し持っていた様です」
ドラルクが一息に告げるとムーア夫人は驚愕の表情をつくり、狼狽した素振りで
「探し出さないと…」
とうわ言の様に呟いた。手を口元にあて、何か思案する様にぶつぶつと呟き、キョロキョロと視線を動かした。そしてようやくドラルクの方を見た。ドラルクはその隙に質問をする。
「ムーア夫人、あなたは愛人の存在のこと、ご存じでしたか?」
ムーア夫人ははあ、と深く溜息をつく。
「薄々は。どんな人かは知りませんでしたけど」
「20代後半、東欧出身、ブロンドの髪に青い瞳が美しい女性」
「主人の好みだわ…ダイヤモンドは彼女が?」
「恐らくそうでしょうな」
ドラルクは嘘をついた。目下のところムーア氏の隠し財産である一千万ドルのダイヤは所在不明だ。眼前のムーア夫人はダイヤモンドのことで頭がいっぱいの様だった。視線が宙を彷徨っている。
「では、私はそろそろお暇させてもらいますよ。また何か新たな情報が分かり次第お知らせしましょう」




FBIのオフィスで、ドラルクはロナルドにムーア氏の愛人であったアンジェリーナに見張りを付けるように要請した。ロナルドも同じことを考えていたのか二つ返事で引き受けた。ムーア氏の隠し財産を狙った輩、もしくはムーア氏の余罪として吐いたマネーロンダリング件で狙ってくる輩もいるかもしれない。妥当な判断だ。
「それにしても、自分の妻にも愛人にも所在を知らせない隠し財産か…」
ロナルドが心底理解できないと言ったふうに言った。彼は正直な人間だから、ムーア氏の行動が理解できないのも無理はない。
「人間とは欲深い生き物だからね、最愛を誓った相手にさえも渡したく無い財産と言うのもあるのさ」
ドラルクは達観した表情で答えた。ドラルク自身の血族は珍しく祖父、父を中心に仲良く纏っていて、骨肉の争いなど滅多になかった。恵まれたものだよ、とドラルクは思う。その日はそのまま各自の書類仕事をこなして退勤した。



ドラルクの自宅はダウンタウンの中で一際高く輝く高層ビルのペントハウスにあった。一族の本家たる大邸宅は別にあったが、そんな屋敷に引き篭もるよりは、都会で刺激を全身に浴びたいと言う愉快犯的な思考から街中に居を構えているのだ。そうは言ってもドラルクは自他共に認める様にフィジカルにおいては最弱だ。セキュリティは万全の場所に住まなくてはならない。何重にもかけられたロックと専用エレベーターを使いペントハウスに帰ると、ペットのアルマジロ、ジョンが入り口まで迎えにきていた。ヌー、と鳴きご主人の帰宅を喜んでいるようだ。
「ただいま、ジョン。今日も良い子にしていたかな?さあ、早くご飯を用意してあげようね」
可愛い丸を抱き上げて、ドラルクはキッチンへ向かう。ドラルクはこう見えても料理が好きであった。女性よりも華奢な身体付きをしているドラルクは食べる事自体はあまりどうでも良い性質だが、作る事が楽しい、と言う。以前は振る舞う相手もいなかったが、FBIのコンサルタントに就任してからは同僚にその腕をふるい、お菓子などの差し入れもしていて、美味しい、と評判がすこぶる良い。今日はネットでレシピを仕入れたペット用のホットケーキをジョンに作ってあげる予定だ。パントリーから小麦粉、冷蔵庫からバターや牛乳、卵を取り出すと早速調理にかかった。下手くそな調子ハズレの鼻歌を聴きながら、ジョンはキッチン台の上でドラルクを応援している。ジョンがあまりに利口なので、ドラルクは時々ジョンが人間の言語を理解できているのではないかと思ってしまう時がある。
「さあジョン、出来たよ」
ことり、とリビングのテーブルに出来立てのふわふわホットケーキを置く。可愛いまじろのジョンは愛らしい仕草でささっとテーブルに登ると器用にナイフとフォークを握り、ぬー、とないた。ドラルク自身は食への執着は薄い方で、適当に作ったサラダをつまみみつつ、ジョンがホットケーキを食べるのを見守っている。そのうちにドラルクのスマホがコールを告げた。ロナルドからの連絡だ。タップをしてスマホを耳に当てる。
「なんだねロナルド君?」
「アンジェリーナに付いていた見張りが彼女を襲おうとした奴を逮捕した」
「成る程、すぐにそちらに向かおう」
電話は向こうから切れた。ジョンがこちらを何かいたいけな視線で見つめているが、遊びで手を出しているだけとは言え仕事は仕事だ。
「すまないね、ジョン。なるべく急いで戻ってくるからそれまで良い子にしていておくれ」
世界一のマジロはぬー、とないてドラルクの言葉がわかったかの様に優しい顔をドラルクに向けた。



「全て吐いた」
取調室の横の部屋でマジックミラー越しに不安そうに貧乏ゆすりをしながら所在なさげに椅子に座る男を見ながらロナルドはドラルクに言った。
「ムーア夫人の命令でアンジェリーナを襲ったそうだ。一千万ドルのダイヤモンドを彼女が持っていると思ったらしい。金で雇われただけ。前科持ちのチンピラだ」
「なるほどね、やはりムーア夫人か…彼女は夫の財産がもうないと知ってかなり焦っている様だった」
「今からムーア邸にいくが、お前もくるか?」
「勿論だとも、手を出した事件の終幕を見ずに置くなんて、そんな中途半端なことは出来ないタチでね」

ムーア夫人が逃走しない様にパトカーとロナルドとドラルクがのるSUVの車列はサイレンを鳴らさず静かにムーア邸の前へとやってきた。警官隊が裏口、窓、庭先へと回り込み、ムーア邸を包囲する。完全に包囲が完了したのを無線で確認して、ロナルドとドラルクはムーア邸の呼び鈴を鳴らした。玄関のドアを開け応対したムーア夫人は酷く狼狽し、焦っている様に見えた。当然だろう、一千万ドルのダイヤモンドを奪わせに行った奴とは連絡が取れず、警官が家を訪ねて来たのだから。しかし逃走を図ろうとしないと言うことは彼女も覚悟を決めた、或いは諦めていたのかもしれない。
「ムーア夫人、貴方の差し向けた実行部隊が全て白状しました。貴方を逮捕させていただきます」
ロナルドは黙秘権や弁護士をつける権利など、逮捕時のお決まりの口上を述べるとムーア夫人に後ろを向かせ、その手に手錠を掛けようとした。
「ちょっといいかね、ロナルド君」
ドラルクがそれを制止する。ロナルドは何だ?と視線でドラルクに言葉の続きを促した。
「君は知りたくないのかね?一千万ドルのダイヤモンドが何処にあるのかを」
「…!!!ダイヤモンドは本当にあるのね?!あの忌々しい女が持っているんじゃなければ何処に…!!」
ドラルクの言葉にムーア夫人は興奮して叫び、ドラルクに掴み掛かろうとしたが、ロナルドがそれを制した。
「それが此処にあるってのか?」
「勿論…そして私にはそれが何処にあるのか、もうわかっている」
自信たっぷりにドラルクは言う。まるで推理小説の探偵になったかの様に勿体をつけた物言いで。
「何処!?何処にあるって言うのよ…!?」
「それでは、一千万ドルのダイヤモンドの元にお二人をお連れしよう」
優雅な足取りでドラルクは歩き出し、ロナルドとムーア夫人はそれに続いた。メインエントランスの階段を登り、ドラルクは二人をムーア夫人の娘ベティの部屋へと誘う。ドアを開き、電気をパチンとつける。以前にも見た、ムーア氏が手づから作ったと言う小ぶりな可愛らしいシャンデリアがキラキラと瞬いた。ベティは丁度近くに住む祖母の家に預けてあるそうで、部屋には誰もいなかった。
「ベティの部屋…?私も探したけど何もなかったわよ!?」
「普通に探したんじゃあ見つからないでしょうな。ある意味での盲点にダイヤモンドはあったんですよ」
そう言ってドラルクは赤く塗られたマニキュアが光る指先を天井へと向けた。
「天井…?」
「惜しい、シャンデリア、ですよ。ムーア夫人。ムーア氏は一千万ドルのダイヤモンドで娘ベティの部屋のシャンデリアを作った。彼が本当に財産を残したかった人の為にね」
ドラルクがそう告げると、ムーア夫人は泣きながら崩れ落ちた。犯罪に手を染めてまで得たかったものがまさか自邸にあるとは思わなかったのだろう。ムーア夫人よりも愛人のアンジェリーナよりも、ムーア氏は娘のベティを愛していたのだ。ムーア夫人がひとしきり泣き終えるのを待ってロナルドは彼女に手錠をかけた。彼女が落ち着くのを待っていたのは彼なりの優しさだろう。
「ま、これで一件落着ってわけだ、ロナルド君」
ムーア夫人を待機していた警官に引き渡し、ロナルドの運転するSUVの助手席に収まるとドラルクは大きくのびをして眠たそうに欠伸をした。
「私は早々に帰らせてもらうとするよ、ロナルド君。君は面倒臭い事後処理を頑張ることだね」
SUVはFBIの事務所に向けて走り出した。窓の外では街並みが夜の闇に溶けて遠く稜線を作っている。










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