エクソシスト峰と悪魔黒子

エクソシスト峰と悪魔黒子


ふ、と目を覚ますと隣には誰もいなかった。冷えたシーツに、男は幾分も前に抜け出てしまったのだと知る。男の気質を表すかの様に殺風景な部屋、その中において唯一と言っていい程に存在を主張するベットに寝転んだまま、視線だけを巡らせば、窓枠に腰掛けるようにして、男はそこにいた。黒い詰襟の服、首から下げられた銀の十字架。窓硝子に凭れて、その大きく、けれど何処か繊細さを残す指先で男は、何か、本を頁を捲っていた。黒、というより紺の、革表紙に金字で飾られたそれは、聖書。悪魔たる己にとって、神の書物は忌むべきものだけれど、それ以上に男がそれ、を読んでいることに酷く驚いた。男は一応神の名の下に悪魔を伐ち、滅し、殺す、エクソシストを生業としていたけれど、普段の言動からはとても信仰心なんて欠片さえも見出だせなかったから。耳なりがする程に静かな部屋には、男が紙を捲る音だけが響く。いつになく真剣な深海の瞳は、唯文字を追う事にのみ集中していて、刀を手にした時とはまた違う、ある種の神聖さを孕んでいた。触れれば消えて終いそう
な、雪の様な。

「神を、信じているんですか」

喉から、掠れた声が漏れた。引きつった様な気がしたのは、部屋の空気が肺を刺す様に冷たかったからか、悪魔が神の名を唇に乗せたからか、それとも。男は、ふ、と顔を上げて此方を見た。その様は最早、一瞬前の見失いそうなそれではなく、常の世俗にまみれたそれであった。

「そりゃあ、悪魔がいるってんなら、神サマだっているだろうよ」

男の唇が、意地の悪い形をつくる。そして、甘美な低い声音で歌うように、言葉を紡いだ。「神は乗り越えられる試練しか与えないーじゃあ、悪魔との戦いは俺等に乗り越えられるモノなのか」ぱちり、と瞬きをする。寝転んでいた上体を起こす様にして、男の顔を、瞳を正面から見据えた。

「それは、否、でしょう」

悪魔の力に、魅力に、人はあまりに無力だ。男の様に抗う術を持つ者も、一握りに過ぎない。

「そう、俺は、神の存在は信じても、その万能性は」

信じない、聖書を閉じる音と共に、最後の一つを言い切った男の声は不思議と部屋に響いた。
(god will not let you be tempted beyond what you can bear)

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