My Dearest | ナノ
My Dearest
No.25 終焉を紡ぐ幻想



当たり前のこと
          変わらない日常


でもそれはあの日から変わった
          あの日、彼に出逢った時から


流れる刻に身を任せて
          いつしかその波の一部になって


それが当たり前になってたんだ
          現実から目を背けて


いずれそれと向き合うことになる
          まるで互いに反射し合う鏡のように


でも今はまだ気づかない
          その沼の様な“シアワセ”に浸かっているから


そう・・・・シアワセ
          そう、“死合わせ”





移ろい行く現世。幻想とは、儚くも愛おしい泡沫の夢。
人生とは、完成されない絵巻物。
嗚呼・・・されど、この物語はまだ誕生してもいない。



          まだ、なにも。








「玄武―!野菜洗ってー!」
「む、どこにあるのだ?」
「裏戸の脇に置いてあるー!」

「ちょっと朱雀―!火―!」
「お前は俺を何だと思ってるんだというか要件の良い方が雑すぎないかっ」
「だって朱雀だしいいかなって」
「おっ、ま・・・っ」
「だってアタシと朱雀の仲だしちゃんと通じるかなって」
「・・・・・・・・・・」

「太陰〜。雨降ってきちゃったの。洗濯物ぱぱっと乾かして!」
「ちょっ、なんで私が!」
「おねがーい!太陰風すっごいいい仕事するんだもの!その文字通り突風の様な勢いなら一発で乾くんだもん!」
「ほ、褒められてるのか貶されてるのかわかんないわね・・・・」

「白虎!手が空いてたら埃巻き上げてくれない?」
「あぁ、任せろ」
「さぁすがパパ!いい仕事してますねぇ!」

「天一は座ってて」
「え、でも・・・」
「いーのいーの。その分彼氏君を存分に使わせてもらうから」
「・・・真琴様。笑顔が黒いです」

「コルラァ!笠斎!!人ん家の酒勝手に飲んでんじゃねー!邪魔だから出て行きな!!」
「ケチだなぁ真琴」
「ケチにならざる負えないのはオメェのせいだ!」

「天后!ごめんね洗濯物!」
「いいえ、大丈夫よ」
「一緒に畳んでもよろしいでしょうか?」
「ふふ。勿論よ」

「ちょっと青龍。そんなところに突っ立ってると邪魔。手伝わないなら異界にでも帰ってて」
「っ、貴様・・・!」
「なにぃ?何か文句でもぉ?他のみんなはちゃんと仕事してるのにぃ?」
「じゃお前の斜め後ろにいるアイツはいいのか!」
「ん?・・・・・・・こ、勾陣さん。何故ここで笑い上戸発動してんの?」

「六合は・・・・・・・・うん、なんでもない。そのままでいて」

「天空じいちゃんと太裳は・・・・・・・・うん。異界ね、はい。ワカリマシタ・・・」






「しかしいつもながら、アイツは良く働くなぁ。しかもあの神将達をうまぁく使って」
「本人いわく、“お願いしている”んだそうだ」
「ある意味特技だな。末端とはいえ、神の座に名を連ねる者達に家事をさせてるんだから」

そう酒を煽りながら笑う笠斎に、確かにと目を細める。
本が積み上がった晴明の部屋の前にある簀子に出て酒を煽る二人。ちなみにまだ日が真上から傾いたくらいだ。
真琴の指示を彼らが嫌がらず(嫌がっていても上手く丸め込まれてしまうのだが)聞いているというのは、不思議な光景だった。
いや、彼女の性格からして、こうなることは元々わかりきっていた事実であったのかもしれない。

彼女にはどこか人を惹きつけるものがあるのかもしれない。それが人であれ神であれ。
きっと自分も、知らぬ間にそれに絡め取られているのかもしれない。なんとも末恐ろしい事だ。

無言で酒を煽っていた清明は、ふと自分の横っ面を見つめてくる笠斎の視線に気が付いた。
途端に眉間に皺を寄せて睨んでくる晴明に、笠斎はにかっと何時もの人懐こい笑みを浮かべた。

「なんだ」
「いや、お前も丸くなったなぁって思ってなぁ」
「は?」
「真琴と会う前は、こうして俺と大人しく酒なんて飲んでくれなかっただろ?」
「・・・・・・・・」

否定できなくて押し黙る晴明を、笠斎は肩を揺らしながら見つめる。
確かに、アイツが着てからやけに自分の周りが煩くなったのは事実だ。
お陰で毎日妙な疲労感が溜まるのは気のせいではない。
だがそれを、最近は疎ましくも決していやとは思えなくなってきているのは事実。

「・・・アイツ、馬鹿みたいに振舞うけど、結構考えてるところあると思うぞ。お前がここまで人と馴れ合うようになったのは、アイツのお陰ってところも大きいんじゃないか?」
「・・・・別に私が頼んだわけではない」
「でも、アイツを見て分かるよ。よっぽどお前を大事に思ってるって」
「・・・・・・」

柔らかく微笑む笠斎の顔がらしくなくて、でもその言葉を否定できるほどの答えを持っていなくて。
心のどこかでそれを肯定している自分が居る事を、疎ましく思わない自分がいる。

自分がいて、傍にはアイツがいて。よく家に来る笠斎と貶し合って騒ぎ合って。
一気に増えた十二人の神を贔屓せず対等に接し、まるで友や家族のように笑い合う。

それが当たり前になってしまった。

でもそれが、今の晴明の“当たり前”なんだ。

それにいきついた晴明は、そっと目元を細めて笑った。
その顔はいつもの凍える様な鋭利なものではない、心の底から自然に湧き上がってくる暖かいものが現れたもので。


ほんのりと広がった笑みを見とめた笠斎は緩む頬を隠す様にそっぽを向き、ぐいっ杯を煽った。






「咲け」

         ン。

「・・・・・咲け」

         ン。

「・・・・咲けったら」

         ン。

「咲ぁ〜け〜っ」

         ン・・・・サワサワ。

「・・・・・・・・・・・・・」

文字通り、がっくりと首を落とす真琴。
高淤加美神の言葉の通り自分の言葉に力が宿るなら、この梅を咲かせる事が出来るかと思ったのだが。

「そう上手くはいかないかぁ・・・」
          何してるんだ」

不意に聞こえてきた声に振り返る。
安倍邸の広い庭の端にある梅の木の下に立つ真琴からは、屋敷の方が良く見える。
だから目の前の簀子に舞い降りた緋色の神気にすぐ気付いた。

「紅蓮!」

ぱっと顔を綻ばせる真琴を眩しそうに見つめ、彼女が向き合っている梅の老木へ目を向ける。

「気に話しかけて、等々どこか外れたのかと思ったぞ」
「ちょ、紅蓮までそーいうこと言うようになっちゃったのっ?」

ムッとしたようにしながらも、足音軽やかに駆け寄った真琴は片膝を立てて座る紅蓮の隣にぽすっと腰かけた。

「まだ冬だぞ。いくらなんでも早いだろうが」
「だって、高淤加美神の言ってることが事実味がなくって・・・・・行動に移してみたらなんか起こるかなって思ったんだけど」

そういって己の肩に寄りかかってくる真琴。
触れられることに覚えた驚きと戸惑いも、今は失せた。
代わりに鈍く湧き上がるのは、静かに心を焦がす微かな痛み。
それは決して不快なものではなく、どこかもどかしい感覚。

さらりと、肩口まで伸びた髪が紅蓮のむき出しの肩を擽る。

「・・・・・・紅蓮暖かいねぇ。やっぱり火の神様だから?」

くすくすと笑いながら言う真琴。意地悪な問いに、紅蓮はその金色の瞳を柔らかく細める。

「それは関係ないだろう」
「いーや。あるかもよぉ?」

表情とは裏腹に素っ気ない言葉が零れるも、真琴は気にした様子もなく微笑む。


だってほら。
暖かさを求めて寄り添えば、貴方はこうして抱き寄せてくれる。
ぎこちないけど、それがくすぐったくて。
添えられた大きな手より、触れ合う肌と心が温かくなる。


腹に回ったしっかりとした筋肉の付いた腕に手を添え、自分の肩甲骨のくぼみにすり寄る真琴の髪を撫でる。
自分の神気が苛烈であることは百も承知だ。芯から理解している。
だが彼女と接している時は、まるで自分がこの世界に溶け込んでいるような感覚に微睡む事が出来る。そんな気がするのだ。

「・・・・お前さ」
「ん?」
「・・・・・・・いや、なんでもない」

初めて知ったこの感覚。この思い。
これが人間がいう友情と言うものなのか、違うものなのかは分からない。
それでもそれが大切であるということは、心の底から理解していた。
だから、友と呼んでくれたこの人間をの傍が、何より心地よいと感じられる。

思わず零れそうになった感謝の言葉は、紅蓮の胸の内で小さく揺らめく。


どこか気恥ずかしげに目を細め、紅蓮は気づかれないように真琴の髪に頬を寄せ、その陽だまりの香りを胸いっぱいに吸い込んだ。











すべての者は、終焉に向かってその歩みを進める。
歩みを止める時。それは死に抱かれた時。

死は常に人に寄り添い、その四肢を冷たい腕で包み込む。

それが退廃へ至る幻想か
救済へ至る幻想か。

全てを識るものは神ですら在らず。

罪人達に与えられるのは、幾度となく繰り返される痛み。
それを救いと信じるならば、空白の刻の先に、彼等は何を見るのか。

“シアワセ”は、すぐそこに在る。



運命が予想ではなく現実になったとき。
























「君はいつまで、“君”でいられるのかな」







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