My Dearest | ナノ
My Dearest
No.20 風邪の功名(後)



こちらを見つめる黄金(こがね)の瞳が、薄暗い部屋で微かに光って見える。
まっすぐこちらを見てくるその目に、真琴はとろんとした顔のまま大きく瞬きをした。
情けない視線を向けられた紅蓮はというと、座っていた状態からゆるりと立ち上がり、真琴が閉じようと戦っていた妻戸に手を伸ばす。
ガタリ、と難なく閉まった戸。
暗くなるが、“こっち”にきてから割と夜目の利くようになった真琴には、こちらを見下ろす紅蓮の精悍な相貌がかろうじて見える。
彼女の真上に立っていた紅蓮はすぐに元いた場所に戻り、片膝を立てて座った。

「・・・・・ぐれん?」

零れ落ちた声に、褐色の肌を持つ神将は微かに身じろぐ。
しかし目を皿のようにしてこちらを見てくる真琴に、今度は胡乱気な表情を浮かべる。

「・・・・・なんだ」
「あ、や・・・この間以来だな、って思って」

この間、その言葉に紅蓮の肩が跳ね上がった。
それもそうだろう。神将がただ人の横で呑気に惰眠を貪り、それを主と同胞に見られてしまったのだから。
同じ凶将の紅一点の笑い声でも思い出したのか、眉間に皺を寄せて渋い顔をする神将に真琴は小さく笑った。

「それで?どーしたの?晴明からなんか追加連絡でも来た?」
「いや、そういうわけではないが・・・・・」

そこで不意に言葉を区切る紅蓮。
なんだろう、と思う間にみるみるうちに彼の顔が焦った様な起こった様なそんな顔になっていく。

「お、お前っ。そんな格好で・・・・・っ」
「は?」

紅蓮の言葉に、自分の身体を見下ろす。

「・・・・・・・別に変ったところは」
「そんな単衣姿で片胡坐かく奴がどこにある!女としての恥じらいはないのか」
「ないです」
「威張るな・・・・・!」

これでもこの最凶の闘将は必死に頼んでいるのだが、当の本人はそんな紅蓮の反応をキャッキャと楽しんでいるように見える。
本当に調子の狂う人間(おんな)だ。
紅蓮が呆れ半分に頭を抱えそうになっていると、やっと体勢を直した真琴が怪訝そうに眼を瞬かせた。

「清明の命じゃないなら、どうしたの?」

この神将は神様のくせして引き籠りの癖があるらしく、人界にはほとんど出てこない。
なにをそんなに気にしているのか、自分は人と関わりたくないだの自分の事怖くないのかだの変な事ばかり聞いてくる。
正直、神様の癖に人が怖いのかよ、と突っ込みたくなるのが本音だ。
周囲の様子から察するに、同胞である十二神将ともあまりかかわっていない様子。
そんな彼が、どういう風の吹き回しか、先日の七夕の件から時たまふらりと真琴の元に現れるようになった。
洗濯物を干している時だったり、草むしりや畑仕事をしている時だったりと、本当に気まぐれに。
気付けば後ろでぼうっとこちらを眺めていて、驚いたことも何度かある。(太陰なんかは紅蓮の姿をちょっとでも見ると尻尾を巻いて逃げるのだが)
本人に聞いても明後日の方を見て言葉を濁すから、何故だか分からないのだが。
つい数日前も、自分は寝っていて気付かなかったが、風邪で寝込む己の傍で守る様に寄り添って寝ていたと、晴明から聞いた。
そんな最近変な紅蓮が、今日このタイミングで現れたのは何故だろう。
真っ直ぐこちらを見てくる視線に耐えられなかったのか、またもやあらぬ方を見る紅蓮。
その様子からして、どうやら晴明の命というわけではないようだ。

では、なに?

熱のせいでいまいちはっきりしない頭を捻っていた真琴は、突然はっとしたように顔を上げた。
そしてそのままこちらを見つめたままにじり寄ってくる居候に、紅蓮は若干引いたように仰け反る。

「ねぇ」
「な、なんだ」
「もしかして・・・・・・・・・心配、してくれたの?」

ビキィッ。

そんな音が聞こえそうだと錯覚するほどの勢いで固まった最凶の闘将。
あまりの石化っぷりに、流石に堪えきれずに真琴は噴き出した。
ここに勾陣がいたら、一緒になって必死に笑いを堪えようと戦っていたかもしれない。
腹を抱えてヒィヒィと悶える真琴に、紅蓮はむすっとした表情を返すが、褐色の肌が熱くなっているのを己で感じる。
つまりは図星という事だ。

「なんか文句があるか」

否定も出来ず、素直に認めるだけの器量もなく、出てきたのは地を這うような低い声。
そこに他意はなくとも、聞けば十人中九人は身をすくませるような声音。
しかし目の前の女はその例外である一人に含まれるようで、薄っすらと涙の浮かんだ目を拭ってようやく紅蓮を仰ぎ見た。

「う、ううん。無い無い。全然無い。ただなんかその、反応がね。可愛くて」
「はぁ!?」

可愛い!?どこがだ!?

今度は金魚のように口をパクパクとさせる最凶の闘将。
こんな“らしくない”彼の姿を、同胞たちが見たら果たしてどう思うのだろうか。
こみ上げる笑いを、腹に力を入れて必死に押さえる。
そんな真琴をじっと見つめていた紅蓮は、ふいに真面目な顔を作り目の前の居候を見やった。
こちらを見上げる彼女の頬に張り付いた髪を払い、そっと額に触れる。
どことなく躊躇するような動きをしながらも、しっとりと汗ばんだその額の熱に顔を渋く顰めた。

「・・・・まだ熱いな」
「え?そう?もうほとんどいいんだけどなぁ。ちょっと頭が重くて怠くて思考がはっきりしないフワフワした感じなだけで、あとは全然問題ないヨ」
「十分重症ださっさと横になれ!」

流石、切れ長の瞳の精悍な面差しを持つイケメンが怒るのは怖いが、それでも絵になる。(不謹慎だけど)
足を崩して座っていた己の身体を掬い上げられ、コロンと褥に転がされた真琴は、その流れる様な動きにきょとんとした顔をする。
目線を上げると、すぐ真上に自分を見下ろす紅蓮の顔が。
怒っているような焦っているような、何処か心配しているようなどこか情けない表情を浮かべる彼。
彼がこんな表情豊かだとは思わなかった。
少し乱暴に、桂を首までしっかりとかけられる。
甲斐甲斐しく(少しだが)世話を焼いた紅蓮は、まるで「これでよし」と言わんばかりに黄金の双眸を細めた。

「風邪のときくらい大人しくしていろ。いつも落ち着かずに騒ぎまくっているのだから」
「え、ちょっと待って。こっち(人界)にあんまり来ない紅蓮にまでそんな認知のされ方してんのアタシ。うわーオワター」
「・・・・何をやっているんだお前は」

両手を上げて「オワター」と繰り返す真琴。
何故手を付けているのか分からないが、この女の事だから禄な意味はないのだろう。
呆れを通り越してもはやもう何の感想も出ない。

この少しの時間で生気を吸い取られた様に嘆息する紅蓮を見上げていた真琴は、何を思ったのか、少し戸惑った様子で桂の中から片手をモゾモゾとだした。
くいっ、と絹布を引っ張られる感覚に、目を落とす。
己の褐色の腕に絡む絹布を掴み、こちらを見上げてくる闇色の双眸が、どこか頼りなさ気に揺れているように見えた。

「・・・・・・なんだ」
「あの、さ。えっと・・・・・」

恥ずかしそうに眼を反らす真琴の様子をじっと見る。
傍から見れば、横わたる真琴に顔を覗き込むためとはいえ、彼女の顔の両脇に手を付いているという構図は如何なものかと思うのだが、犯人には全く自覚がないため誰も突っ込めない。そもそも突っ込むべきものがここには居ない。

チラリと、こちらを見下ろす黄金の双眸を見る。
自称“最凶の闘将”というが、真琴にとってはそんな印象は一回も受けていない。彼女の中では、紅蓮はどこか気難しくて人見知りの激しい強気なようで内気っぽい、という印象しかない。
そして、少しキツい性格の中に、見えにくくてぎこちない優しさがあることも、知っている。
ましてや今自分を心配そうに見つめている輝く瞳が、怒りに染まるところなど、想像できなかった。

「あの、もうちょっと傍に居てもらってもいい?」
「・・・・・・・・・・・・」
「あぁいや!別にちょっとこのまま寝落ちしちゃうのはもったいないなって思ってさ!だって君レアなんだもんめったにこっち来ないし!アタシとしては折角出来た友達なんだし、もっと仲良くなる機会は失いたくないなぁなんてぇ」
「・・・・・・・・・・友?」

ぽつりと零された言葉に、しっかりと頷く。

「うん。もう友達だよ?アタシ達」

だからさ、とこちらを見つめる黒い瞳がにっこりと笑って、紅蓮の戸惑うような顔をきらりと写した。絹布を掴んでいた手で、そっと彼のざんばらな髪に触れる。
ビクリと身体を揺らす彼に気づかない振りをして、そのまま髪を透く様に撫でる。玄武とはまた違う癖のある毛の質感に、彼が目の前にちゃんといることを改めてかみしめながら。

「そろそろ、アタシの名前呼んでくれても、イイじゃない?」

そう言われて、紅蓮はその顔をきょとんとさせた。
精悍な面差しを持つ神将が情けない顔をするというのは何とも可笑しな感じがする。
紅蓮は己の髪を撫でるその感覚に瞳を揺らしながらも、大人しくそれを受けている。心なしか心地よさそうに目を細めているが、真琴からは乱れた髪のせいで見ることが出来ない。

やっぱりだめか、と半ばあきらめたように彼の頭を撫でていた手を離そうとする。
と、その手をほんのり暖かい手がするりと掴んだ。
驚いて彼を見ると、紅蓮は何も言わずに大きな手で真琴の手をしっかりと握り、片胡坐をかいた膝の上に置く。

「居てやる。・・・・・だからさっさと寝ろ。        真琴」




そう初めて彼女に自分から触れ、その名を呼んだ時。
まるで花が咲く様に、己を見上げて微笑んだ真琴の笑顔を、紅蓮はこれからずっとその心に刻みつけることになる。




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