My Dearest | ナノ
My Dearest
No.18 七夕(本番)



 突然主に呼び出された朱雀は、暫く閉じこもっていた異界から、軽やかに清明の部屋へと舞い降りた。
 が、降り立った足が両方地面に付く前に、その足は脱兎の如く再び異界に戻ろうと踵を返す。

「待て待て待て待て」

 そんな彼の肩をガシリと掴む手。見た目としては、長い女の手が青年の肩に手を置いたようにしか見えないのだが、にっこり笑っていると分かる声音と、ミシと肩の骨が軋む様な音を立てている辺り、尋常は様子ではない。
 その証拠に、痛みに耐えているのか、それともおかしいくらいニコやかな笑みを浮かべる真琴に慄いているのか、掴まれた本人は逃げようよした時の不自然な体勢のままこちらを固く引き攣った表情を浮かべて見ている。

「はっはっはっ。どこへ行こうというのだね」
「お前誰だよ!そんな口調じゃないだろうが!」
「む。これは某有名アニメの悪役が幼気なヒロインを追い詰めようとした時に発した台詞!え、何朱雀知らないの?」
「知るか!!」

 ていうか痛い!と叫ぶ朱雀。本気で痛そうだ。

「・・・・・・真琴。いい加減離してやれ」

 今まで黙って二人のじゃれ合いを傍観していた清明が、呆れたような声音で止める。
 その言葉に朱雀はほっとしたようだが、真琴は不服そうに眉を吊り上げた。

「だってこのバカ!人が「手伝って」って可愛らしくお願いしてるのに綺麗にスルーして異界に引っ込むとかどこの登校拒否の中学生だよ!」
「・・・・・頼むから分かりやすく説明してくれ」
「七夕の準備で笹を取りたかったのに、それを言う前に朱雀が恐れをなして異界に引っ込んでしまった事を怒っているのだろう?」
「そうです!」

笑みを含んだ勾陣の声に激しく頷く。
 清明は深いため息を付いて額に手をやる。
 今日、内裏では乞巧奠が行われている。織姫星を眺めながら供え物をすることで、技芸の上達を願うものだ。
 その準備に追われていたが、今年は割と滞りなく進み、清明は早めの帰宅をすることが出来た。
 なのに帰って早々飛びついてきた真琴に「朱雀を呼び出せ」と迫られるし、呼んだら呼んだで人の部屋でぎゃうぎゃう喧嘩を始めるのだから堪ったものではない。

「ていうか清明!もとはと言えば清明のせいなのだよ!?」
「・・・・は?」

いきなり飛んできた矛先に、すぐに反応できなかった。
驚いて居候を見ると、いつの間にか目の前に立っていた真琴はびしっと指を清明の目の前に突き付ける。

「清明は十二神将の主なんでしょ!?だったら配下の一人が不貞腐れて仕事を放棄するなんて言語道断の行いに対してお説教の一つや二つするのが主ってもんでしょ!?十二神将を下した理由が自分でも自覚していない恋心というある意味不純な動機だったとしても!」
「なっ」
「テメェ誰が不貞腐れてるって!?」
「朱雀は黙ってて」
「うぐ」

双方から上がる声に、真琴は顎を反らしてフンと鼻を鳴らした。

「清明さんや。君ここにいる朱雀君に諭されるまで、どうして自分が皆を下ろしたいのか気づかなかったんじゃなかったっけ?しかも気づいてもそれをあり得ないって吹っ飛ばしてたのは?アぁ、情けない。情けないよ清明君!確かに君がそんな恋だのなんだのにまったく興味のなかった男とはいえ、自分の気持ちに気づかずにいて、あまつさえ殆んどの神将たちに気づかれているのなんて!思考ダダ漏れなんて陰陽師の風上にも立てないわ!」
「・・・・・・まだ陰陽師にはなってない」
「あぁ、だのにだのに。やっとこさ自覚して若菜ちゃんにアタックかけても贈ってるものがあれじゃダメよね。・・・・・あぁ情けない。どこに好きな女の子へ贈る花に菊の花を贈る馬鹿がいるんだろう。どこに魔除けって言って可愛くも綺麗でもない鐘製の風鈴渡す阿呆がいるんだろう。・・・・・・・・居候は激しく悲しい!悲しいよ清明君!」
「ほっといてくれ!」

 あぁもうなんなんだ!こいつは自分に何か恨みでもあるのか!?
 大体なんでさっきまで朱雀に向いていた矛先が自分に向けられているのかさえ分からない。ここまで貶される謂れははない。断じてない!
 確かに白い菊を贈ろうとしたら天一と天后に必死に止められたが、ここまで馬鹿にされるのは男として流石に黙っていられない。
 だがしかし、今までこの居候に口で勝てたためしがない。くっそムカつく。
 歯軋りしそうな勢いで真琴を睨む清明。その後ろで今までずっと黙っていた客人が小さく笑ってその肩をポン、と叩いた。
 
「まぁまぁ清明よ。俺だって流石に女人に鐘製の風鈴は贈らないぞ。ま、菊だったら白いの用意して色を変えるっていう陰陽師の技でも使って楽しませれば良かったのかもしれんがなぁ」
「ほら!笠斎だってこう言ってるじゃん!どーして仕事に関しては頭キレッキレなのに色恋に関してからっきしダメッダメなのかなぁ」
「まぁ清明だしな」
「清明だしねェ」

 好き勝手に人のことを言う友(自称)と居候に、化生の子と言われ続けそれに耐えてきた清明も眉間に青筋を立てるのを止められなかった。
 それでも拳が出なかったことは褒められてもいいと思う。衝動に駆られていたら、今頃千倍返しにされていただろうから。真琴に。
 その時、後ろから微かな笑い声が聞こえてきて、清明は半目になって振り返り、そのまま瞠目した。
 こちらに背を向けて壁に寄りかかった勾陣と六合の肩が小刻みに揺れている。勾陣はともかく、必死に笑いを噛み殺そうとする六合の姿に、清明は目を瞬かせた。
 式に下してからまだそう日にちは立っていないが、いつも無表情で感情をあまり表に出さない彼が笑っているのは、もしかしてとても貴重なことなのではないか?

 将来、己の末の孫が似たような場面を作り出すのだが、それを知らない清明は変に感心してしまって居た。

「・・・・・あ、そうだ。」

 不意にさっきまで人をおちょくっていた真琴が、思い出したというように顔を上げる。
 呼び出された朱雀も覗き込む中、胸元の合わせから数枚の紙を引っ張り出す。
 それは色紙だった。見たことがあるそれは、先日真琴が率先して実施した安倍家大掃除大会の際に見つけたものだ。
 ただ仕事で使うようなものではなかったため、清明がいらないと放り出したものを、真琴が「いらないなら貰う!」と言って飛びついたもの。
 綺麗に切りそろえられたそれは短冊で、針で穴を開けたらしいそこには要らなくなった紙をよった細長い糸のようなものがつけられていた。
 じゃーん、とそれを差し出す真琴に、男たちは怪訝そうに首を傾げる。
 その反応に、行儀悪く舌打ちをした真琴は、まず朱雀に短冊を突きつけた。
 濃い色の橙を沁み込ませた短冊を受け取った朱雀は、しげしげとそれを眺めてからチラリと真琴を見る。

「・・・・・・・で?」
「え、なに。この状況でもアタシが説明しなくちゃアカンの?」

 流石にがっくりきたのか、肩を落とす。だがすぐに気を取り直して朱雀に向き直った。

「私がいた時代ではね?七夕に笹を飾って色々飾りつけをして、そこに願い事を書いた短冊を吊るすの。お願い事が叶いますようにって」
「・・・・・・・・で、なんで俺にまで渡すんだ?」
「神様って言っても、願い事の一つや二つあるでしょ?書かなくてもいいから、朱雀の叶えたい願とか、想いとかを短冊に込めて、笹に飾って貰おうかなって」

 短冊だってほら、朱雀の色だよ?
 そういって笑う真琴に毒気を抜かれる。
 受け取った短冊を見てみると、それは落ち着いてるが鮮やかな橙色の色紙で、己の纏う神気の色に似ている、気がする。
 確かに、神の末端に座しているとはいえ、自分達にも思う心も願いもある。だがそれを形にするのは、どうにも変な感じがして・・・。

「ちなみに天一に渡したら嬉しそうに微笑んで受け取ってくれました」
「・・・・・・」

 そこで天貴の名前を出すなんて卑怯だ・・・・。

「・・・・なにさ。そんなにいやならいいよ。朱雀だけ毎年七夕は一人抜きにしてやるんだ」
「いらないとは言ってない」

 己の手から短冊と引き抜こうとする手から慌てて避ける。
 朱雀の意外な反応に、真琴は意外や意外と目をまん丸くして火将を見つめる。
 事の次第を黙って見つめていた清明と笠斎も、驚いている様子。
 だが一番驚いているのは朱雀本人。何故短冊を奪われる事が嫌だと感じたのか。 
 思わず己の手をマジマジと見る朱雀がまるで子供のようで、人間三人は思わず顔を見合わせ、小さく噴き出したのだった。









真琴が作った短冊は人数分。その一つ一つが違う色をしていた。
それぞれが真琴の独断と偏見で当てた色で、裏には渡す相手の名を、不慣れな筆で書き記していた。
しかし、それはもう奇妙な光景であった。
流石に天空は居ないが、庭に勢ぞろいした神将達がそれぞれの短冊を、昼間真琴と女性人(プラス男子二名)が飾り付けた笹に飾っていく光景は、彼らの正体を知る清明と笠斎にとってはあまりに異質な光景であった。といっても、女神将のほうが率先していて、男神将のほうは押され気味ではあるけれど。
 末端とはいえ、神の座に有るものにこんなことをさせるとは。
 廊下の先で、群青色の短冊を押し付け逆に返され、と青龍と果ての無いやり取りをする居候を、何とも言えない目で見やる。
 横に居る笠斎はもうこの空間にも慣れたらしく、自分から借りた筆で、さらさらと何かを短冊に書いている。
 一方の清明の筆は止まったままだ。
 考えがまとまらないのか、筆を指先で弄びながら思案する清明に気付いた笠斎が顔をあげ、己が配下達が短冊を飾っていくのをぼうっと見ている友の姿に苦笑を浮かべた。

「・・・・・なんだ」
「別に?というか、そんなに悩むことでもないだろう?これ。ただの禁厭(まじない)だし」

 それはわかっているのだが、これといって願いがあるわけでもない。
 それに、こんな大っぴらに自分の願いをさらけ出すのもなんだか恥ずかしい。神将たちのように願いを込めるだけでいいかとも思ったが、それでは駄目だと居候に怒られてしまった為、できない。
 では何を書けばいい。もともと欲が薄いためか、いきなり書けと言われてもすぐには出てこない。

「ここはやはり精進潔斎か・・・」
「相変わらずひねりがないなぁ。もっとないのか?」
「清明が今頑張らなくちゃいけないのはこれでしょ?」

 不意に聞こえてきた声に顔をあげると、いつの間にか青龍との戦いに勝ったらしい真琴が晴れやかな顔で目の前に立っていた。
 その手には清明に渡したものと同じ色の、水色の紙が。
 突き付けるように持ち上げ、黒い墨でデカデカと書かれたそれに、清明は一瞬ののち激しく頬を引きつらせた。

『恋愛成就』

 あまりの衝撃にかたまる清明の横から顔をのぞかせた笠斎は、その文字を見て思いっきり噴出した。
 突然笑い出した人間に、神将たちは何事かと振り返ったが、“いつもの”じゃれ合いだとわかると素知らぬ顔でそっぽを向いた。
 腹を抱えて大笑いする笠斎に、清明は恥ずかしさからか苛立ちからか・・・・恐らくその両方だろうが、顔を真っ赤にしてその頭を勢いよく叩いた。
 いてっ、と頭を押さえる笠斎に、今度は真琴が笑う。

「陰陽師二人がそんな情けない。妖には勝てても女には勝てないってか。二人とも早く嫁さんもらわないとねぇ〜。ぷぷっ」

 人を馬鹿にしているとしか思えないその笑い方に、笠斎も清明もむっとした顔で同時に顔をあげた。

「「真琴!!!」」
「きゃー怒ったぁ〜」

 面白いくらいの棒読みで悲鳴を上げ逃げ出す真琴を、まるで子供の鬼事のように追いかける男子二名。
 どこに元服して随分たつ大の大人が自宅の庭で女相手にいいように遊ばれているのやら。
 それが自分たちの主であるとわかっているが、如何せん切ない。
 でも、変に主ぶっていられるよりは、こうして隣にならんでいても笑ってくれるような主のほうがいい。
 笑いながら後ろに隠れた真琴に、六合は無表情の中に戸惑いの色を浮かべているが、すぐにやってきた主とその友から庇ってやろうか突き出そうか、真剣に悩んでいる様子。
 こうした穏やかな光景を見ることができるのも、あの日、彼に呼ばれたから。
 今宵は、織姫と彦星が途切れた縁を結びなおす夜。
 ならば自分たちは、ここで新しい縁を結んでゆこう。









(ていうか、何を願えばいいんだ?)
(どうせ朱雀だし、今年も天一とイチャイチャ出来ますようにぃっとでも祈っておけば?)
(んなぁ!?//////////)
(・・・・・・)(ポッ)
(・・・・・平和だなぁ)
(ジジイ臭いぞ、笠斎)

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