Because...
4.新しい私の日常
この世界のお金の単位は“ギル”というらしい。
アメリカ紙幣の“ドル”と響きが似ていて、結構ややこしいけど。
まぁ取りあえず、生活していくということは、お金がいるということ。
新参者ではあるが、それは同じ。
ということで、ずっとお世話になるのもアレなので、どこかで働きに出ようとしたら、めっちゃ必死な顔したティファ(と若干呆れ顔のチョコボ)に止められた。
まだろくに外にさえ出たことの無い人を、放り出すなんてできない、と。
そんなことはないと否定したが、特にティファが断固として認めなかった。
確かに自分はこの世界のことをまったく知らないので、言い返すことができない。
結局、「ここで働けばいい」という結論に至ったのは、セブンヘブンに“保護”されてからすぐのことだった。
「ティファ、他のオーダーある?」
「ううん、今のところそれだけよ」
「あいよぉ」
じゃもってきまぁす、と元気よく言って、真琴はキッチンを出た。
白シャツに黒いズボンをはいて、その上から黒い腰巻のエプロンをした真琴は、慣れた手つきでサラダの盛られた皿を五つももち、オーダーのあった場所に運んでいく。
「・・・失礼いたしまーす。シーフードサラダのお客様は?」
真琴のその丁寧でありながら親しみのある動きにキッチンに立つティファは感嘆の息をついた。
やがて「ごゆっくり」と微笑んだ真琴は、テキパキと空いた皿やグラスを重ねると、その細腕のどこにそんな力を隠していたのかというくらいの量を抱えて帰ってきた。
「大丈夫?重くない?」
「ん、平気。背中もティファが綺麗に直してくれたもんね。なんだっけあの、マテ、マテ・・・・・マテオラ?」
「マテリアね」
「そうそれ!もう快調快調!」
にっこり笑う真琴に誘われて、ティファも微笑む。
彼女がここでティファの仕事を手伝い始めてまだ三日目だが、まるで長い間勤めていました、という感じで慣れたものだ。
真琴がこうした経緯をたどることになった日を、そっとティファは思い起こす。
「―――大体、こんな感じかな」
ベットに座る真琴をちらりとみると、金魚のように今にも飛び出しそうなほど目を見開いて固まっていた。
「大丈夫?」
「・・・・・・なんか、世界びっくりショーって感じ」
魔晄もといライフスリームとか、ジェノバとか英雄とか、メテオとかホーリーとか。
挙句メテオ災害とか、意味分かんない何それそれおいしいの?
そもそも魔法とか、そんな非現実的なことがあるなんて、と思う真琴の頭によぎるのは、ついさっき見せられた淡い輝きを放つマテリアという球体。
首をかしげる真琴に背中を見せるように言ったティファは、暫くした後に、背中の怪我を見事綺麗に消して見せたのだ。
そんなバナナ・・・!と驚愕の色浮かべる真琴に、ティファはゆっくりとこの世界のことを語り始めたのだった。
いやにしたって、モンスターが徘徊しているようなアニメみたいなところが実際にあって、まさか自分がその中にトリップしてしまうなんて・・・・。
「ん〜!どうしようぅ・・・」
本当に困ったように言う真琴は、ガシガシと頭をかく。
どこか男っぽくて緊張味にかけているように見えるが、色違いの瞳が戸惑いの色を浮かべていて、彼女の緊張を伝えていた。
ふと、真琴から漂う花の香りが、ティファの鼻をくすぐった。
懐かしい人の面影と重なる。
いつも仲間を見守り、緑の瞳で優しく見つめていた彼女。
思い出した途端、身体が勝手に動いて、気がついたら目の前の真琴を抱きしめていた。
「・・・・ここにいて」
え?と思わず聞き返す真琴。
「いつか・・・・いつかきっと帰れるから。だからそれまで私たちと一緒にいよう?力になるから」
「えぇっ?で、でも悪いよ!今だってすっごい迷惑かけてるのに・・・!」
「そんなことない」
「だってそんな居候なんて・・・・やっぱり駄目だよ。そんな」
「・・・・・ここにいればいい」
不意に聞こえた声に、真琴は振り返った。
治療のため、一度外に出していたクラウドがいつの間にか戻ってきていて、深い蒼の瞳で、真琴を見つめていた。
「あんたがここにいる理由がないというなら、この世界でちゃんと生きていけるだけの知識を身に付けることができたら、そしたら出て行けばいい」
だから、それまでいればいいさ。とそっけなくも、さり気なく気にかけてくれるのは、不器用そうな彼の優しさか。
横を見ると、しきりに頷くティファが目に入る。
知り合いのいない真琴に、断る理由なんてない。
やがて、短い黒髪の頭が、上下に動いた。
「・・・ファ、・・・・ティファ」
はっとして、ティファは深く考え込んでいたことに気がついた。
慌てて顔を上げると、目の前のカウンターから、クラウドがティファを覗き込むように立っていた。
「どうした」
「あ・・・っ、なんでもないよ!えっと、ご飯だよね?」
「あぁ」
「何がいい?」
「まかせる」
いつもと変わらないそっけない言葉に、ティファはひっそりと息をついた。
このチョコボの幼馴染は、本当に自分の興味のあること意外は、徹底的に無関心なのだ。
それでも、本当の彼は子供のころから変わらず、とても優しい人。
だからクラウドが真琴を連れて帰ってきたのも、すぐに納得できた。
ちらりと客と談笑する真琴見る。
彼女は異世界の人、でも右目はエアリスの色で、左はソルジャーと同じ、魔晄の色をしている、謎の人。
ここ数日でわかったのは、ただ彼女がとても明るくて、そして大人だということ。
もし自分なら、違う世界に飛ばされたらまともじゃいられない。
取りあえず大泣きするだろう。
でも真琴は戸惑ってはいたが、泣くことも、誰かに当たることもなかった。
本当は、寂しさや孤独があるだろうに。
「・・・結構慣れてるんだな」
同じように真琴をみていたクラウドがぽつりとこぼす。一応は気にかけているらしい。
「マコトね、前もこんな感じに働いていたんだって」
「カフェで?」
「ううん、レストランらしいよ」
道理で慣れてるんだね、と楽しそうに話すティファの表情は、明るい。
同年代で同じ女性ということで、真琴がいることがうれしいのだろう。
クラウドはじっとその顔を見て、それからゆっくりと視線を横へ流す。
手際よく空いたテーブルを片付ける真琴。
彼女の雰囲気は、彼の大切な人たちとは全く違う。違うのに、なぜかとても懐かしくて、同時に胸が痛くなる。
じっと見つめるクラウドの視線に気づいたのか、ふと顔を上げた真琴と目があって、思わず反射的に視線を逸らしてしまった。
「なんだねぇ?クラウドくん。お腹すいたんですかぁ〜?」
まるで子供に言うみたいにニヤニヤしながらこちらにくる真琴に背を向け、グラスに入った冷たい水を飲む。
「はい、お待ちどうさま」
コトンと目の前に置かれたのは、おいしそうな湯気を上げる山盛りの、でも綺麗に盛りつけられたキノコのリゾットとサラダ。
「わぁ、おいしそう!」
身を乗り出してクンクン香りをかいだ真琴は、ほぅっとため息をついた。
「やっぱティファは料理うまいよね」
「そんなことないよ。」
「ホントだって!お店やるくらいだもん。すごいよ」
「・・・・・おい、そろそろどけ」
クラウドの横からリゾットに向かって身を乗り出す真琴は、さぞ空腹な彼には邪魔だったのだろう。
ぐいっと彼女の頭を手でどける。
「ちょっ、痛いなぁ!」
「あんたが邪魔だったせいだろう」
「あんたじゃない真琴だっつの!真琴!読めますかぁ〜?」
ムカツク。
この女、最初に会ったときから自分に何かしらの攻撃をしかけてくる。
油断していると星の裏側まですっ飛ばされそうだ。(意識が)
最初のころは、まぁわりと大人しくしていたのに、全快した途端これだ。
最近は慣れてきたのか、自分をいじって遊ぶようになってきたもんだから質が悪い。
結局無視を決め込んだクラウドがつまらなくて、真琴は隣の席に座ってじっと彼を見た。
「・・・なんだ。」
「いんや。よく食べるなぁって。・・・・まぁ私も結構大食いだけどね。なんか食べ方かわいい」
にっこり笑って言う真琴に、クラウドはまさに口に突っ込もうとしていたスプーンをとめた。
「なにか問題でもあるのか」
「別にいってねぇッスよ?」
「オーラがそういってる」
「クラウドの口からオーラって言葉が出るのって、なんか背中痒くなるね。・・・・そんなところも好きだけど」
「・・・・・・」
真琴の何気ない言葉に固まるクラウド。
「ねぇ、一口ちょうだいよ」
「はぁ?なんで」
「おいしそうだからに決まってるじゃん!」
そういって彼のもつスプーンを奪おうとして、逆にガシッと手を取られる。
「食べたいなら自分で頼め」
「仕事中だもん」
「“仕事中だもん”っていう奴がつまみ食いしようとしてるのか!というかあったのか自覚!」
「ねぇ〜いいじゃんケチィ。一口!一口だけ!」
聞いてねぇ・・・!!
なんなんだこいつは。常識あるのか。一応二十歳すぎた女が人の食べている物に手を出そうとするなんて!
めっちゃ仲の良い友達同士ならギリギリわからなくもないが、自分のこいつは一週間ちょっと前に会ったばかりで、しかも異性。・・・・・もう少し自覚してほしい今日この頃。(むしろ気にしているのはおれだけ?←YES!)
ここ数日間で何度こんなやり取りがあったか。もう定かではない。
「だめだよクラウド!もっと広い心を持って私を受け入れて!そんな拒絶反応が出そうだから半径1kmは近づくんじゃねぇよオーラなんか出さないで!出しても私気にしない、めげない!!」
「・・・・・・・」
そう、毎回妙なテンションで絡まれて、暴れて、最終的に生気を吸い取られる。
いやマジ勘弁してほしいッスわ。
そんなふたりのやり取りを見ていたティファから、思わず笑いがもれる。
「二人って、仲いいのか悪いのかわかんないね」
「なかいいッスよ!」
「よくない」
「えぇ〜?つれねぇなぁ親友。もっと元気に行こうぜ兄ちゃん!」
「誰が」
そういって、お腹がいっぱいになったからか、はたまた真琴と話すのに限界を感じたからか・・・・おそらく後者であろうクラウドは、いつの間にか完食したリゾットとサラダの皿を、身を乗り出して流しに置き、真琴を見向きもせずに上にあがって行ってしまった。
「あぁー、行っちゃったよ」
つまらなさそうにいう真琴に、ティファは苦笑した。
「いじりすぎたかなぁ」
「マコトみたいなタイプと接するの初めてだから、まだ慣れないだけだと思うよ?」
うぅ〜と唸る真琴の様子に、店にいた客たちが声をかける。
「なんだい嬢ちゃん。クラウドに振られたんかい。」
「そうなんですよぉ〜最近クラウド冷たくって・・・って違う!」
乗り突っ込みで手を振る真琴に、どっと笑いがもれる。
再び仕事に戻った真琴の、さっきまで座っていた椅子に、先ほどの常連の男が腰掛ける。
ミッドガルに居たころからの常連である彼は、クラウドやティファのこともよく知っていた。
「ティファちゃん、楽しそうだね」
「え?」
「マコトちゃんが来てから、とっても楽しそうだよ」
やさしそうにほほ笑む彼は、手に持ったグラスを傾けながら、ティファに語りかける。
「元々元気で明るかったけど、もっと華やかになったよ」
「お店が、ですか?」
「いや、ティファちゃんが」
キョトンとするティファ。
常連の男は小さく笑って後ろでくるくる働く真琴を振り返った。
彼女が、この店で暮らす人たちに、何らかの影響を与えそうな気がする。
それがいい影響であれ、悪いものであれ、彼としてはとても楽しみであることには変わりない。
男はそっと、憂いを帯びた瞳を、閉じた。