Because... | ナノ
Because...
16.届かない声



「デンゼルー!」

 大きな道路から狭い路地へと入って、大きな声で呼びかかるも、一向に返答はない。
 訝しむようにこちらをみる歩行者の間をすり抜けるようにして、真琴は走っていた。
 もう夕方だ。デンゼルが帰ってくると言っていた時刻はとうに過ぎている。
 それだけではない。街の子供たちがすべて消えている。
 デンゼルもミアも、他の子供たちも。
 星痕を宿した子供たちだけが、忽然と        。
 いやな予感しか脳裏を過らない。
 ただの感。でも第六感が鳴らしている警鐘であるから、本能といってもいい。
 足を止めて、荒い呼吸で額の汗を拭った。
 これだけ探しても居ないとなると、エッジにはいないのかもしれない。
 となると、自分だけでは手に負えない。
 何とも言えない淀みを抱え、元来た道を引き返す。

 あぁ、自分はなんと無力な存在か―――――――。







 錆びついたような気持ちを抱えて、覚束無い足取りで帰路についた真琴は、脱力感から力の入らない指で、ゆっくりと裏口のドアを開けて家に入った。
 玄関に足を踏み入れた途端、ふと、違和感に顔をあげた。
 ティファ達はまだ帰っている様子はない。クラウドだって今じゃ家には寄り付かない。
 ・・・・じゃぁ、この気配は誰のもの?
 恐る恐る店を横切り、二階へ続く階段に足をかける。
ゆっくりと上がっていくと、微かな話し声が聞こえる。
それがさっき話したばかりの二人の声とわかると、真琴は眼をむいた。
慌てて階段を駆け上がり、声のする子供部屋のドアを開け放った。
部屋に飛び込んだ真琴は、目に飛び込んできた光景に、見事に固まった。

「ようマコト。ちょっとお邪魔してるぞ、と」
「お邪魔どころの話じゃねぇよなんですかこれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!??」

 絶叫する真琴の視線の先には、マリンのベットでぐったりと寝そべるティファ。
 その隣で長い身体をデンゼルのベットに押し込まれたクラウドの姿が。ベットが小さくて足が出ているのがなんだか間抜け。
 二人とも青白い顔をして、ティファなんてところどころに鬱血痕やら切り傷擦り傷だらけ。
 アワアワと取り乱す真琴に足早に近づいたルードは、彼女の両肩にポンと手を載せる。

「落ち着け」

 その一言は効果絶大。
 ピタッと音がしそうなほどで停止した真琴は、サングラス越しの優しげな瞳を見つめ、肩から力を抜いた。
 ついさっき見たような光景に、レノは呆れたように脱力した。

「お前って以外に、なんか・・・・・あれだよな」
「なにが言いたいんですかレノさん?」

 にっこりとほほ笑む真琴の背後に般若が見えたのは気のせいか知らん・・・・?
 押し黙るレノから視線を移し、ベットに眠る二人を見る。
 どうしても、親友の見慣れないぐったりと姿に目がいってしまう。
日の光に輝くばかりであった逆立った髪は、艶を無くし、力なくベットに影を落としている。
視線を下げ、左の腕に目を向けた真琴はハッと息を呑んだ。
その様子にこちらをみた二人の視線など気づきもせず、つんのめる様にクラウドのベットへと近づいた。

「っ!おい!!」

気づいたルードが制止するも、クラウドの身体に縋るように触れ、投げ出された左手を持ち上げた。
そこから滴る黒い液体。
真琴の手にべったりとついたそれに、レノはさっと顔を青くする。
当の彼女は気にした風も無く、黒く汚れた自分の手と、彼の腕をただ見つめる。

「・・・・・・・・・・・・そういう、ことか」

 ポツリと呟かれた言葉が寂しげに響いた。

「クラウドは―――――星痕なんだね」

 だから、彼は家を出て行ったのか。
 皆に心配されるから、迷惑を掛けるから――――――そんな家族なら当たり前のことを気にして、悔やんで。
 彼のことだから、他にも理由があるのかもしれない。なにせ根暗だ。
 そっと彼の腕を白いシーツに置いて、真琴は立ち上がる。

「―――――――――タオルとお湯、持って来るね」

 踵を返してドアから出ていく真琴を目で追った二人は、なんともいえない感情を浮かべた視線を交わせた。
 






 罪、と言っていた。
 昔、大切な人たちを守れなかったと。
 そう感じて、枷にしているのは、あなたの不器用な優しさだって分かってる。
 でもね、クラウド。
 もう失いたくないからって、自分を世界から切り離そうなんてしないで。
 貴方がいない世界なんて、寂しすぎるから――――――

「・・・・親友くらいには、相談して欲しかったな」





「マコ姉ちゃん・・・・・」
「っ、レイ」

 部屋を出るとすぐ横から聞こえてきた声に、大げさなほど飛び上がる。
 真琴が使っている部屋のドアの隙間から、心配そうな顔でこちらを見上げるレイ。その顔は不安の為か青白い。
 それはそうだろう。自分が頼っていた大人のうち二人が意識を失ってぐったりとした様子で帰ってくれば。
 ・・・・・しかもそれを知らない黒スーツ姿の厳つい男たちが背負ってきたら尚更だろう。
 真琴が微笑んだのを見ると同時に、胸に飛び込んできたレイをぎゅっと抱きしめてやる。が、片手に星紺に触った液体が付いているから、触れない様に腕を反らす。

「ごめんね、レイ。怖かったでしょ?」
「ううん。大丈夫だよ」

 顔を覗き込むと、レイは少し眦を下げながら笑う。幼いのに、自分に気を使ってくれていることが、歯痒くて何とも情けない。

「ねぇ、お姉ちゃんは?デンゼルもマリンも、どこへ行っちゃったの?」
「あ・・・・・」

 咄嗟に喉が音を無くす。
 真琴の様子に、レイが不安そうに眉を寄せる。

「・・・・・大丈夫。ちょっと用があって、クラウドの知り合いのところに三人でお使いに行っただけだから」
「・・・・本当?」
「うん。でも急だったし、ちょっと遠い所にあるから、帰りは明日になっちゃうかな・・・」
「そっか・・・」

 しゅん、と肩を落とす小さな頭を、罪悪感を痛いくらい感じながら見つめる。
 こんな小さな子供に、こんなに心配をかけるだなんて。

「・・・・じゃ、明日は皆で遊べるね」
「え?」

 思わず顔を上げると、レイは柔らかそうな頬をきゅっと上げて、にっこりと微笑んでいた。

「僕、今日ちゃんといい子に寝てたから、きっと明日は元気になっているよ。だから、だから明日こそは皆で遊べるよね」

 ―――――あぁ、この子は・・・・。
 胸の奥からこみ上げてくる想いの波をぐっと堪えて、そっと微笑む。
 声が震えない様に、腹に力を入れる。

「・・・・うん。その時は、私もクラウドもティファも、仲間に入れてね」

 ―――――すべてわかっているんだ・・・。

 真琴の言葉に、レイは嬉しそうに微笑み、勿論だよと大きく頷いた。


 レイをもう一度自分のベットに寝かしつけてから一階に降りると、店の窓から暖かい色の夕日が差し込んでいて、電気のついていない店内をオレンジ色に染めていた。
 戸棚からボールを引っ張り出し、蛇口を捻って水を流し込む。










 ちゃぷん、と水の音が聞こえる。
 痛みに軋んでいた身体が、水の流れに解けるように軽くなっていく。
 心地よい、蒼の広がる無音の世界。
 ―――――暖かい。
 まるで、母の腕に抱かれているよう。
 
・・・・・クラウド。

 頭に直接声が届く。
 懐かしくて、暖かくて、ちょっとムカつく・・・・・・大切な人の。
 微かに動かした唇から零れた言葉は、音にならずに溶けていく。
 クラウドは、その蒼い瞳をそっと開いた。




 目に飛び込んできたのは、夕日色に染まる無機質な天井。
 一瞬今の状況が理解できなくて身じろいだクラウドは、まるで何本もの針で身体の内側から感じる刺すような痛みに詰めた息を漏らした。
 それをやり過ごしから、視線を彷徨わせると、どうやら子供部屋らしい。
 マリンとデンゼルが描いた似顔や、皆で撮った写真が視界を飾る。
 ふと、横に目を向けて、はっとした。
 力なく横たわるティファの顔は、オレンジ色の夕日を受けても、それでも青いと分かる。
俊敏な動きで起き上がったクラウドは、じっとその顔を見る。
誰も居ないはずの教会で、彼女が大切にしていた花の中で、無残に散った花びらの中で傷つき横たわる幼馴染を見つけたときは、心臓が止まるかと思った。
だが、そのあとすぐ自分の痣が痛み出して。
あまりの痛みにそのまま意識を手放した。
 消え行く意識のなかで、誰かがこちらに走ってくるのを見たのは覚えている。
 あのまま教会で、寝そべっているものとばかりと思っていたが・・・・。

「――――――重かったぞ、と」

 唐突に耳朶を叩いた声に、思わず身を強張らせる。
 聞き覚えのある声。これは。
 さっと振り返ると、ドアを真ん中に挟むようにタークスの二人が壁に寄り掛かってこちらを見ていた。
 今日の昼頃に顔を合わせたばかりだというのに、随分と懐かしく感じてしまう。
 じっとクラウドを見つめていたルードは、静かに口を開いた。

「あんた、子供たちと暮らしてたよな」
「・・・・空っぽだ」

 奴らだ。とすぐに分かった。
 マリンも、町の子供たちも、そしてデンゼルも攫われたのだろう
でも、今の自分に何ができるというのだろうか。
誰一人守れない、無力なこんな男に。
 押し黙ってしまったクラウドに、ルードが問う。

「どうする」
「・・・・・・・」

 俯いたまま、言葉を探す。
 ここに#name#がいたら、「ウジウジ虫」の称号が贈られるだろう。

「・・・・・俺は」

 言い淀むクラウドの姿に、レノは嘆息する。
 二年前のコイツは、ここまでではなかったのに。
 自信に溢れていた顔は、今や絶望と悲愴の色に陰ってしまった。

「・・・・・・・・・じれったいぞ、と」

 レノの吐き出した言葉に、ルードも同感のようで、意味あり気な視線をクラウドに投げる。
 そのまま踵を返して部屋を出ていき、仕上げとばかりに勢いよくドアを閉めた。
 その音に視線を向けることなく、クラウドはデンゼルのベッドサイドに置かれた写真を見つめていた。
 写真に写るのは、デンゼルがこの家にやってきたばかりの頃。


 

『はーい!皆さん集合〜!』

 昨日仕事が終わって疲れきって眠っていたクラウドを、例のごとく叩き起こした真琴は、すぐに着替えるように促し、満足に身支度もできないまま外へと引っ張り出された。
 訳もわからないクラウドの前には、にこやかにほほ笑むティファとマリン。
 そして俯いて自分の服の裾を握りしめるデンゼルが。
 いつものようにハイテンションの真琴が、カメラを塀の上に置きながらみんなに並ぶように手を振る。
 嬉々として並ぶ女子とは対照的に、男子らは恥ずかしいのか、はたまた戸惑っているのか視線をうろうろと彷徨わせている。

『ちょっとぉ!しっかりこっちを見なさいチョコボ』
『誰がチョコボだ!!』

 反射的に返すと、真琴は心底楽しそうに笑った。
 それをみて、困った顔をしていたデンゼルの頬が柔らかく緩む。

『ハーイ、じゃぁ撮るよぉ』

 そういって、細い指がカメラのタイマーを押す。


 元気のいい掛け声と共に、真琴がシャッターを切る。
 小さな機械音と共に取られた写真は、仮そめでも、大切な“家族”の写真。
 照れて俯くデンゼル、楽しげに笑うマリン、それを見守るように微笑むティファ・・・・気まずそうに顔を反らす自分。
 そして、そんな自分の肩に腕を乗っけて満面の笑みを浮かべた親友。
 大切な、家族の記憶。

 複雑な表情で写真を見ていたクラウドは、そっと目を伏せた。
 
 自分は彼女を裏切ってしまった。



 今更、どんな顔をして逢えばいいのだろう。








 階段を下りてくる音に顔を上げると、スーツの二人が丁度降りてくるところだった。

「クラウド、目ぇ覚ましたぞ、と」
「・・・・・・・・そっか」

 無感情に答える真琴に、レノとルードは顔を見合わせる。

「顔見に行かなくていいのかよ」
「私、今クラウド君と仲違いしてるトコだから、今はパス」

 けっと言わんばかりに吐き出す真琴に、なんとも言えない表情を浮かべる。
 そんな二人を見て、真琴は困ったように笑った。

「大丈夫だよ。後で様子見に行くから・・・・あ、二人の分の食事、簡単に作ったから、よかったら食べて」

 そういって指差したカウンターには、湯気を上げるスープとパンが。
 途端にレノのお腹の虫が鳴く。

「・・・・・・わりぃ。昼飯食い損ねて」

 ほんのちょっと恥ずかしそうに言うレノが可笑しくて、声を立てて笑う。
 思えば、自然に笑みが浮かんでくるのは、とても久しぶりなのかもしれない。
 子供達が消え、ティファもマリンも帰ってこないこんな状況で笑うなんて不謹慎極まりないのかもしれないが、それでもこんな小さなことに心が少し救われたのも、また事実。
 席に着て食事をし始めた二人の頭を見つめながら、ふと、思っていたことを問うてみる。

「そういえば、子供達を攫った人たちの事と、ティファをあんなふうにした人の事、何か分かった?」

 真琴の問いに、もぐもぐと口を動かしていたレノは顔を上げた。

「ティファの方は、ほら、場所が場所なだけに情報を集めるのに時間がかかりそうだが、子供達の方は大胆な事に街中で起こった誘拐事件だから、目撃情報も出るはずだ」
「じゃあ、なんとかなりそうなんだね」

 “なんとかなりそう”。そんなこと本気で思ってはいない。
 なぜ子供たちが誘拐されるような目に合ったのか、まったくわからない。でも目の前の彼らがどれだけ一所懸命子供たちを見つけようとくれているのかは、汗だくになって帰ってきたのを見れば一目でわかる。
 そんな彼らに、落胆したような顔は見せられない。

「・・・・本当に、ありがとうね。二人とも」

 突然零れた言葉に、レノとルードは顔を上げる。

「あ?どーしたいきなり」
「いや・・・・今日ずっとエッジとか駆けずり回ったんでしょ?私なぁんにも出来なかったから・・・」

 少し肩を落とす真琴に二人は顔を見合わせる。

はぁぁぁぁぁ・・・・・・。

「・・・・・・・・ん?」

 不意に聞こえてきた盛大なため息(複数)に、真琴は顔を上げる。
 目の前には、何とも言えない顔でこちらを見る二人。

「なんつーか。お前って・・・・・・なんつーかなぁ〜」
「・・・・・・・残念すぎる。貧乏症か?」
「わかった。もうご飯いらないんだね。お粗末様でしたぁ〜」
「「嘘嘘嘘だから!!」」

 今にも皿を下げようとする真琴に泣く子も黙る(はずの)タークスの二人は必死に謝る。何とも滑稽だ。

「・・・・・私も、出来るだけ力になれるように頑張る。だからもう少しだけ、力を貸して」

 改めてそういう真琴。
 彼らが新羅カンパニーという会社の社員としてこの件を調査しているのは知っている。
 でも、必死になって探してくれているのが、所詮は第三者ではある真琴にとっても有難かった。
 そんなことを思っていた真琴の耳に、再び大きなため息が聞こえてくる。

「俺たちだって、仕事ってこともあるからこうして調査してるけどな。子供が拉致られて心配しねぇわけねーだろうが」
「お前の為、というわけにもいかんが、“償い”の為にも、救わなければな」
「償い・・・・・」

 意外だった。いつも飄々としている彼らから、そんな言葉が出てくるなんて。
 前にティファからそれとなく聞いた事を思い出す。
 大きな戦いで、敵も味方も、沢山の命が失われたのだと。
 クラウドは二人を見ると良い顔しないし、もしかしたら敵同士だったのかもしれない。でも、失ったものは、きっと量より質のように、どんなものだって重いんだ。
 
 痛みを抱えて生きている。
 誰だって、皆苦しいんだ。

 いつだって。


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